第12話 指名被り

 昨日は結局、3人も場内指名があったざら。


 1人は30分だけやんだけろ。


 フリーにつくより、指名についとる時間のが長ったんでねがな。


 マスカラち、すごい効果ざんなあ。


 アヤちゃんのおかげざ!


 今日は、松田さんから行くよってメール来たんず。


 すーっかり忘れちっとけ、もう来んかと思いだわ。


 うし! 今日も気合い入れてマスカラ塗んべ!





「ユイちゃん、場内指名入りました」


 黒崎さんが来たんど、6時45分ざ。


「松田さんが7時に来るっつぁ、無理だん」


「松田さんが来たらちゃんと案内するから」


 でえ?! アヤちゃんみてえに、指名被りしろてか?


「でえ〜〜……」


「ユイちゃん! ユイちゃん!」


 また、カウンターからエミリさん呼んどうで。


「はい」


「指名が被ったら、それぞれ15分くらいで、席移動するように心掛けて。1時間分の指名料をそれぞれからもらってることを忘れないでね」


「無理ざん……なんつって席立つんね」


「黒崎くんが他にも指名入ったことをお客さんにも分かるようにユイちゃんに伝えるから、ちょっとごめんなさい、ってなるべく早く後から来たお客さんにあいさつだけでも行くの」


「ほう」


「席を立つ時には、ちょっと肩に触れて立つとか、スキンシップを意識して」


「スキンシップ?」


「待たせる代わりに、ちょっとドキドキ感を置いてくのよ。あとは、ヘルプの子に任せればいいから」


「ぼお……まあ、行ってくる」


 おしぼりを取って、黒崎さんの待ちよるテーブルにつく。


「こんばんは。はじめまして、ユイです。ご指名ありがとうございます」


「はじめましてー、徳井です」


 40代くらいかの。


 松田さんとたいして変わらんざろ。


 ちゅか、まだまだこん店入ったばっけやが、客は40代くらいが多そうやのに女の子は10代スタートて、バランスおかしゅうないんかずら。


 仕事何してんすかーとか、当たり障りねえ話しよたら、松田さんが来たで。


 黒崎さんがこっから遠いテーブルに案内して、わちゃんとこ来よん。


「ユイちゃん、ご指名入りました」


 わちゃに言いながら、客に会釈しちようにも見えたわい。


 プロざなー。


 でんが、わちゃプロちゃうぜ。


 えーと、


「ちょっと、ごめんなさい」


 言いち、客の肩を持ってどっこいしょ、ち立つ。


「あ、あ、うん、どうぞ」


 だ?


 顔あけえな。


 どうぞっちわれたんで、遠慮なく松田さんざ席行くわの。


「松田さん! ご指名ありがとうございますー」


「あれ? ユイちゃん、なんか印象が……」


「んあ? なんちょす?」


「あ、しゃべると変わらないね」


「あー! これっち、マスカラ!」


 ほえー、そない印象変わっとんのかい?


「あの女優さんに似てるよ! 若い女優さん」


「若い女優さんなんぞよーさんおらあなー」


 あはははは、ちて、他愛ない話しよっどが……


 もう20分は経っとるげ、徳井さんとこ戻るきっかけがなか。


 徳井さんには、リンちゃんがヘルプついてけれとる。


 楽しそうにしちょうが、そりゃそりで、徳井さんの指名リンちゃんに取られよらんやろか……。


 全っ然、松田さんの話にも集中できん。


「ユイちゃん、お願いします」


 見かねたんか、黒崎さんが来てくりた。


 よが! これきっかけで席立てち!


「ごめんち、松田さん」


「どうしたの?」


「だの……指名が被りちに」


「え! そうだったの」


「ごめん……待っちもらってえがの?」


「いいよ。待ってるよ」


 優しか! 松田さん!


「ありがとざ、行ってきよす」


「行ってらっしゃい」


 優しい笑顔さ。


 あ、触んの忘れて立ちよったが。


 ま……戻って来た時で良かげ。


 徳井さん席へちと小走りに行く途中、ちと、思ず。


 あ、席立ってすんぐ急いでちゃう席行くんはよぐねえか?


 ま、ええが、徳井さん待たしちょうし。


「すまんの、徳井さん。リンちゃん、ありがとず」


 なんや……なんや、指名が1人ずつやと何も思わんずげ、被った途端にこげにパニくるもんかの?


 こっちゃおる時ゃ、あっちゃが気になりよる、あっちゃおりゃあ、こっちゃ気になる。


 正解が分かりよらんざら、どうしようず迷うざー……。


 アヤちゃんは、やっぱりすげぇかったんず。


 3人も4人も指名被っとったざん……。

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