第36話 ドラゴン病院
ドラゴンインフルエンザ発生を受け、パークは再び休園が決定した。人への感染例は今のところないが、ただでさえ感染症に敏感な世の中であり大事をとっての判断だと聞いている。
他に感染したドラゴンがいないか全頭検査を行ったが、コカトリスも含めて今のところみんな陰性だった。ただ陰性であっても後から陽性になる可能性はあるので油断はできないそうだ。
「コカトリスたちは検査で陰性だったけれど、ウイルスに感染している可能性は十分あり得る。だから隔離室に入るときは白い防護服、ゴーグルマスク手袋の着用は必須。長靴にも専用カバーを被せてね。中に入ってまずすることは、コカトリスたちの安否の確認をして事務所に報告。その後に薬の注射してから清掃と世話よ」
コカトリスたちを隔離して一通りの世話が終わり、消毒をうけ防護服を脱ぎ体を洗った後、ドラゴン病院の一室で明日からの手順を確認する。防護服を脱いだ時はようやく現実に戻れたと思ったが、安息の時間はひと時に過ぎず、まだゴールは見えなかった。
「隔離室に出入りする回数は最小限にしたいから一日二回。作業を終わらせたら消毒してシャワーを浴びて、病院に待機をお願い。今日は家まで送るわ」
「家に帰っていいのですか? てっきり病院で寝泊まりするのかと」
「やれることはやったし人がじっと見ていたら、コカトリスたちだって気が休まないわ。カメラで交代で監視はしているから何かあったら連絡する。きちんと休息をとるのも仕事よ。河合くんが一番気をつけなければいけないことは疲労で倒れること。二週間はとても長いわ。休めるうちに休んでちょうだい」
病院を出れば夜だった。あっという間の一日だった。
相澤さんの運転する車で送ってもらい、家のドアを閉めた瞬間、緊張の系がきれ、ドッと疲れが出た。ベッドにそのまま倒れ込みたかったが、体のどこかにドラゴンウイルスが付着している気がしてふたたたびシャワーを浴びたが、気はまったく晴れない。
ご飯を食べて栄養をつけなければと思っても、明日からのことを考えると不安で気力など湧かない。今、コカトリスたちはどうしているのだろう、弱っていないだろうかと考えれば横になっても寝付けない。
なんとなしにテレビをつければ、ドラゴンパークが映し出された。園内の至るところに白い粉がまかれて、消防ホースでドラゴン舎に消毒液を散布している映像が流れる。園内のどこにドラゴンインフルエンザが潜んでいるか分からないため、全面消毒を行なっているとアナウンサーが解説していた。ドラゴンパークはどこも白く染め上がり、不気味であった。
よせばいいのに、ネットではどんな反応なんだろうとドラゴンパークでエゴサし、見なければよかったと後悔した。
『人にも伝染るらしい』『報道されていなけれどドラゴンパークのドラゴン、みんな絶滅したって』『ドラゴンパークこのまま閉鎖だろうな』
先日、バズったばかりで注目度も高かった影響もあり『例の恐怖動画の動物園、致死率七割の感染症が発生し閉園!』という題名でデマばかりのネット記事がいくつもまとめられていた。
現場でどんな想いで働いているのか、こっちの気も知らないで外野が好き勝手言いやがってと怒りを覚え、ますます気が滅入るばかりであった。昨日までの平和な世界はどこにいったのだろう。
スマホには通知がいっぱい来ていたが疲れていて見る気にもなれず、ワイバーン班のグループラインだけ開いた。
『今日は色々大変だったと思う。しんどくなったらすぐに電話してくれ』
『ワームたちの世話は任せて欲しい』
『コカトリスたちをよろしくお願いします』
『とりあえず今日はすぐ休め』
皆の気遣いに、荒んだ気分が少しだけ上がり、米だけ無理やり口につめ寝る。そして朝を迎えた。
迎えにきた相澤さんの車でドラゴン病院へつながる裏口から出勤する。
ドラゴンパークの最も東にあたる部分にあるドラゴン病院は通常、三名の獣医が交代勤務し、日々ドラゴンの健康チェックや研究をしている。けれど今現在は、一角が感染ドラゴンの隔離スペースとなり、従事者以外は基本的に出入り禁止になっていた。
マニュアルに従い、防護服に身を包み準備を整えると、相澤さんと病院の中に入り隔離室へと進む。二重の扉をあけ、ケージの中を一つ一つ確認していく。
コカトリスたちはみな、生きていた。ご飯も食べているようでウンチも崩れていない。元気そうにしている。隣の相澤さんの、ほっとする息が聞こえた。
「カメラで生きているって確認していても、実際見るまでは気が抜けないわね。さぁ注射を打つわよ」
次の日もコカトリスたちは元気にしていた。今日で三日目だ。
白い防護服を着たままの掃除にも慣れ、このまま二週間何事もなくすぎるのではと、どこか楽観的に見ていた。そんな時だった。
隔離室の二重扉が開け放たれ、ドタバタと騒がしい音が聞こえてきた。
病院は俺と相澤さんともう一人の獣医を除いて立ち入り禁止なのにどうしてと思っていたら、白い防護服を着ている人たちが大きな檻を担いで入ってきた。
鉄製の檻は厳重に閉められ中は見えない。そのままその檻は隔離室への一つに運ばれた。一体何が起きているのか分からないまま、檻の扉をあけてヨロヨロと出てきたドラゴンを見て、俺は目を見開いた。
花子だ。
花子が隔離室へと担ぎ込まれてきた。
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