第24話 ドラゴンパークは閉園中

「え、ドラゴンパーク休園しているんですか!?」

「ああ、お前が入院しているうちに決定した。恐らくはゴールデンウィーク明けまでは続くだろう。このご時世だ。仕方がない」

 ため息をつきながらヒゲが言った。4月の下旬のことだった。


 連日のニュースで新型感染症に触れない日々はない。

 やれ感染者数だ、どこどこでクラスターは発生したとか日に日に状況は悪くなっているようだった。

 ここ最近、仕事でいっぱいいっぱいで世間のことなぞ二の次であったが、入院中の暇な時間にネットをのぞけば気が滅入るようなニュースはいくらでも目に飛び込んできた。

 少し前までのオリンピック開催へのムードの高まりは爆散し、昨年の10連休のお祭り騒ぎなんてまるで嘘のようだ。

 不安を覚えるな、というのが土台無理な話だ。公務員は楽な仕事だ、なんて思っていたけれど、市民の生活が脅かされる事態になるとどうなるのかなんて想定していなかった。同期グループラインで飛んでくる他部署の悲鳴や軽症患者用のホテルへの従事者募集要項が回覧で回ってくると、当たり前の暮らしが脅かされていく恐怖を感じる。

 でも市内で現在のところ発生ゼロだしまだ大丈夫だという根拠のない理由で安心していたところに不意打ちで聞かされたのが、休園の話だった。


 お客さんのいないドラゴンパークは、使われていない映画セットのようだ。時折飼育員とすれ違うことはあるものの、まったくと言っていいほど人気がない。

 その代わりに、我が物顔で園路を行くものがいる。

 ドラゴンだ。

 目の前には、牛より大きく顔はネコでカメのような甲羅を持つ六本足のドラゴンが歩いていた。


「タラスクだ」

 ドラゴンの行進をビデオカメラで撮っている山川さんが言った。

「タラスク……どこかで聞いたことがあるような」

「ゲームでちょいちょい出てくることがあるからね。ピスヘントやナッカーに較べたら知名度のあるドラゴンだよ。フランス産のドラゴンで、このドラゴンが名前の由来となったタラスコンという町が存在している」


 本日の午後は、山川さんの担当ドラゴンの代番研修だ。

 しゃべっている姿をあまり見かけない山川さんは個性豊かなワイバーン班では埋没しがちだが、口を開けばすらすらとドラゴンの解説がでてくるところは、やっぱりドラゴンキーパーだなと思う。

「ヨーロッパで聖書の次に読まれている聖人伝集『黄金伝説』には数多くのドラゴン退治の物語が記載されている。その本によればタラスクは海獣リヴァイアサンとロバの間に生まれた怪物とされ、もともとは現在のトルコに生息していたが、1世紀頃に地中海を渡り川をさかのぼってフランスに棲みついたと言われている。中でもネルルクという村の近くにいた個体は有名だ。彼は川の下にある洞窟を隠れ家として、お腹が減ったら川底に潜み通りかかった人間に襲いかかったり、船を沈めたりしていた。村の人間はなんとか退治しようとしたが、硬い甲羅はどんな武器も通じず、困り果てていたところへ聖マルタが訪れた。彼女がタラスク相手に聖水を振りかけ十字架を突きつけるとたちまちタラスクは大人しくなり、彼女の腰帯で縛り付けられ、最終的に村人に殺された。この聖マルタのタラスク退治を祝う祭りは現在でも行われていている。一度見に行ったけれどやっぱり本場のタラスクの迫力はすごかったな」

 しみじみ山川さんが言うと、不機嫌そうにタラスクが振り返った。

「ごめんごめん、お前もすごいよ」

 なだめるように山川さんが言うとタラスクは満足げに鼻息をつき、再びのっしのっしと歩き始めた。

「あの時の興奮をみんなに味わってもらいたくて、彼にはゴールデンウィークのイベントでこうして園路を歩いてもらっているんだ。今年は残念ながら無理そうだけれど」

「だから動画を撮っているんですね」

「ああ。後で編集してパークの公式SNSにアップする予定だよ」

 そんなのあるのかとスマホを取り出しドラゴンパークと検索すると本当にアカウントがあった。フォロワー数は2万を超えている。

「緊急事態宣言で家にいる時間が増えてネットを見る人が増加している今、ドラゴンの存在を伝えるまたとないチャンスだ。逃す手はないよ」

 過去の投稿を見ると、そこそこコメントがついている。ポチッと押すと何かのドラゴンが口を開けて炎を吐く動画が再生された。

「こういうのが無料で見れると思うとすごい時代ですね」

「そうだね、一昔前じゃ考えられないことだよ。一方で動画じゃ伝えきれないところもあって苦戦しているけれど」

「たとえばどんなところでしょうか」

「そうだね。お、ちょうどいいタイミングだ。タラスクを見てごらん」

 前を歩いていたタラスクがぴたりと立ち止まっていた。股を開き腰をかがめて、眉間にシワをよせている。これはあれだ。ウンコをしようと踏ん張っている姿勢だ。排泄シーンがいいタイミングだなんて山川さんはまさかそっちの気があるのだろうか。男二人でドラゴンががんばってウンチをしている姿をビデオに撮りながら眺めている。なんだろうこの構図はと思っていると、タラスクの尻から何かが出てきた。よく見ると赤く光っており、あたりの温度が少しあがった。タラスクが尻から出していたのは炎だった。

「尻から炎がでた!? タラスクって口からではなく尻から炎をだすタイプなんですか!?」

「いや、あれは燃えるウンコだ。あれをかけられた人間は薪のように燃えあがると言われている。タラスクが退治された理由の一つに危険なウンコをまき散らして迷惑だったから、というのもあるんだ」

「なんという理由……」

「伝説と違ってそこまでの火力はないけれど、熱いことには変わりないから素手で触れないように。実際に見てみてどうだった?」

「驚きました。まさかこんなに熱いものが尻から出てくるなんて不思議です」

「まさにそれだ。このウンコの熱さは動画じゃ伝わらない。見て触れて目の前にいて初めて体感できることだ。こうしたドラゴンの驚きを伝えることこそがパークの存在意義でもあるからね。あくまで動画は知ってもらうための第一歩。けれどその一歩こそが需要だ。だから河合くんもぜひいろんな動画をアップして、ドラゴンを知るきっかけ作りをしてもらいたいんだ。僕らにとってドラゴンは慣れ親しんだものだけれど、今から初めて知っていく河合くんの視線はとても貴重なものだから」

「わかりました! やってみます!」


 今、大変なこの世の中で俺はこんなことをやっていていいのかという気持ちはゼロではない。でも『ふさぎこんでいましたが癒されました』『楽しい動画ありがとう』なんてコメントを見れば、何もやらないよりはなんでもいいからやってみようと思う。

 パッと思いついたのはワイバーンだったが、即座にスマホを叩き壊された思い出がよみがえり却下した。

 となるとワームしかない。

 研修を終えた後、早速空き時間にワーム舎へ向かった。

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