第22話 ドラゴンキーパー
ようやく動けるようになったのは昼頃であった。五十嵐さんに見つかったのが6時前だったので、6時間ほど寝ていたことになる。二日酔いから回復し正気になればなるほど、自分のやらかしたことに奇声をあげごろごろ転がりたくなる。歩けるぐらいになったら職場に戻らなければと思うが戻りたくない。でもこのまま戻らない時間が長くなるほど、どんどん気まずくなると分かってはいるけれど、やっぱり行きたくないなあ。そういえば園長来ていたよね……。いや、あれは夢だ。夢ということにしておこう。あの老人はここの座敷童のような存在に違いない。………寝るか。今の自分では抱えきれないこの感情を未来の自分に託そう。それが良い。さぁ寝るぞと枕を抱えなおした時に、気づいてしまった。そんな俺の姿を、半開きの扉のそばからじーっと眺めている東さんがいることを。
「あ、ばっちり起きていますね。回復しましたか、河合くん?」
「あ……東さんっ!? どうしてここに……?」
「ゲロを吐いてないか見てきて欲しい五十嵐さんに言われたもので。あと、動けるようになっていたら恥ずかしくて戻りたくないよぉとウジウジしているだろうから優しい言葉をかけてくるように、寝たふりをしたら叩き起こせとも」
お見通しかよ。神通力でも持っているのか、あの人は。
「それでさきほど五十嵐さんから聞いたのですけれど、花子と仲良くなるために晩酌してウイスキー1本丸々空けてデロンデロンになって、二日酔いの状態でワイバーン舎で倒れていたって本当ですか?」
「……はい」
やったことは確かだけれど言葉にされると、ますます自分のアホさ加減に磨きかかる。そして、それを周りに知られているという事実。辛い。
「意外にぶっとんだことやりますね、河合くん。初対面の時は軟弱そうな草食男子かなと思っていたのですが」
「あはは……」
薄々思っていたけれどこの子、たまに毒舌よね。
「なにはともあれ、河合くんがワイバーン班に戻ることができて嬉しいですよ、私。なんといっても私の初めての後輩ですから。同い年って聞きましたけれど、ここにいる年数は私の方が長いんですから私が先輩です。これからもよろしくお願いしますね。チームワークが大切ですから、これからは黙ってやるのはなしですよ。じゃあ、戻りましょうか」
「はい」
東さんに促されヨロヨロと立ち上がる。ありがとう、東さん。お陰で戻れる決心がついたよ。
「あと、尾上さんがめっちゃ怒っていますからお覚悟を」
「うげ……」
前言撤回。やっぱり戻りたくないです……。
尾上さんには会った瞬間、バカ野郎ー! 死ぬ気だったのかこの野郎! と怒鳴られた。
あまりの大音声に鼓膜が破けるかと思ったぐらいで、その後は散々説教され、次はないぞとすごまれ、自分の席に戻れたのはこってり絞られたあとだった。本当にすみませんでした。
「おう、回復したようだな」
席に倒れ込むように座ると、口元に微笑を浮かべた隣のヒゲが声かけてきた。
「頭をぶんぶん振り回しさえしなければ、吐かないぐらいには……」
「その様子なら昼作業はいけそうだな。色々と懲りただろうから俺からの説教は特別に免除してやろう。その代わり一つ課題をだしておく。ドラゴンは爬虫類・鳥類・哺乳類のどこに分類されるか、だ。明日の朝に聞くからしっかり調べておけ。散々日中寝たなら、夜はあんまり寝れないだろう。時間はたっぷりあるはずだ。せいぜい悩め」
「でも……ドラゴンはどんな分類にも当てはまりません」
五十嵐さんが弁当タイムへ戻ろうとする前に声をあげると、彼は眉毛をあげた。
「ほう。なんでだ? 理由は?」
「まず足の付き方です。ドラゴンの足のつき方は様々です。ナッカーのように足が横につき爬虫類のようなものもいるし、ワイバーンのように足のつき方がまっすぐで恐竜のようなものもいます。足の骨格の違いからは、どの動物にも分類できません」
「足以外には?」
「えーっと口の動きです。ドラゴンの見た目は爬虫類っぽいですが口を見れば哺乳類です。唾を吐くなんてことは爬虫類の唇はそこまで発達していなくてそういった動きはできないです」
「それに加えれば、爬虫類は耳小骨が2つ、哺乳類では3つ。一方ドラゴンは2つのやつもいるし、3つのやつもいるってところだな。じゃあ哺乳類ではない理由は?」
「えー、卵を産むこと、あとなにかの本に肩甲骨がどうのこうのと書いてあった気がします」
「ぼんやりとした回答だが、まあ良しとしよう。カモノハシなどの単孔類は別として、哺乳類は胎生な一方、ドラゴンは卵生だ。そして両生類・爬虫類・鳥類に見られる鳥口骨はドラゴンにも見られるが、哺乳類では退化していて替わりに肩甲骨が発達している。じゃあ鳥類じゃない理由は?」
「空気の袋をもつという点では似通っていますが、羽毛を持ちません。そして翼ですがコウモリっぽく鳥のそれとは似ても似つかないです。そもそも論として……手足に加え翼を持つ、六肢の生き物なんていません。だからドラゴンはどんな生き物にも分類されません」
五十嵐さんはにやりと笑った。
「そうだ。ドラゴンはどこにも分類されない。奇妙キテレツな生き物たちをどうにもまとめられないから分類学者はぶん投げて“ドラゴン類”とひとまとめにした。けれどだからと言ってそこで思考を停止して放り投げるわけにはいかない。ドラゴンとはなにか? 俺たちドラゴンキーパーはそれを問い続けていかなければならない」
「ドラゴンキーパー……?」
「ドラゴンの存在を守っていくことを使命とした人間たちのことをそう呼ぶ。ここに赴任したんなら、お前もその一員だ。せいぜい励めよ」
「はい」
まっすぐな目を見返すと彼は満足そうな笑みを浮かべた。
「さて、午後はまた餌切りでもやってもらおうか? あとリンゴ搬入もあるからな」
「えっと、乾草搬入ではなく……?」
「また別の作業だ。冷蔵庫にある大量のケースに入ったリンゴを何度か見ているだろう? まさか自動的に積みあがるとは思っていないだろうな? 人力でリンゴ満載のトラックからケースをみんなで冷蔵庫に運びいれているんだ。その作業が午後に入っているからこの間のような活躍を期待しているぞ。初めのうちは腰を痛めやすいから気をつけろ」
「げえぇ……」
乾草搬入の悪夢がよみがえり、盛大に顔をしかめた。明日また筋肉痛になること間違いなしだ。慣れればそのうち、尾上さんのようにひょいひょい運べられるようになるのだろうか。そのうち筋肉ムキムキになりそうだ。やっぱり二日酔いが残っていまして……と言ったら、ヒゲはじゃあサヨナラと言いかねない雰囲気だ。ここに残るといった手前、あの決意を簡単に反故にするなんでできない。とりあえず頑張るしかないのだ。自分の今までの生き方がガラッと変わっても良いと思うぐらいに、どうしようもなくドラゴンという生き物に惹かれてしまっているのだから。幻想の生き物、ドラゴン。それを守るキーパーたち。現実と幻想の交わる場所にあるドラゴンパークでの日々はまだようやく始まったばかりだった。
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