【3】記憶の片隅に √2

@gallicwars

 被検体153番


 再び目を覚ました時、その呼び名だけが頭の中を駆け回っていた。


 どうやら、場所は倒れる前と変わらないようだが、身体の自由が効かない。


 ややぼやけた視線を向けると、手に縄の様なものが結ばれているのが見えた。おそらく、足にも同じようなことをされているのだろう。

 キツくはないが、これでは、まともに動くことは出来ない。

 さっきの2人組にされたのだろうか。


 外からの音は足音すら聞こえず、ただ甲高い機械音だけが響きわたっている。

 私は、頭に浮かんだ言葉をボソリと呟いていた。


「153番」


 私の名前、私を指し示す言葉。


「ドクター」


 私の世話をしてくれる人、恩を返さなくてはならない人。


 何も無い空間の中で、朧気に思考を巡らせる。


 私は被検体153番

 3年前からこの施設にいて

 ドクターに世話をされている


 それは私の脳裏に確かに刻まれている情報。確かだ、確かなはずなのだ。


 だが、何故なのだろうか。


「…ユリ」


 聞いたことの無いはずの言葉が、ふと口から漏れだした。

 そして、そのノイズのような言葉が、それが私の名前であると、私の中の何かが呟いていた。


 それに何の意味があるのかは、分からないのだけれど。

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