第20話 魂のマテリアル

「みんな聞いて。魂をドロっと溶かして纏わりつかせて、食べさせる魔法を思いついたの!」


 帰ってきたタルトは、興奮冷めやらぬ顔で皆に話し始め、握った拳をもう片方の手で包み、「こうなるの、分かる?」と解説する。


「食べさせる? あの魔法で生み出した魂を使うんだよな。大丈夫なのか?」

「もう、メイルお兄ちゃん違うって、違うんだけどー……」


 と言った直後、すっとノスレックの傍に向かい、タルトは彼を両手で拝んだ。


「ごめんなさい! 庭の土が欲しいんです!」

「そうかね。では行くとしよう」


 それでまた庭に戻ると、タルトは直ぐさま駆け出し後ろに声を飛ばした。


「危ないのでー、近寄らないでくださいねー!」

「頑張りたまえー!」


 と大きな声で応援されて、タルトはそれを意外に思う。

 ノスレックは口調が硬く、お堅い人というイメージを勝手に持っていたから。

 彼は案外、気さくな人なのかも知れない。

 そう認識を改めつつ、ある程度距離が稼げたところで足を止め、ヨハンを呼ぼうとして、いないことに気付く。


 長い、長い息を吐いたのち、二分か三分か、それくらい無駄に時間を浪費し、タルトはヨハン片手に元の場所に戻ってきていた。

 既に魔力は引き出したあと、今回使うのは闇から変化した『穴』だけだ。


「過ぎたる力を持つものよ、路傍の石と成り果てろ〈剥奪のハグ〉」 

  

 魔法が発動した瞬間、左手で触れていた足元を中心にごっそりと地面が抉り取られて、タルトは「うわっ」と声を上げて落下。

 更に、尻が底についた時に効果が持続している左手でまた地面を触ってしまい、今度は触れないように手を持ち上げて、背中から降下して着地した。


 ふっ、と腹から声が漏れ、「いったぁ……」とタルトは悶絶する。

 痛みが引いてくるのを少し待ち、その間に魔法を消し、起き上がって上を見てみると、掘った縦穴は思いのほか深く、


「すいませーん! 天使様ー! 助けてくださーい!」


 そう助けを求めると、直ぐにノスレックが上から顔を覗かせ、穴に飛び込み舞い降りて来てくれた。


「すいません。助かります。ごめんなさい!」

「――構わんよ。一先ず戻るとしよう」


 それで部屋に戻った直後、タルトは準備万端のブイサインを危うくしそうになり、寸でのところで手を止めて、その手で淑やかに自身の顔を扇ぎだす。

 ――――オホホ、何でもございませんわ!

 そう言いたくなるような気分であり、彼女は今ちょっと高飛車なお姫様だった。

 ここはお城故。


「タルト。土を採りに行ったんじゃなかったのか?」

「土じゃなくて、魂を採りに行ってたの」

「お、おう……。魂、獲ってきたのか」


 とメイルが顔を引きつらせたが、タルトは特に気にせず、


「もう一回言うね」


 と思い付いた魔法を再度解説し、言った。


「そういう魔法を考えたから、みんなには魔法を発動させるための魔法名を、一緒に考えて欲しいと思ってて。水っぽいのは駄目だよ、ドロっと纏わりつく感じの」

「そう言われてもなぁ、何か思い付くか?」

「ドロっと、ドロっとねー、シチューの魔法は?」

「シチューは駄目。下に流れていくのが明確に思い浮かぶもの」


 タルトは言わずもがなだが、緊張感のない顔で答えるメイルとメエムに対し、レイラの顔には焦りが浮かび、爪まで噛み出し、それを見た瞬間、タルトの浮つきに浮つききっていた気持ちがきゅっと引き締まった。

 それで良い名前をと、相応しい名前をと真剣に考えていると、


「なぁ、泥の魔法はどうだ? 沼の泥なんか特に纏わりつくぜ」


 メイルに言われ、ありかなしかで言えば、タルトの中ではなしだった。

   

「沼を知ってはいるけど、見たことなくて、それに泥って綺麗なものじゃないよね」

「魔法で作るんだから、汚いもんじゃないだろー」

「なんかねー。泥って纏わりつくというか、汚くする、汚すって感じがあって」

「確かにそうだが、纏わりつくんだがな……」


 とメイルは少し不満気な様子。

 その時、タルトの頭の中には泥だらけで駆け回る男の子達が浮かんでいて、性別の違い、隔たりみたいなものをメイルに感じていて、つまるところ、男の子というものがちょっと分かった感じがして、頼りにならなそう、と少し思う。

 

「飴……、飴はどう? だから魔法名はそうね、ドロップってとこかしら」


 レイラに言われ、タルトの頭にパッと浮かんだのは、市場を回っている時に食べた果物が中に入った飴だ。

 どうやって果物を中に入れたのかは分からないが、纏わりつくように外側に張りつく飴は確かに滴っておらず、甘くて美味しくて、条件にピッタリなようで、惜しいとタルトは思う。


「飴は硬いから、あれじゃちょっと――」


 食べさせられない。もっと柔らかいのが理想的。


「タルトは溶けた飴を見たことがないのね。見せられたら直ぐに分かって貰えるのに――――天使様、あの……」

「分かっている。買ってこよう」


 ノスレックが指を弾いて掻き消え、直ぐに戻ってきた。

 そして、タルトの前で屈むと、彼は左の手のひらを見せる。


「触って、舐めてみるといい」


 タルトは、彼の手のくぼみに収まっていた液体のようなものに触れ、ベタリとくっつくのを感じて指で擦り、言われた通り舐めてみた。

 ――――甘い。それによく知っている味であり、香りがした。

 

「これ――あの飴ですよね? 果物が入ってた」

「ああ。溶けた状態のものを貰ってきた。これをこのように――――」


 ノスレックが右手で拳を作り、左手をその真上にあげてひっくり返す。


「果実に纏わせ、冷ますと固まりあの飴になる」


 とろりと流れ落ち、纏わりつく飴を見て、「へぇー」とタルトは感嘆していたが、突如、頭に電流のようなものが走り、


「こ――これならいけるって! 魔法名は〈魂の飴〉」


 そう、口に出した瞬間だった。

 中に留まっていた穴属性の魔力が吸い込んた魂をペっと吐き出し、まだ体内に残っていた混属性の魔力がそれを混ぜ、一塊に変えて手のひらに出現させる。

 それが下ろしていた手からそのままドロリと流れ落ち始め、タルトは愕然とし、思った。

 詠唱もなく、魔導書も持っておらず、ただ魔法名を決め、口に出しただけなのに、なんで――――と。


「タルト、それ」


 と既に床に落ちてしまった塊をレイラが見ている。

 タルトは直ぐに屈んでそれを救い上げ、しばらく見ていると思考が追いついてきて、理想の物が出来たと思った。

 理由は分からないが、初めて自分一人で魔法を使えて嬉しかった。

 これなら、絶対にいけると思った。


「――うん。綺麗に出来てる。これをアルバークさんの魂に纏わりつかせたら、多分、大丈夫」


 その時、「やめておきたまえ」と、ノスレックが少し強い口調で彼女に言った。


「君は、爺様を殺したいのかね?」


 驚くタルトの眼前にヨハンがすっと来て、十点中五点、との評価を下す。

 満点ではなく、半分の点数ということは、まだこれでは駄目だということだ。

 しかし、どこが駄目なのかは分からない。

 ただ、殺したいのかとまで言われてしまったのは事実であり、そんな危険な代物には到底思えず、タルトはその理由を知りたくて、ノスレックにこう聞く。


「あの、どこが駄目なんでしょうか。これをアルバークさんの魂にくっつければ、食べさせることが出来るというか、くっついて治りますよね?」 

「その可能性が無いとは言わんが、逆に取り込まれる可能性の方が高い」


 その言葉は、衝撃的だった。

 食べさせる、という行為は他の魂を取り込ませることであり、であるなら、逆に取り込まれても不思議ではなく、魂同士はくっつく、という考えそのものが間違えていたのだ。

 恐らくは、強い魂が弱い魂を食べ、大きくなっているだけ。

 今のアルバークの魂は弱り切っている。

 そんな彼の魂に、こんなものを近付けたら、十中八九――――。


 タルトはごくりと唾を飲み込み、両の手のひらの上にいる魂を喰らう粘性の化け物を、そっと自身の喉に流し込む。

 すると唖然、呆然、皆が一様に言葉を失っている中、ふぅーとタルトは安堵の息を吐き、ノスレックを見て言う。


「もう大丈夫です」

「そうかね。この町にも病院はある。通いたくなったら、いつでも言いたまえ」

「タっ――タルト! 落ちたの食べたら駄目じゃない! 早く吐き出しなさい!」


 焦りを浮かべるメエムに肩を揺すられるが、タルトにも言い分はあった。


「ただの魂だから大丈夫だって、多分……。大丈夫だよね?」


 そう言ってヨハンを見ると、知らん、と書かれ、こいつに食わせれば良かったと彼女は少し後悔した。


「大丈夫じゃないよ、魂なんて食べて……。平気なの?」

「――すげぇ会話してんな。それより、その得体の知れない魂を生み出す魔法は駄目だったんだ。次を考えないとな」


 その通りだと思ったタルトは次を考え始める。

 が、そううまく思い付くものでもなく、時間だけが過ぎていき、あれから一言も喋らず、ただ荒い呼吸を繰り返していたアルバークが目に入ると、タルトは目の前で浮いている奴を引っ掴む。


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