第19話 君だけが頼りだ

「――で、出来ません! そんな魔法、私知らない……」

 

 とタルトは頭を振ったが、男は尚も彼女に言った。

 

「知らなければ何だと言うのだね。君も魔女なのだろう。だったら今ここで、新たな魔法の一つや二つ、編み出したまえ」


 その言葉に、タルトは衝撃を受ける。

 考えてみればそう。無いのなら、編み出せばいい。

 主人公の魔法使いが、何気ないことから着想を得て、新たな魔法を編み出し、それが土壇場で役に立ち、見事な逆転勝利を収める。

 そんな物語を、彼女は知っていて、自分は魔法使いではないが、魔法を使える魔女ではあり、

 

「――――その、出来るかどうか」


 自信などないが、不可能なことではないように思え、


「分かりませんけど……、やるしかないんですよね?」


 とタルトは男に聞く。

 今はそういう状況であり、助けられるかもしれないのに、出来ませんなどとはもう言えなかった。


「ああ。君以外には出来ないことだ」

「分かりました。やってみます!」

「期待しているよ」


「はい! 頑張ってみます、けど。その――。私一人じゃ、出来る気がしなくて。ヨハンにも手伝って貰いたいんですけど、今は中じゃないですか。だから外に出るまでの間、天使様が手伝ってくださいませんか?」


「悪いが、天使とて、出来ないことがある。と再三言ったはずなのだが。私は神の奇跡を多少使えるだけで、魔法の構築など出来んよ」


 しかし早々に蹴躓き、タルトはすっ転びそうになる。

 天使の癖にそんなことも出来ないとは。

 悪魔のマンモンの爪の垢を煎じて飲ましてやりたい気分であり、しかも多少使えると言う『神の奇跡』とやらは、一つの命すら救えないことにも呆れてしまい、憤り、


「ヨハーン!」


 とタルトは相棒を呼ぶ。

 次の瞬間、色付く視界、落下する感覚、すとんと地面に足がつき、「ぐぅ」とアルバークが呻く。

 見れば、彼の魂を包む泡が結構割れていて、タルトは血の気が引くのを感じ、

 ――――ヨハンのバカっ!

 と相棒を心の中で責めた――――直後だった。

 パチン、と指を弾くような音が聞こえて、また風景が変わる。


 一瞬ではあったが、確かに外にいたはずなのに、今は何故か高級そうな家具が沢山置かれた広い部屋の中にいて、何が起こったのかまったく分からず、タルトはぶんぶん頭を動かし周りを見る。

 同じように驚いている者ばかりで、おかしな事象を引き起こした人物の見当もついた。


「――あの、天使様ですか?」


 ヨハンがやった可能性もあるが、驚いた顔もしておらず、如何わしい奇跡を使える天使の方がずっと怪しかった。


「ああ、場所を変えたのは私だよ。人通りのある外では集中出来ないだろうと思ってね。存分にやりたまえ」


 やり易い様、場を整えてくれたわけだ。

 駄目な天使だが、気は効くようで、低くなっていた彼の評価を少しだけ戻し、


「おいで」


 とタルトはヨハンを手招きする。


「ねぇヨハン、何て唱えればいいかな?」

 

 言うと、ヨハンは考えるように、ゆっくりと尻尾を左右に振り、


「もう魔法を組み上げたか。出来ませんなどとよく言ったものだ。呆れるほどの早さではないかね」


 突然男にそんなことを言われ、怪訝な顔で見ると、ヨハンがすっと男のところに行き、何か書いて見せ、それから戻ってくる。

 その不審な行動が気になり、タルトは黙ってヨハンを掴み、開こうとしたが固く閉じて開かず、「ぐぬぬ……」と力んでいるうちにすっと開き、パラパラと捲ってみたが時既に遅しで、ヨハンが書いたところは白紙に戻っていた。


「ヨハン。私に何か隠してない?」


 ヨハンを放して聞くと、即答で返ってきた。隠していない、と。

 本当に嘘臭かった。


「タルト。今はそれどころじゃないだろ」

「そうだよタルト。お爺さんを助けてあげないとっ」

「タルト……、お爺ちゃんを助けられるなら、助けて。お願い」


 兄と姉に注意され、悲痛な表情のレイラに目を向けられると、途端に居た堪れない気持ちになり、タルトは自身の行いを反省する。

 そうだった。そんなくだらないことを気にする余裕なんて今はない。

 タルトは直ぐに目を瞑り、思考をリセットするように深い息を吐き、空になった頭に、ヨハンに魔法を習った際のことを、思い起こして浮かべる。


『決められた言葉をしっかり覚え、正確に唱えるということが一番大事。どのような魔法が発動するのか思い浮かべられたら、尚良し』

 

 なら、先ずは覚えるために必要なもの。

 それは決められた言葉であり、つまりは魔法を発動する際に唱える詠唱文と魔法名を考えねばならないとタルトは思う。


 絶対に失敗出来ないことも考慮すれば、発動する魔法が連想しやすい言葉の方が良い気もして、

 ――――くっつける。繋ぎ合わせる。がっちゃんこ。朽ちゆく魂だと被るから。


 と先ずは、詠唱文を色々考えてみたが、どれもしっくりこず、そもそも、ドルドールの魔法はそうでもないが、古来より、魔法の詠唱文というものは変わった言い回しのものが多く、どこか神秘的な響きもあって、彼女もそういう風なのが良いと思って思考を回していたが、やはり、即興で作るのは難しく、段々面倒になってきて、最後は投げやり気味にヨハンにこう言った。


「ヨハン。斬られた魂をくっつけろ、でいいかな?」


 大丈夫だ、問題ない。との返事を貰い、

 ――――いいんだ。とタルトは少し切ない気持ちになる。


「これで詠唱文は決まったから、あとは魔法名だね。みんな聞いて、くっつくものって、何か思い浮かぶ?」

「タルト! ひっつき虫、ひっつき虫はくっつくよ!」

「虫はちょっと……、どんなものなのかも分からないし」


 虫とか言ってくる姉から目を逸らし、自身でも考えてみるものの、やはりパっとは浮かんでこず、「くっつもの、くっつくものか」と、それを考えるように、視線を上げて顎を摩っていた兄の方に今度は見られ、


「じゃあ、虫じゃなくて、虫の出す糸ならどうだ。蜘蛛の巣はくっつくだろ?」


 そう言われ、タルトは「ああっ!」と声を上げる。


「くっつく! くっつくね!」

「まぁ、別に蜘蛛の糸じゃなくても、糸で縫い合わせれば、くっつきはするけどな。そういうのは駄目なのか?」

 

 頭良い、とタルトは思い、それだ、とも思った。  

 操ってしまうパペットの糸は使えないが、レイラに普通の魔力糸の作り方を教われば、いや、そもそもレイラにやってもらえば良いのでは――――?

 妙案閃いたとばかりにヨハンを見ると、アホか、と返される。


「なんでっ!」


 ノスレックに聞け、との返事を頂戴仕った。

 いや誰――、とタルトが思ったのは一瞬、この場に名前の分からない人物など、一人しかいなかったから。


「あの、天使様。魔力の糸で魂を縫い合わせるのは、駄目なんですか?」

「ヨハン、答えてもいいかね?」


 ヨハンが、余計なことだけ言うなと書いて、ノスレックに見せる。

 仮にも人を導く天使であり、この街の領主でもある相手にこの態度、タルトは少しこう思った。

 ――――ヨハンって、実は凄いにゃんこ?

 

「友の頼みだ。善処しよう。それでタルト君、君は魂を縫い合わせると言ったね。それは、魂を針で傷付けるということだよ」


 タルトは、そうだった、しまったと思ったが、でもそれなら、

 巻きつけて縛れば良いのでは――――?

 という思考の移り変わりを、読まれていたように、ノスレックにこう釘を刺される。


「たとえ針を使わずとも、魔力の糸で縛って固定することは出来るが、それだけではそのうち解け、魂は崩れていく。それを防ぐためには、膨大な魔力を用いて、悠久の時が経とうと解けない糸を編めば良いのだが、現実的ではないね。そもそも、今にも崩壊しそうな魂がその程度で持ち直すとは考えにくい。つまるところ、やめておきたまえ」


 言葉でたこ殴りにされたような気がして、タルトはちょっと泣きたい気分になり、思った。

 そうだよねと、そんなに簡単に救えるなら、奇跡を起こして貰うなんて言わないよね、と。

 それで上目遣いで見て、「じゃあ、蜘蛛の糸も、糸だから」、当然駄目だよねというニュアンスを含ませて言うと、

 

「蜘蛛の糸のように粘り気のある魔法であれば、君は既に使っているだろう。そこの爺様の魂を包む魔法、軽い衝撃で弾けるのが見えた。長くはもたせられないのだろう?」


 そんなことを言われ、タルトは、愕然とした。

 人魚泡のキャンドルは、確かに魂にくっつく魔法だ。

 つまり、そういうのでは駄目なのだ。

 では、どういう魔法を編み出せば良いのか。

 皆目見当がつかず、「じゃあさ、もう虫?」とタルトは誰かに言ったわけではないが、


「魂を与える魔法を用い、虫を生み出すのか。それで、その虫をどうするつもりだね」


 そう聞かれ、どうもしませんとは言えず、タルトはトボトボと少し歩き、ノスレックの服の袖を掴む。


「少しだけ、一人にしてくれませんか。なんか今のままじゃ、何も思い付かない気がして」

「構わんよ。別の部屋に案内しよう」

「いえ、その、外に出たくて」


 パチンと指が鳴って、視界を白い石壁が覆う。

 そこにはアーチ状の小洒落た窓がずらと並び、上には三角形の屋根がちらほらと見え、


「――こ、これって」 


 と周りを見渡してみると、鉛筆の形をした塔がいくつか立っていて、しかしそれらは独立しておらず、全て空中に通った渡り廊下で目の前の建物と繋がり、巨大な建築物を形成していた。

それは紛れもなく、お城で、いや、白亜の城であり、「お城……」と、


「お城ですよねっ! 凄いっ、初めて見た!」


 ときらきらした目を向けられたノスレックは、「無論だとも」と肯定。そして、

 

「私は入り口の所で待っているので、戻りたい時は門扉を叩きなさい」

 

 言うと、彼はすたすたと歩いていき、広い階段を上って大きな門扉に触れてそれを消し去ると、城の中に入り、すると消えたはずの門扉が出現した。


 どうもこの白亜の城は、彼の住まいのようで、タルトは、知っている領主とのあまりの違い、その格差に愕然とし、――――ぇぇぇぇええええ!

 と、心の中で大声で叫び、「ハ、ハハ」と声を漏らすと、背中から倒れ、大の字になって寝転る。

 スケールの大きさにただただ圧倒されていた。住んでいる世界が違うと思った。


 大きいな、と目の前のものを見ていると、自分を小人のように小さく感じ、こんな小さな自分に、いったい何が出来るのかと、そう思い、ふと横を見れば、自分よりもずっと小さな虫が、大きな泥団子を一生懸命運んでいて、

 ――――臭い。と思って鼻をつまみ、タルトは体を起こして立ち上がる。


 服に土がつき、髪に土がつき、払っていると自分の髪がショートになっていたことを思い出し、髪は何故すぐに戻らないのだと、疑問に感じつつも、こう思う。

 切られた髪が残っていたら、あとでくっつけよう、と。

 その瞬間、タルトは強烈な違和感を覚え、何故今そう思ったと思考を回す。

 

「そう――――そうだよ! なんで気付かなかったんだろ!」


 ここは奈落、魂が無事であるのなら、髪どころか離れた首すらくっつく場所。

 では魂はくっつかないのか。答えは否、くっつくはずだ。

 しかし、アルバークの魂はくっつく様子もなく、

 

「時間が足りてないのかな?」

 

 生きていた頃は、時間の経過で、傷は段々治っていった。

 虫が転がしている泥団子の魂に触れれば、その答えが明確に分かりそうな気もしたが、臭くて触りたくはない。

 仕方なく、タルトは両手で土を救って泥団子を作り、魔力を流してその魂に触れる。

 するとバラバラなままで、一塊にしたというのにくっついてはいなかった。

 

「やっぱり……、時間が掛かるんだ。でも時間さえあれば持ち直せそうだし、キャンドルでくっつくまで時間を稼ぐ?」

 

 人魚泡のキャンドルは、三つの効果を齎す魔法だった。

 一つ、泡で包んで傷口を塞ぐ。

 二つ、淡い希望が魂に直接作用し、安らぎを与える。

 三つ、結果的に動けなくなった相手が勝手に消耗を抑える。


「駄目だ。消耗はするんだよねー。泡沫だもんね、長持ちしないよね」


 はぁ、と溜め息が口から出るものの、答えはもう目の前にある気がした。

 消耗さえ防ぐことが出来れば、何とかなりそうなのだ。 

 しかし、頭を捻ってもその方法は全然浮かんでこず、あの男ならと思ってタルトは門扉にダッシュ。そしてノックした。

 

「おや、もういいのかね」


 門扉を消し、そう聞いてくるノスレックに、タルトはこう捲し立てる。


「違います。聞いてください。魂の消耗を完全に防ぐ方法を知りませんか?」

「ふむ。封印すればいい」


 そういう超次元的な何かを聞きたいわけではなかった。

 ――――あ、駄目だこの人。とタルトが思っていると、


「防ぐのではなく、現状を維持するという手もある」

「あのー、同じ意味に聞こえるんですけど」

「いいや、大分違う。後者は消耗し、減った分の魂を取り込むだけで可能だからね」


「それ、ごはんを食べてたら維持されるってことですよね? そういうことを聞きたいわけじゃなくて、アルバークさんはごはんなんか――――ごはん、食べられないよね?」


 そう言うタルトの頭の中に浮かんでいたのは、悪夢のような思い出だ。 

 一度似たような状態に陥り、その時モニカとメエムに何をされたか。

 忘れられるわけがない。無理矢理食わされたのだ。

 そして回復出来た。心のダメージと反比例するように。


 なら、アルバークにも無理矢理食わせてやれば良いのではなかろうか。

 タルトは自身の経験と照らし合わせ、あの状態での経口摂取は不可能と判断。

 魔法でどうにか食わせるしかないと思い、イメージする。


 パっと頭に浮かんだのは、バラバラの魂を一度ドロリと融かして一塊にし、それを纏わりつかせて傷口に流し込み、直接食べさせる魔法。

 それはキャンドルの応用であり、病人の喉に流し込むそれを魔法化したもの。

 ただそれの実物は見たことがなく、文からちょっと水っぽいイメージを持っていたので、もっと良いものがあればとタルトは思う。


「――タルト君。タルト君?」

「はい、どうしました?」

「私が返答しても、聞こえていないようだったのでね」

「えっ。あー、ちょっと考え事してまして。でも、どんな魔法にするか決めました。魔法名を決める前に決めちゃいましたけど、大丈夫ですよね?」


 ノスレックが眉根を寄せ、顎を摩っていて、


「ふむ。今分かった。私の口からは特に問題ないとしか言えないね」


 目の前の男が何を分かったのか知らないが、問題ないとのお墨付きを貰い、タルトはヨシと心の中でガッツポーズ。

 順序は逆になってしまったが、あとは魔法に相応しい名前を付けるだけ。それで新魔法の完成だ。

 タルトは上機嫌になり、どこか上品な口調で「天使なノスレック様?」とおかしな呼び方をしてしまい、


「あ、いえ、違います、違うんです!」


 と慌てて両手をバタバタ振り、


「違ってはいないだろう。戻るのかね?」

「はい、お願いします!」


 と、誤魔化すように真面目な顔を作り言う。

 パチン、と指が鳴った。



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