第14話 怖い爺

 注目を集めるというのは、緊張するもので、タルトは、そんなに見ないで欲しいと思いつつ、「ヨハン、お店を出して」と言う。


 ヨハンが、ペッと吐き出すようにドルドール魔法商店を外に出す。

 初めてそれを目にした者達は、驚きの表情をしている。

 それは魔術師であるアルバークとて例外ではなく、しかし持ち直すのも早く、彼は早々に、店の商品を物色し始めた。


「あの傍若無人で知られたドルドールが、どのような店をと見てみれば、なるほど、確かに、らしいな。乱雑で稚拙、商売を舐め腐っておる。売れそうな品など、ほとんど置かれておらんではないか。特に、この二つは何じゃ」


 彼が見ていたのは、タルトが作った商品だ。

 間接的にアルバークから辛辣な意見を聞かされ、多少へこんでいたタルトだったが、その二つの品には自信があり、空飛ぶ実の方を手に取ると、言った。


「そっちは見ての通りですけど。こっちはですね、見た方が早いと思いますので、見ててもらえます?」

「ほう。見ただけでは分からぬ特殊な効果でもありそうじゃな」


 タルトは駆け出し、空へ実を放り投げる。

 風を受けた花びらが回転し始めて、実を高く持ち上げた。

 そして、坂をどんどん下っていき、「ああ!」とタルトは声を上げた。

 投げる方向を間違えたのだ。無意識によく飛ぶ下りに投げてしまっていた。  

 

「ちょっと拾ってきます!」

「待てタルト。一人じゃ危険だ。俺も行く」


 メイルが、駆け出そうとしたタルトの袖を掴む。

 アルバークが、二人に言った。

 

「子供が二人になっても危険なことに変わりはない。どれ、儂がいこう。我に鳥の翼を授けよ〈アイビス〉」


 アルバークの見た目に変化はなかったが、まるで翼があるように彼は浮き上がり、そのまま実を投げた方に飛んで行く。

 タルトは興奮していた。空飛ぶ魔法、夢見たことは一度や二度ではなかったから。

 

「そ、空飛んだ……。ねぇ、空飛んだよ! メイルお兄ちゃんも見た、見た?」

「俺は見慣れてるから何とも思わないが、タルトは見るの初めてみたいだな」


 メイルの言葉に、タルトはショックを受けた。

 自らが世間知らずであることを、痛感する思いだった。

  

「そうなんだ。見慣れてるんだ……。そうだよね、私はずっと閉じ込められてたから」

「閉じ込められてた? ああ、タルトは箱入りのお姫様だったのか」


 そんな大そうな身分ではなかったが、今の見た目ならそう思われても、おかしくはなく、思えば、名前が小難しく、正確な名が分からなくなってきている王子様らしき子も、変な誤解をしていたか。


「なんか複雑。なんでだろ」


 自身がどれほど、辛い思いをしてきたか。

 分かって貰いたいのに、今の綺麗な容姿では苦労知らずのように見え、誰も分かってくれそうにない。


「タルト。箱入りのお姫様だったの?」

「違いますー」


 話しかけてきたレイラからぷいと顔を逸らし、タルトは兄をぺしと叩く。


「私の悩みも苦労も知らないで、メイルお兄ちゃんのバカっ!」

「俺の悩みや苦労も、タルトは知らないだろー」

「メイルお兄ちゃん言わないじゃん。男がどうの、兄がどうのとか言って隠すし」

「それは――あれだ。お前達には知られたくないこともあるんだよ」

「ほらっ!」

「はいはい、二人とも。仲良くしましょうね」


 レイラの母に仲裁に入られるも、タルトは怒り冷めやらず、そんな彼女にメイルは少し困り顔だったが、アルバークが帰ってきて投げた実を返されたことで、彼女の意識はそちらに向かい、


「子供用の遊具じゃったか。その名を耳にするだけで、金縛りにあう者もおると聞く、恐れ振り撒く傍若無人の魔女とて、人の子か」


 更によく分からないことを言われて、怒りが冷めてきて平静を取り戻し、アルバークにこう尋ねる。


「これ、私が作ったんです。売れそうですか?」


 アルバークは、すっと目を逸らし、直ぐに目を戻して、タルトの頭を撫でる。

 タルトは、あやされたような気がして、明確に答えずそんなことをしたという事は、あまり良い出来ではなかったのかな、と少し不安になる。

 アルバークがまた商品を物色し始めた。彼の息子のディーも続き、


「親父。ボロクソ言ってたが、親父の見立てで売れそうなのはどれだ?」

「まぁ、タルトちゃんが作ったものは並べるとして、他に売れそうなのは、そこの古着と兜、効果のほどが定かではない薬品や蔵書は危険じゃな。あとはこれか」


 そう言って彼が手に取ったのは、綺麗な鞘に収まった短刀。

 しかし中を見ようとして、すぐに断念。


「魔法も掛かっておらんのに抜けんということは、恐らく中で錆びついておるのう」

「いや、錆びた武器まで置いてんのか。まぁ、外見は綺麗だから、そのまま飾っておく分にはいけそうか」


「調度品としての価値はそれなりにありそうじゃな。しかし、腑に落ちんな。人どころか動物すらおらん『緑の砂漠』に店を構えていたこともそう、商売を舐め腐っていた訳ではなく、端からする気がなかったように見える。何の目的で店など開き、このようなガラクタばかりを集めていた……」


 タルトの心に、ガラクタという言葉が刺さっていた。店の商品をそう言われるのは、辛いものがあった。

 しかし、確かにそんな売れそうにないものばかりを店に置くというのは妙で、タルトはその理由を少し考える。

 一番に思い付くのは、遊び半分でやっていた。つまるところは趣味。

 趣味であれば、商品価値の無いものを集めていたもおかしくはなく、また、店に置かれていた品には、共通している事柄もあった。

 多分それだと思い、タルトはアルバークに言う。


「あのお婆さんが――――いえ、ドルドール様が趣味で店を開いていたのなら、答え分かりますよ」

「ほう、聞こう。しかし、随分他人行儀な物言いじゃな。ああ、すまん! 何でもない、続けてくれ」


 確たる理由はなく、ただグラーセルとのやり取りの時の匂いを感じとっただけではあるが、信用されていないように思い、タルトは目を細め、アルバークを睨む。

 すると、すっとぼけるように口笛を吹かれ、


「アルバークさん、私まで疑ってますね。嘘なんて吐いてないのに酷いっ」


 怒りをぶつけると、アルバークは焦ったようにこう捲し立てる。

 

「分かっておる。分かっておるとも。あれはそう、職業病のようなものじゃ。儂が患っておる病の一種でな。宮仕えは敵も多くてな、誰かを疑わずにはいられない。不覚にも孫の友人まで疑ってしまったこと、深く詫びよう。許してはくれんか?」


 謝ってくれたのだから、許しても良かったが、悪いことなど一つもしていないのに、疑われるというのは、納得できないところもあり、

 

「――お爺ちゃんがおされてるとこなんて、初めて見た」


 しかし、レイラがそう零し、タルトは矛を収めることにした。

 何をやっても勝てそうにない凄い人物に、一泡吹かせられたからだ。

 どこか、痛快だった。


「分かりました。許しますから、もう疑わないでくださいね」

「ああ、誓おう。アルバーク・ウィリアム・フォン・プートギアの名に懸けて」


 凄い名前、と今度はタルトが彼の長い名前に圧倒された。

 同時に、プートギアという性が合っていないように感じ、少し可愛らしく思う。

 

「私もそんな風に名乗ろうかな。でもお貴族様じゃないし」

「何の話じゃ?」

「何でもないんです! 何でもありません!」


 アルバークに懐疑的な目を向けられ、タルトは慌てて両手をバタバタ振り、誤魔化す。

 しかし、家名は欲しくなり、ああでもない、こうでもない、と考え込んでいると、


「おーい、タルトちゃんやー」

「お爺ちゃん、それじゃ駄目よ」

「ああ、またか。ちょっと待っててくれ」


 アルバークが顔の前で手を振り、レイラが言い、メイルが体を揺すって、

「何?」とタルトは返す。


「爺さんの話聞いてたか?」

「ああ! ごめんなさい、ごめんなさい」


タルトは、二回謝ってからアルバークに聞いた。

 

「えと、何の話でしたっけ?」

「ドルドールが、妙なものばかりを集めていた訳、知っておるのだろう?」

 

 それで話の流れを思い出し、タルトはポンと手を打った。


「そうでした。そのことなんですけど、多分、想いの詰まったものばかりを置いているんです。高い所の商品は手が届かなくて触ってないので、全部がそうとは言い切れませんけど」

「ほう。想いの詰まったものとな」

「はい。魂に触れると伝わってくるんです。詰められた――――」


 タルトは、頭を振ると、両手を胸に置いて、目を閉じた。


「込められた想いが、分かるんです」

「ほう。魂に触れる――、か。それは、無機質な物以外にも、出来そうか?」

「無機質な物、以外ですか?」

「うむ。例えばそう、人である儂の魂に触れることも、可能か?」

「多分、出来ると思いますけど」


 人の魂に触れたことはないが、草花のような無機質ではないものの魂には、触れたことはあった。


「では、儂の魂に触れてみてはくれんか?」

「――いいですけど。ちょっと屈んで貰えます?」

 

 アルバークが屈みこみ、タルトは彼の胸に右手を当て、魂に触れようと魔力を流し込む。が、彼の豊富な魔力に弾かれるのを感じ、邪魔なその魔力をこちらで適当にどかしてから、再度魔力を流し込む。

 そして、操る魔力で彼の魂を包み込んだ、その時。

 ――――この儂が、こうも容易く。どこを見ておる若造がっ!

 タルトは、自分が言われたように感じて驚いて手を離し、直後、アルバークが胸を押さえて苦しみ出す。


「アルバークさん!」

「――すまんが、早くこの魔力を取り除いてはくれんか」

「ご、ごめんなさい!」


 タルトは、直ぐさま彼の胸に手を当て魔力を回収した。

 何が起こったのか皆目分からなかったが、よほど苦しかったのか、アルバークの顔には汗が滲んでいた。

  

「ちょっとタルトっ。お爺ちゃんに何したの!」


 タルトを睨み、憤るレイラを手で制し、荒い呼吸を整えたあと、アルバークは立ち上がり、


「奈落の底は、儂が思っていた以上に深いようじゃ。奈落の六賢者が一人、ドルドールの弟子。嫌というほど分からされた。死ぬかと思ったわ」

「お爺ちゃん……、大丈夫?」


 そう心配する孫の頭を撫でると、

 

「ああ、もう少しで危うかったがな。あれは普通の魔力ではないな、恐らくは狂わされた魔力。そんなものを操れるのは、混沌の王から力の一部を奪い取った、ドルドール以外はおらん。つまり――――、タルトちゃんはドルドールの弟子で間違いない、ということじゃな。弟子を取らぬことで有名なドルドールが、弟子にするのも頷けるわ」


 どこか染み入るように言い、もう一度屈みこみ、アルバークはやってくれたなと言わんばかりの笑みを、タルトに向けた。


「儂からいとも容易く主導権を奪い取り、儂の魔力まで操りおって。力を隠しておったな?」 

「――か、隠してません」

「嘘を吐くでない。魔力の糸を作れないなどと言っておったが、そんな未熟者に儂の魔力を操ることなど不可能。いや――――」


「あの――」と、タルトは率直な疑問を彼にぶつける。


「アルバークさんの魔力を操るのは、そんなに凄いことなんですか?」

「言ってくれるではないか」


 ふっ、とアルバークは笑みを浮かべたが、直ぐに消し、すくっと立つとタルトを見下ろして、口だけで笑う。目は一切笑っていない。

 見ている者を金縛りにするような、そんな強烈な笑みだ。

 

「ドルドールの弟子であろうと、年端もいかぬ子供に出来ることではないわ。お前さん、力以外にも隠しておることがあるのではないか」

 

 その時タルトの脳裏には、レイラの言葉が過っていた。

 ――――体が全然動かなくなるの。

 本当に口を開くどころではなく、指一本動かせず、タルトは蛇に睨まれた蛙のようにただ立ち尽くし、

 

「親父っ! こんな子供に向かって」


 見かねたようにディーが間に入ろうとするが、ひと睨みで彼も同じようにされてしまう。


「隠し事を話すのは嫌か?」


 隠し事と言われ、思い当たるのは、自身が実は大人だということ。

 しかし、それは別に隠していることではなく、タルトは首を縦に振りたかったが、恐怖に体を縛られて出来ず、凍り付いていると、腹に感触がきて体が浮くのを感じる。

 直後、横に引っ張られて、驚きで拘束を解かれたタルトは「うわっ」と声を上げた。

 それをやった少年は彼女を小脇に抱え、真っ向からアルバークを睨み付けている。


「タルトが怖がってんだろが。聞きたいことがあるなら俺に言え。俺が全部答えてやるよ」

「ほう。メイルくんがか。儂の目を真っすぐ見られる人間なぞ、そうはおらんかったぞ。メイルくんも、何か隠し事がありそうじゃな?」


 アルバークは、どこか楽しむような笑みを浮かべて言い、

 

「だったらどうだってんだ。ただな、タルトに次同じことやってみろ。ただじゃおかねぇぞてめぇっ」

 

 とメイルが言い返す。

 急に漂い始めた緊迫した空気を、それを生み出した張本人が、この話はもう終いとばかりに手を叩き、弛緩させた。

  

「まぁ、害がないのは分かっておる。ただ、可愛い孫を持つ身として、無視できるものでもなかったのでな。タルトちゃん、怖がらせて悪かったね。メイルくん、話はあとで聞こう」


 言うと、アルバークは一人、先に戻り、目をパチクリさせていたレイラが、

「あんなお爺ちゃん初めて見た……」と零した。


「タルト大丈夫? すっごく怖かったでしょ?」


 聞かれ、恐怖で干上がっていた口から「ハ、ハハ」と、乾燥した笑い声が勝手に漏れて、それから長い長い安堵の息を吐き、タルトは庇ってくれたメイルにお礼を言って下ろして貰うと、「うん、すっごく怖かった」と、それはもう染み染みとレイラに答え、そんなタルトの傍にレイラの父、母、祖母も寄って来て、口々に、


「タルトちゃん、ごめんよ。うちのバカ親父が」

「ごめんなさいね、お義父さんが迷惑掛けて。怖かったわよね」

「すまないねぇ、タルトちゃん。あの人ときたら、未だに宮廷魔術師だった頃の癖が抜けてなくて、ちょっとあたしが懲らしめてこようかね」


 最後、意味深なことを言ったレイラの祖母が中に入っていき、突如、雷鳴のような怒鳴り声が上がって、タルトは思わずとび上がる。

 そして、その後も鳴り止むことなく雷鳴は響き続け、

 

「うちで一番怖いのは、お婆ちゃんなの」


 レイラが、こっそりとタルトに言った。

 タルトは曖昧な笑みを作って、「そうみたいだね」と彼女に返した。



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