第13話 犯人はお前だ!

「どうやら、使えるようじゃな」


 言ってないのに、何で――――。とタルトは心底驚き、動揺した。


「分かりやすいのう」


 とアルバークがニヤついている。


「それを、儂に見せてはくれんかのー?」


 ニッコリと笑み、猫撫で声でそう言う彼を少しだけ恐ろしく感じ、口を開けないでいると、「見せてあげたら?」と隣のレイラに言われ、タルトは頭を振った。


「そうか。残念じゃが、それならば仕方ないのう。では、魂を与える魔法の方ならどうじゃ。ん?」

「――あの、アルバークさんは、どこまで知ってるんですか?」


「何も。マンモンから少し話を聞いただけで、儂はまだ何も知らん。だから、タルトちゃんが本当にあのドルドールの弟子かどうか、この目で確かめたくてみたくてな」


 アルバークの言葉に、レイラが驚いた顔をしている。

 そして、「そんなの聞いてない……」と彼女は口から零した。

 

「――タルト。ドルドール様の弟子だったの?」

「違うよ。言ったでしょ、私が魔法を教わったのはヨハンだって」

「びっくりしたー……」


と胸を撫で下ろしたのも束の間、レイラが驚かされた怒りを祖父にぶつけた。

 

「もう、驚かせないでよ!」

「そう違わんじゃろ。ドルドールの魔導書から、魔法を教わったのならな」

「タルト。どういうこと」

「実はさ――――」


 と、タルトは今ここにいる三人で、ドルドールの店に住んでいたことを明かした。


「そんな風には全然見えなかったけど、タルトって実は凄い魔女だったの?」


 アルバークと見比べられ、タルトは苦笑いする。

 そして、直ぐに否定するように頭を振った。

 王様に仕えていた凄腕の人物と、見習いのような自分では、天と地ほども差があるように感じていた。が、その凄腕は平然とこう言ってのける。


「レイラや。ここでは二流止まりの儂も、凄いと言われるような魔術師ではない」


 タルトには、途方もない話に聞こえた。

 上には上がいる、ではなく、奈落の底は深い。メイルが何故そう言ったのか、分かった気がした。

 常人では見ることすら叶わない、深淵に潜む異形のような猛者共が、この奈落にはいるのだろう。

 悪魔がいるくらいだ、そう突飛な考えにも思えず、タルトは少し怖くなった。

 奈落という場所が、初めて。


「お爺ちゃんは一流だと思うけど。他の人とは全然違うし」


「イヴアダム魔法学院に入学すれば、レイラも自ずと分かるようになる。あそこの教師陣は皆手練れ揃いと聞いておる。儂などよりも、恐らくはずっとな」


「お爺ちゃんは自分を低く見過ぎよ。いいわ、私が一番になって証明してみせるから。お爺ちゃんの魔法は、いいえ、私に魔法を教えてくれたお爺ちゃんは、誰よりも優れた超一流の魔術師なんだって」


 ふっ、と笑みを浮かべたアルバークは本当に嬉しそうで、

 ――――レイラ、頑張れ!

 とタルトは心の中で応援しつつも同時に思う。

 学校に行けていいな、と。

 その時だった。アルバークの目が怖いほどに鋭く引き絞られた。


「人様の家の中で、気配を絶って動き回るのは感心せんな」


 参ったなぁと言わんばかりの顔で、子供部屋にひょっこり顔を覗かせたのは、衛兵のグラーセル。


「すいません、失礼しました。まだ、癖が抜けていないもので」

「ほう。見事な気配の絶ち方で、気付くのが遅れた気もするな。どうであった?」

「いえいえ。丁度来たところでアルバーク殿に言われ、驚いたのはこちらです」

「儂の名、どこで聞いた」 


 自己紹介は家の前でしていたが、アルバークはボケているようには見えない。

 グラーセルを疑い、何か探っているように、タルトには見えた。


「嫌だな。家の前で自己紹介しあったじゃないですか。ボケるにはまだ早いですよ」

「そうだったそうだった。いやー、儂としたことが。もう歳かのう?」


 グラーセルが来るまでと違い、両手を広げ、自身の頭を軽く叩き、手ぶりを交えて話すアルバークは随分大仰で、違和感を覚えて仕方ないタルトの前に、すっとメイルが立つ。

 前が見えない。と思ってタルトは横から顔を出そうとしたが、腕でブロックされ、


「隠れてろ」


 そんな囁きが耳に届き、一気に緊張する。

 やはり、グラーセルは疚しいことをしている奴だと疑われている。

 衛兵とは仮の姿、実は極悪非道な人間なのかもしれない。

 人は見掛けによらないものだ。

 どうしてくれよう。いや、どうしよう。

 本当にどうしようと彼女は頭を悩ませていたが、凄腕の魔術師がついていることもあって、彼女の心には結構余裕があった。


「アルバーク殿がですか。そんな風には見受けられませんとも」


「そう言って貰えると嬉しいのう。何せお前さんは二流の儂と違って一流じゃ。その男の目にまだまだやれそうだと映っておるのなら、儂もそのうち、お前さんと同じ高みにいけそうな気がしてきたわ。のう?」


「アルバーク殿は冗談がお好きなのですね。確かに私は一流揃いの亡霊の千騎士に一度は入隊しました。ですが、すぐに追い落とされて、今ではしがない衛兵の、それも見習いでしかありません。宮廷魔術師だったアルバーク殿が二流なら、私など三流でしょうとも」

 

「儂が宮廷魔術師だったこと、誰に聞いた」

「ミラド隊長からですよ。旧知の仲なのでしょう」


 推理ものもそこそこ読んだことのあるタルトは、グラーセルの不審なところが今のやり取りで分かった。

 淀みなく平然と答えているところだ。

 誰に聞いた。あんな聞かれ方をしたら、言葉に詰まる自信があり、犯人はお前だと、言いたくて仕方なかった。


「いい加減、やめにせんか。のうグラーセル」

「何をです?」


 ――――キタ!

 とタルトは拳を握り、思う。いよいよ大詰めだと。


「お前さんは癖で気配を絶っていたと言っておったが、騎士に衛兵、どちらも気配を絶つ必要のない職に思うが。どこでその技覚えた。誰の差し金で動いておる」


 そこで、初めてグラーセルは言葉に詰まり、タルトは、もう我慢出来ずに飛び出して、犯人をビシっと指差して、決まり文句を告げる。  

 

「犯人はお前だーっ! さっさと白状なさい!」


 決まった。という高揚感に包まれると同時、何故か場が氷ついているようにも感じ、タルトは少しばかり首を傾ける。


 おかしい。いやアルバークの詰め方におかしな点はなかった。

 見事な推理、グラーセルは犯人で間違いない。

 犯人で間違いないが、どんな罪を犯した非道なのかは分からず、何か致命的な見落としがあるような気がしてきて、タルトはまたメイルの後ろに戻り、ひょこっと顔だけ出し、様子を見る。

 はぁー、とグラーセルが気の抜けたような顔で息を吐き、降参するように両手を上げた。

 やはり、何かの犯人ではあったようだ。


「降参しましょう。私は、ミラド隊長の指示で動いておりました。絶対に目を離すな、何かあればすぐに連絡しろと言われただけですが、言われたことだけをやるのは無能のすることだ」


「なるほど。それで探りをいれていた、と」


「申し訳ありません。探りをいれていた、タルトちゃんにだけは気付かれたくなく、アルバーク殿にとぼけていたのですが。本人にああ言われては、もう両手をあげるしかない、と思いまして」


「流石は、ドルドールの弟子といったところか」

「ええ。御見それ致しました。話しは変わりますが、アルバーク殿は、タルトちゃんの魔法がみたい、と言っておりましたね?」


 グラーセルがそう言った直後、アルバークが少し口の端を持ち上げ、小馬鹿にするような笑みを彼に向けた。

 

「ぼろを出しおったな。お前さん、随分前からあの場にいたろう。再度聞く、どこでその技覚えた」

「――やっぱり、気になります?」


「ああも露骨に話を変えられてはな。気になるのう」

「昔の杵柄というやつでして。奈落にくる前も、私は騎士をやっていたのですが。所謂、訳あり部隊に配属されておりまして」


「後ろ暗い仕事が、専門だったと?」

「ええ、まあ、濁さず言えば」


「ふむ。あい分かった。仕事も真面目にこなし、ミラドからの信頼も厚いお前さんだ。疑うのはこれくらいにしといてやろう」


「アルバーク殿も人が悪い。私のことを随分知っていたような口振りだ」

「ミラドとは、旧知の間柄じゃからな」


 そこで、今まで張り詰めていた空気が一気に弛緩するのを感じ、タルトは思う。

 謝った方がいいかな、と。

 その時、のしのし、と廊下を歩く音が聞こえてきて、グラーセルが腋へ避け、マンモンが顔を見せて、部屋に入ってくる。


「おう。そろそろ帰るぞ」

「あ、ああ。もうそんな時間か」


 そう言うメイルの横顔は、どこか心残りがあるように見え、


「もう帰るの……?」


 と言うレイラも、名残惜しそうな顔をしている。


「帰る時間になったみたいだからね。私達は、親方さんに乗せてきて貰っただけだから。仕方ないよ」


 せっかく仲良くなれたのに、急な別れはタルトとて少し寂しく辛かった。

 それで、もうちょっとだけここに居たいな、と。そう思った瞬間だ、


「ああ!」


 と、すっかり忘れていたことを思い出し、タルトはマンモンを見上げて言う。


「親方さん、待って。私、この街でお店を開きたくて」

「店――、店か。今は時期が悪い、ほとぼりが冷めてからの方がいいな」

 

 何のほとぼりか。タルトが疑問の目を向けていると、マンモンの視線はメイルの方にいった。


「子攫いの話、まだタルトにはしてなかったな。最近この街で、子供を攫う誘拐事件が立て続けに起こっててな。衛兵のグラーセルが、俺達に同行した理由の半分はそれで、不審な動きをしたグラーセルが、孫のいる爺さんに怪しまれた理由でもある」


 つまり、グラーセルは誘拐犯に間違われていた訳だ。

 なら、自分もグラーセルを誘拐犯だと思い、犯人はお前だ、と言ったと皆勘違いしてくれないだろうか。と、タルトは考えるが、直ぐに考え直す。

 誘拐事件のことを知らなかったのはバレている。それでは筋が通らない。

 どう考えても脈絡なくかましてしまったのは間違いなく、今更ながらタルトは恥ずかしくなってきて、心の中で誓いを立てた。

 あんな恥ずかしい台詞を吐くのは、もうやめようと。

 

「その話、タルトちゃんは粗方知っていたようじゃよ」


 アルバークに目を向けられたレイラが、言ってないとばかりに頭を振る。

 やっぱりそう思うよね、そうでないとお前は犯人だなんて言わないよね。とタルトは心の中で捲し立て、一人冷や冷やし、


「俺には、なーんかタルトが適当ぶっこいた気がしてるんだよなー。もし知ってたら、タルトはあんな行動しない。もっと怯えてる。だろ?」


 違う見解を示したメイルに目を向けられて、苦笑いする。

 完璧に見破られていて、もう笑うしかなかったのだ。


「まぁ、どちらにせよだ。今店を開くのはお勧めできない」

「はーい」


 と、しょんぼりするタルトの耳に「あのー」と大人しい声が届く。

 

「短い期間で良いのなら、私が護衛致しますので、店を開くことも可能かと」

「新入りの護衛か……」


 マンモンが渋い顔で言い、そのあとに見たのはアルバーク。


「ああ、その手があった。アルバーク爺さんのいるここでなら、店を開けそうだな」

「ふむ。専用の棚を作って、そこに品を並べればいけるな」


 肉を取り扱っているところだけあって、ここは店舗併用住宅。

 売り場が設けられており、そこに品を並べてもいいという話。

 タルトは、ドルドール魔法商店を丸ごと出すつもりだったが、そう悪い話でもなく、いやむしろ、ありがたい話だと思う。

 家が沢山あって、人も沢山いそうな、この街で店を開けるのだから。


「寝てるメエムちゃんはあとで聞くとして。メイル、お前はどうする」

「俺も残るさ。メエムも残るって言うだろうけど、一応確認はしないとな」


 メエムを揺り起こし、メイルは寝ぼけまなこの彼女に聞いた。


「メエム。もう帰るか、それともここに残るか。俺とタルトは残るつもりだが、メエムはどうする?」

「お兄ちゃんと、タルトが残るなら、私も――――」


 余程疲れていたのか、メエムは言うと、直ぐにまた眠りに落ちてしまった。

 

「悪いレイラ。もう少しベッドを使わせてくれないか?」

「別にいいけど、みんな残るのよね?」

「ああ。マンモン達は帰るが、俺達はタルトの気が済むまで残るつもりさ」


 レイラがタルトに、「もうずっと居たら?」なんて言う傍ら、メイルは寝ている妹を抱き上げ、ベッドに寝かし付けていた。


「長居は迷惑だろうし。次に親方さんが来た時に帰るつもりではいるけど」


 タルトはマンモンの方を見る。


「親方さん、お願いします」

「おう。それまでタルトちゃんも商売頑張れよ。話も纏まったし、俺はもう行くぜ」

「あ、お見送りします」


 とマンモンの後ろにメエムを除く皆でついて行けば、既に出発の準備は終えていたようで、軽い会話を挟んだあと、馬車に乗り込んだ三人を、そのまま見送る形になる。

 

「モニカーっ、親方さーんっ、ヴィッセさんっ、またねー!」


 大きな声で次々彼らの名を呼び、タルトは手を振る。

 知らないところで、モニカは料理を教わっていたらしく、いくつかもう作れるそうで、マンモンはディーと家で飲んでいたらしく、ヴィッセは家具や衣類を買いに行っていたのだとか。

 駄目に見えて、気の利いたことをする子分、いやそうではない。 

 マンモンが言っていたように、元はもっと品のあった、領主に仕える立派な召使いだったのだろう。


 タルトは、感慨深い気持ちを胸に抱きつつ、もう遠くにある馬車を見ながら、静かに手を下ろし、くるりと向きを変える。

 そして、拳をつき上げ大きな声を上げた。


「それじゃ、私達も頑張ろー!」


 お、おー、とメイルとレイラが微妙にあわせてくれたが、物足りなさは否めない。

 姉がいれば、と残念に思うタルトに、アルバークが当然の質問をした。


「手ぶらなようじゃが、何を売るつもりじゃ?」

「ドルドール魔法商店の品を売るつもりです。庭を少しお借りしますね」


 この一家が暮らす併用住宅、周りを見渡すと分かるのだが、他の家よりも大きい。

 当然庭も広く、結構なお金持ちなのかもしれない。と、そのことをちょっと羨ましく思いながら、庭に行こうとしていたタルトの足がピタリと止まる。


 危うく、もう少しで高い段から下に落ちるところだった。

 この街、曲げた背の上にあるのだから、当然といえば当然だが、全ての建物が傾斜のある場所に建っていて、水平にするための段が設けられている。

 ただ、階段のある所は限られていて、慣れていない者には、かなり危険なつくりをしていた。特に、タルトのような背丈の低い子供にとってはだ。

 何故、こんな場所に街などつくったのか。

 確かに見晴らしは良い。

 上から見た森は闇に包まれ、一つの命のように全体を蠢かせ、横手に見える山々には毒々しい色合いの霧が掛かり、大きな鳥ような何かが沢山飛んでいて、薄気味悪いったらない。


「中から行く方が早い」


 アルバークにそう言われ、中を通って皆で庭に出ると、タルトに視線が集中した。


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