第11話 もう一人の魔女
「マンモンてめぇ! 遅いじゃねぇか! こっちはまだ届かねぇのかって、てめぇんとこの肉を扱ってる店から、かなりせっつかれてたんだぞ」
「悪い悪い。だから今回は積めるだけ積んで来たんだが、全部いけるか?」
中を確認した肉屋の男が、見慣れぬ者達を少し見たあと、積み荷に目を向け微妙な顔をする。
「毛皮は知り合いのとこに持ってくだけだから、問題ないが、この量の肉をうちだけで捌き切るのは無理だな。大手のとこに掛け合ってやってもいいが、お前と引き合わせろって言われるとめんどくせぇ。間違いなくうちより好条件を出して、引き抜こうとしてくるだろうな。まぁ、お前はつっぱねるだろうが」
「そりゃそうだろ。あいつら、肉質もみねぇで見てくれだけで判断しやがって。俺らを追い返すばかりか衛兵まで呼びやがったんだぞ。俺がまともだと分かった途端手のひら返されてもな。今更だろ」
「言っちゃ悪いが、普通だと思うぞ。俺が酔狂なだけで」
「俺に賭けるしか道がなかった、の間違いだろ。大分盛り返したんじゃねぇか?」
「おかげさまでな。売り上げは好調、お前んとこの羊肉はうちの生命線だ。で、どうするよ。お前には借りがある。面倒ごとの一つや二つ、引き受けてやるさ」
「ありがとよ。だが、俺まで巻き込む面倒ごとは勘弁だ。捌ききれなかった分の金はいらねぇ。余りは全部、ミラドのところにでも届けてやってくれ」
「なんだ。衛兵を乗せてることに関係してるのか?」
「ついさっき借り拵えてきてな。あまりツレを待たすわけにもいかねぇから、早いとこ頼む」
マンモンが魔法を消し、肉屋の男が自身の店に人を呼びに行く。
そして、出てきたのは家族と思しき面々。その中には、タルト等くらいの女の子も一人混じっていた。
積み荷が運び出され始めると、馬車組もそれに混じり、共同作業の傍ら、軽く会話をして互いに自己紹介を済ませ、終わって一段落つくと、肉屋の男ディーは言う。
「人手が多いと早いな。手伝って貰ったし、飯でも食ってけよ」
「たらふく食ったばかりでな。気持ちだけ受け取っておく。それよりディー、子供がいるお前は知ってるとは思うが」
「ああ、子攫いの話か。俺が外にいた理由はそれさ。ああして近所を変な野郎がうろついてないか、毎日見てんだよ。可愛い娘にも窮屈な思いをさせちまってるし、やっぱり飯食ってかねぇか?」
何故ディーがそこまで食事に誘うのか。理由は二人の目の前にあった。
ママゴトに興じている子達がいる。
精神的には大人な者達も混じってはいるが、存外楽しそうにしていた。
「ま、多少の道草も悪かねぇか」
「おう。お前んとこの馬鹿みてぇにでかい羊みたく、沢山食ってけよ」
子供達のところにディーはいき、皆を中に入るよう促したあと、父親を連れてまた外へ。
ヴィッセも用事があるとかで、一緒に出て行ったしまった。
残りの大人組は奥の居間に通され、タルト等子供組は「こっちよ」とディーの娘のレイラに連れて行かれることになり、
「悪い、俺は聞きたいことがあるから」
とメイルがさっさと一人抜けていく。
タルトも続こうとしたが、「ダメ。タルトはこっちよ」とメエムと共に引っ張られていき、子供部屋に通されると、眩しいものでも見るように目を細め、入り口の所で立ち尽くすように足を止めた。
白枠の窓に掛かるリボン柄のカーテンの傍には、沢山の縫いぐるみや人形が飾られていて、下に木枠の可愛らしいベッドがあって、横には作りの綺麗なクローゼットまで置かれ、彼女の目には、この部屋はとても女の子らしくて、煌びやかなものに映っていた。
昔住んでいた部屋は暗くて埃っぽくて、冷たいところだったから。
「タルト。どうしたの?」
レイラに不思議そうな顔で覗き込まれて、タルトは「何でもないよ」とさっと頭を振って言い、「何して遊ぼっか?」と彼女に聞く。
「私のお人形さん達を紹介してあげる。良かったら、どれかとヨハンを交換しない?」
ヨハンがペンを握ってこう書いた。泣かすぞ、と。
容赦なかった。子供に言って良い言葉ではなかった。
が、レイラはそれに怯むことなく、瞬時に自身のきつめの吊り目を更に吊り上げて、腰に手を当て口を尖らせる。
「もう、ヨハンは生意気。タルト、ちゃんと躾けないとダメじゃない」
「……あのさ、ヨハンは、ペットじゃないから」
言っておいて、自分自身そういう目でヨハンを見ていたように思い、ではペットでないのなら、ヨハンは何なのかと、タルトは考え始める。
師、友達、相棒、どれも正解ではあるが、微妙にしっくりこず、
「ヨハンはわたし達の家族だから、駄目だよ」
それだと思い、タルトは直ぐに続いた。
「お姉ちゃんの言う通り、ヨハンは大事な家族だから。交換なんてしてあげられないの。ごめんね」
レイラが女の子の人形を抱きかかえ、不貞腐れるような顔をした。
「いいもん。私にはお人形さんたちがいるから」
実に子供らしい反応に、何と言えば良いのか、タルトはちょっと困り、
「そんな顔しないで。わたし達がここにいる間はヨハンを貸してあげるから」
メエムがそんなことを言い出して、え、という文字に濁点をつける勢いで、ヨハンがメエムを見た。
が、ヨハンは即座にタルトの方に目を向けて、パッチリ猫目で訴える。
どうにかしてくれと。
お前に任せた。そんな想いを込めて、タルトは熱い視線を注ぎ返した。
「本当? ありがとうメエム。ヨハンおいで!」
恨みがましく、覚えておけとヨハンが書いていたが、タルトは無視して引っ掴み、さっさと引き渡して、メエムと共に部屋に置かれていた小洒落た木製の長椅子に腰を下ろした。
すると、ベッドの上にいったレイラに手招きをされ、そちら側に移る。
そこでふとこの町の名前をまだ知らないと思い、
「ちょっと借りるね」
と言ってヨハンを借り、地図が描かれているページを開いた。
元いた場所が、奈落の北東にある草の海と書かれた場所だということは、知っている。
その西側に犬の森と記された大きな森があり、それは恐らくあの不気味な森のことだと思い、そこは右に迂回したので向かって右。つまり目を動かす方向は上だ。
すると、オオドクロと記された町を見つけた。
間違いなくこの街だと思い、
「この町の名前って、オオドクロだよね?」
とヨハンのふさふさな尾に夢中になっているレイラにそう聞き、タルトはそれを確かめる。
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「町の名前をまだ聞いてなくて、元いた場所からここまでの道のりを地図で辿って、名前を当ててみたんだ。分かりやすい名前してたから、ざっと見回すだけで分かった気もするけどね」
「ふーん。ヨハンは地図にもなるのね。他のページには何が書かれてるの?」
「奈落のことが、色々と? 全部読んだんだけど、あんまり覚えてなくて」
最初のページから、ぺらり、ぺらりと捲って見せているうちに、タルトは眠くなってくるのを感じた。
長い間、本を読むしかすることがなく、読んで読んで読みまくって、本というものに飽いていたのだ。
だから今は、本はあまり読まず、昔出来なかったことに没頭していた。
それは店の商品を作ること。つまりはものづくり。
――――あ、そうだ。そうしよう!
と、閃くものがあった時、
「白いページばかりね。もう終わり?」
レイラにそう言われ、意味が分からず、パチパチと、タルトは何度も目を瞬く。
彼女の目には、書かれた文字がはっきりと映っていた。
ただそこは、魔法に関することが書かれたページだったこともあり、もしかしてと、特定の人間にしか見えない文字なのかと思い、
「お姉ちゃんも、このページは白く見える?」
「うん。白く見えるけど、タルトはそうじゃないの?」
聞いてみると、案の定。
そういう文字、色々な物語に登場していた。
「タルトだけ、何か見えてるの?」
メエムに聞かれ、タルトは『普通はそうだ』と思って言う。
「見えてる、けど。見えないと信じられないよね」
「信じるよ。タルトはもう嘘を吐かないって、言ったからね」
その言葉に、タルトが少しウルっときていると、
「何よ、私も信じるわよ。秘匿文字で書かれているんでしょ」
耳慣れない言葉を耳にし、秘匿文字とはと、首が自然と傾き、
「驚いた。魔女なのに知らなかったの?」
知りませんでしたと思うと同時に、頭に、大きなクエスチョンマークが浮かんだ。
自身が魔女であることを、レイラに話しただろうか。
話した覚えはなかった。だとすると見破られたことになる。
特殊な文字を知っていることも含めて、レイラは一体何者なのか。
もしかすると、自分と同じ――――、
「レイラも、魔女なの?」
と聞いてみると、レイラはニっと笑み、唇に人差し指を当てて、言った。
「そう、私も魔女なの。でも内緒よ。同じ魔女のタルトだから言ったの」
タルトは、内心驚くと共に喜んだ。いたよ、と。
自分と同じ、魔女らしくない魔女がだ。
「レイラも魔女なんだ。凄いね!」
とニコニコしながらメエムがレイラの頭を撫で始め、直後、レイラが彼女の手を払い除け、キっと睨んだ。
「もう、そういうのやめてよ。私より少し大きいからって、生意気」
「ごめんね? 次からは気を付けるね」
「分かればいいのよ。分かれば」
この時タルトは、メエムに違和感を覚えていた。
漠然としたものだが、子供っぽさが薄れているような、妙な感じがして、それで顔をまじまじと見ていたせいか、「何?」と言われ、
「お姉ちゃんは、お姉ちゃんだなーって……」
あははと笑い、タルトは誤魔化す。
「タルト……。そう呼ばれるのは嬉しいけど、なんか無理させてる気がするの。いいよ、前みたいにメエムで」
この対応、今までのメエムであれば、そんなこと気にも留めなかったはずだ。
悩みが解決し、心に余裕ができたからか。いや、何かそれだけではしっくりとこず、
「急に考え込んでどうしたのよ」
タルトは考え、自然と考える人のポーズを取っていた。
「ごめんね。タルトはこうなると大きな声を出すか、こうやって――――」
激しく揺すられて、タルトは思考の海から引き戻された。
しかし、しっくりこないところの明確な答えは、まだ出ておらず、ただメエムが変わっていそうなのは、確かな気がして、「その、さ」と、思ったことを言い始める。
「うまく言えないんだけど、変わろうとしてたのは、私だけじゃないんだって……。それはそうだよね。メエム……、お姉ちゃんも! 頑張ろうね!」
唐突な話であり、無論メエムは首を傾げたが、直ぐにニコリと笑むと、彼女は拳を突き上げ、声を上げた。「そうだね! 頑張ろー!」と。
メエムは、分からないことは、分からないとはっきりと言う子だ。
それが、今は言わないどころか合わせてきた。
間違いなく成長している。大人になってきている。
それで、違和感の正体がはっきりと分かり、謎を解いた瞬間に訪れる爽快な風が心に吹いて、少し浸っていると、「ちょっとー。私おいてけぼりなんだけど」とレイラに言われ、タルトは戻ってくる。
「ごめんごめん。かわりに私の魔法を見せてあげるから、レイラのも見せてよ」
「腕比べってことね。望むところだわ」
レイラは見た目通りの勝気な子だと思いつつ、タルトは、ヨハンから三種類の魔力を引っ張りだして、左手に集めた。それらは『夢、混、穴』。
使うのはモニカに演技してもらった魔法。タルトは傍にあった熊の縫いぐるみに触れ、その魔法を唱えた。
「お前は人形、魔女の思うまま動け〈残酷なるパペット〉」
魔法が発動すると、彼女の五指から魔力の糸が伸び、縫いぐるみの魂を絡め取る。
が、思っていたより魔力の消費が少なく、壁を通り抜けるために引き出した分も合わせて、かなりの魔力を残してしまった。
魔力は、使わなければ時と共に自然と失われるものであり、ヨハンとは一方通行の関係で戻すことも出来ず、余った分の使い道として、レイラ自身にこれを体験させてあげるのも手か、などと考えながら熊を操り、華麗なムーンウォークを決めさせていると、
「どうタルト。私のお人形さんは。魔力の伝わりが良くて操りやすいでしょ?」
「操りやすさは変わらないけど、魔力を全然消費しなくてびっくりしたかな」
「それを操りやすいって言うの。こういうこともできるんだからっ!」
レイラが、両手の先から十本の糸を勢いよく伸ばし、十の人形の外側に絡み付ける。そして、全部いっぺんに、くるりくるりと宙で回転させ始めた。
「レイラはいっぱい人形を操れるんだねー。凄いね!」
「うん。本当に凄いと思う。私じゃそんなにいっぺんに操れないから」
タルトが操れるのは、一つだけだった。
手は二つあるのだから、増やせそうなものだが、彼女は魔法の同時発動をまだ試したことがなかった。
態々そんなことをする必要が無かった。というのもあるが、魔法を使う時はいつも、ヨハンを右手に持っていたから。
「タルトみたいに操ることも出来るわ。見てなさい」
ふふん、と誇らしげに胸を張ったレイラが、また十本の糸を用いて、人形を操り始める。
ただ今回は二つであり、接続されたのは、人形の頭と両手足のそれぞれ五か所だ。
二つの人形が別々の動きをし始め、タルトはメエムと共に拍手を送った。
レイラが、両手を連動させずに、別に動かしていたことが大きい。
ピアノを弾く時に用いる技術、それにチャレンジしようとして、出来なくて泣いた思い出が、タルトにはあった。
「レイラは、ピアノも弾けそうだね。お姫様みたいに」
「ピアノ? ピアノなんて弾いたことないけど、どうして?」
「右手と左手で別々の動きが出来ないと、ピアノって弾けないらしくて、レイラは出来てるから」
「これね!」
レイラに巧みな人形捌きを見せてもらったあと、彼女に教えて貰いながら、メエムと一緒に、手を別々に動かす練習に熱中し――――
――――体を揺すられて、そこでタルトはハっと気付いた。
しょうがない奴め。そんな風な顔のメイルが、傍に立っていた。
「飯の時間だぞ。腹減ったことをタルトが一番意識しなさそうだな」
言われた直後、お腹が空いてくるのを感じ、タルトは「あはは……」と曖昧に笑い返す。
「ごはんが終わってから、またみんなでやりましょ。メイル、貴方も来なさいよ」
「ああ。まぁ、時間が許す限りは付き合おう。何をやっていたんだ?」
「練習よ練習、秘密のね。あとで教えてあげるわ」
「そうか、それは楽しみだ。ほら、行くぞ」
メイルが先に出て行き、タルトも続こうとして、レイラの顔が少し赤くなっていることに気付く。
もしや――、と思って見ていると、レイラは顔を隠すように目を逸らす。
「その、メイルって服装はちょっとあれだけど、他の男の子と違って、落ち着いてるというか、大人っぽいわよね」
タルトが、少し前までメイルを子供扱いしていたのは、他の男の子をよく知らず、比較出来なかったところもある。
それを知っているレイラが、他と違うと言うのなら、やはりメイルは違うのだろう。
見た目に惑わされてはいけない、自身がそうなのだから。
タルトは、メイルを自分よりも年上の大人、いや兄なのだと考えるようにし、レイラにはこう言う。
「メイルお兄ちゃんは、私達のお兄ちゃんだからね!」
「二人ともちょっと、ううん、タルトなんかはかなり抜けてる気がするから、しっかりしてるってことね」
「抜けてないよっ!」
「そうかなー。タルトはお転婆さんだから」
「どこでそんな言葉覚えてきたの! メエムお姉ちゃんはちょっと変わり過ぎ!」
からかわれ、女の子三人で、姦しく進む狭い廊下道が、タルトは楽しくて仕方なかった。
それは求めていたものに、出会ったような感覚であり、談笑しながらの食事の時も、温かいものを感じて。
食べ終わって、少し席で寛いでいると、急に眠気を感じてきて、
――――夜、寝なかったせいかな?
と思った直後、意識がすーっと沈んでいって、夢の世界で、タルトは目を開けた。
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