第7話 魔女たる者かくあるべし
「ちょっと、口出ししていい?」
言ったのは、いつの間にかこちらに来ていたモニカだ。
ヨハンも用があるのか、ついて来ていて、こう書いた。
魔力切れ、と。
メイルとメエムの時も思えばそうだったと、タルトは更に気を落とした。
練習の時に連発していた思い出の方が強かったから、そのことを失念していたのだ。
その時は魔力供給が途中で遮断されていただけであり、焦がれ人のドッペルは、連発するのが不可能な魔法だった。
「おう、なんだ?」
「なんで私にはそうつっけんどんなのかしらね、この人は」
「てめぇの行いのせいだろ。で、なんだよ」
「話し合いを聞いてたけど、今出来ることは一つしかないんだから、それをやればいいじゃない」
「お前本当に聞いてたか? それは、俺達の、なぁ?」
「おらは別に何も?」
「てめぇには聞いてねぇっ。すっこんでろ!」
幹のように太い足が横に振られ、ヴィッセが銃弾のように跳んでいったが、誰一人そのことには触れず、いや少し離れたところにいたメエムだけは、穴の空いた場所に駆け寄り、「大丈夫?」と声を掛けていた。
その優しさに心打たれた弾は、俺は天使を見た。そんな顔で彼女に言う。
「すまねぇなぁ、メエムちゃん――――」
「泣くほど痛いの? よしよし」
とメエムが弾の頭を撫で、その様子が視界に入っていたのか、「チッ」とマンモンが舌打ちしていた。
「横に蹴飛ばすんじゃなかったな」
「今度からは上にするといいぜ。メエムにはあとから俺が言っておく。バカがうつるから、もう近寄るなってな」
「そりゃ助かる。あんのバカヤロウはほんとに。空気読めってんだ」
「バカなのは貴方達の方でしょう。男のプライドなんか捨てて、問題を解決しようとしてるヴィッセの方が、余程賢い頭をしてるわ」
「固い頭で悪かったな。男の生き方に女が口出しすんじゃねぇよ。なぁメイル」
「おう、男はそういう生き物さ。家を守らなきゃいけない女に、危ないことなんてさせられるかっ」
「――女扱いされるのも考えものねー。嬉しくもあり、見縊られてるようで、なんか悔しくもあり。ねぇタルト、どうしよっか?」
頬に片手を添えて、目尻を下げるモニカは、一切悔しそうではない。
悔しそうな顔をしていたのはタルトだ。
「私も、悔しくて……。正直に言うとさ、軽い気持ちで魔女になっただけなんだけど、魔女のつもりではあったの。でも、子供の魔女なんて、怖がられてもいない魔女なんて……、魔女じゃない、よね」
あの老婆も、怖いところがあった。そして、物語に登場する魔女達も、皆怖さを持っていた。
皆が皆、口が悪く、しわがれた声で話し、怪しげな声を上げて、魔女は怖いものだと、侮るべからずと自然とそう思える者達ばかりであった。
しかも揃いも揃って
見習いとしか言えなかった今の状態から、本物の魔女なろう、と。
しかし、モニカが、そんな彼女に言う。
「タルト。確かに貴女は魔女っぽくはないけど、それが貴女なんだから、それでいいじゃない。そんなことを気に病む必要なんかないわ」
「――ありがとう。けど、今のままじゃ駄目なんだって、今分かったから。怖がられるのは嫌だけど、魔女はやっぱり怖くないとね!」
タルトは「ちょっとこっちに来て」と、モニカを男衆から引き離し、屈んでもらう。そして、考えていたことを彼女に伝え始めた。
「私がモニカに魔法を掛けたふりをして、人形のように操ったように見せるから。モニカはメイルと親方さんを、うんと遠くまで投げ飛ばしてくれない?」
しかし、モニカは難色を示した。
「怖がらせるために、そういうことするのはどうかと思うけど」
「違うって。私達が自由になったら、二匹の大羊を簡単に捕まえられると思ってさ」
「逃げた子は私が行けばいいけど、泣いて逃げちゃった『私』の方がねぇ。良い考えでもあるの?」
タルトは、ニっと笑んだ。
「任せて。メエムと二人になれたら多分大丈夫。だからモニカは、話の分かるヴィッセさんを連れて、向こうをお願い」
「――連れてっても、正直邪魔ね。どうしようかしら?」
モニカがあくどい顔をしていた。
それを目にしたタルトは軽く吹き、直ぐに彼女の顔を真似て言う。
「じゃあ、消えてもらおっか。邪魔な人達はみんなまとめてさ」
「悪い魔女ねぇー」
「人のこと言えないじゃん。それに、魔女は元々悪いものだって。良い魔女なんて、魔女じゃないの」
「タルト。なんか吹っ切れた?」
「うん。やりたいことが見つかって、これはそのための一歩かな」
「そういうことなら、一肌脱いであげましょうか」
「モニカありがとー。はい、じゃあ、あとは流れでお願い」
タルトは、思いのほか近くにいたヨハンを捕獲すると、軽く咳払いをして喉の具合を確かめて、皆を怖がらせるために、「ヒーヒッヒッヒ」と珍妙な声を上げる。
まずは形からというやつだが、周りからの懐疑的な視線が、彼女の心に深く刺さっていた。
「お前は人形、魔女の思うまま動け。残酷なるパペット」
心の痛さ、そして湧きあがる恥ずかしさを必死に堪え、タルトはモニカの背中をポンと押し、こう告げる。
「ちょっと聞いて! これから私達は大羊を探しに行ってきますので。それを邪魔する人達には、容赦なく消えてもらいます。今のモニカみたいになりたくなかったら、魔女の言うことを聞くこと。分かった?」
「あ、あら?」
とカクカク動き始めたモニカの演技は、中々さまになっていて、これなら絶対にいけると思え、
「ちょっとタルトっ! 私に何やったの!」
そう言うモニカに、お上手と、心の中で拍手を送りをながら、得意げな顔を作ってタルトは言う。
「人形なんだから喋っちゃ駄目だよー。はい、お口にチャックー」
「んん、んんん!」
そして、チラ見をしながら外に出ようとしていると、
「こらタルトっ、何やってんだ! 早く魔法を解いてやれ」
「メイルは私の邪魔するんだねー。じゃあ行ってらっしゃい。モニカ、やっちゃって!」
「うおっ!?」
モニカが、メイルの腕を掴んで外に引きずり出していく。
そして、「あああぁぁぁぁ……」と情けない声が上がった。
「タルトちゃん――――いきなり何を」
「親方さんも邪魔してきそうだよねー。行ってらっしゃい」
「は――待てっ!」
マンモンは胸倉を掴まれて連行されていき、「うおおおぉー……」と野太い声が遠ざかっていく。ヴィッセが両手をあげて降参し、メエムが寄って来た。
「もうタルト。悪戯しちゃ駄目じゃない」
「違うって。大羊を探すのを手伝って貰ってるだけだって。メエムは私と一緒に行こっか。ヴィッセさんは向こうと合流してください。勿論、拒否権はありませんので。あしからず?」
「――へ? 向こう、とは?」
「モニカー」
ヴィッセも連行されていき、これで邪魔者たちはいなくなった。
「モニカ、もう喋っていいよ」
「――えと、群れの子達にも手伝って貰っていいかしら?」
「それいいね。じゃあモニカは群れを率いて捜索をお願い。メエムもそっちに行く?」
「んー、行きたいけど。タルト一人じゃ心配だから、わたしは残るよ」
「心配されるような歳じゃないんだけど……、いいんだけどさ。ヨハンもおいで」
話も纏まり三人で外へ。
モニカが大羊達に指示を飛ばしに行き、彼女の正体を知らない
「それじゃ、行ってくるわね」
「お願いねー」
モニカが一匹に跨って大羊達を先導していく。その時タルトは自身よりも低い柵の意味を考えていた。大羊達はそこをぽんぽん跨いで楽々外に出て行くのだ。
本当に、おかしな光景だった。
「ねぇタルト。柵に囲まれてたら羊は出られないはずなのに。やっぱり、ここの羊は羊じゃないの?」
柵の高さを気にしない相手に何と答えればいいのか難しく、タルトは少し迷った。
「えーとね、メエムも羊だけどこの柵を越えられるよね?」
「心は羊だけど、わたしはもう人間だから」
「あの羊達は心が人間だったんだよ。だから柵を越えられたの」
「んー、分かるような、分からないような……」
「実は私もよく分からなくてさ。あとでメイルに聞いてみようよ」
「うん、お兄ちゃんならきっと知ってるね!」
タルトは、うまく捌けたことに、ヨシ、と心の中でガッツポーズ。
モニカが言っていたように、彼女は今吹っ切れた軽快さみたいなものを感じていた。
それは自分が変われているような感覚であり、ふと見上げた空も、青から緑に変わってきていた。
また、不気味なおどろおどろしい空に変わるのだろう。
タルトは、本物の魔女を目指すなら、自身もそういう風に変わらなければならないと思い、両頬を叩き喝を入れる。
「私達は、分かれてここらを探そっか。メエムは大きい家と小さい家、どっちにする?」
「なんで? 一緒に探そうよ」
「いや、ほら。別々に探した方が、効率がね?」
「タルト一人じゃ危ないから、別々は駄目だよ」
タルトは、はぁーと大きな溜め息を吐く。
困っている。そして迷っていた。隠し事を打ち明けるかどうか。
しかし問題は嘘を吐いてしまったモニカの事情だ。
相手にするのが面倒だからと、適当なことを言ってしまったツケを彼女は感じつつ、
「しょうがないか。メエム、ちょっとこっちに来て」
とメエムを手招きで呼んで扉の家の近くまで戻り、声を潜めて、話始める。
周りにはヨハンしかいないのだ。
態々そんなことをする必要はないのだが、彼女は気分を大事にしていた。
「モニカのことなんだけどさ。ちょっと事情があって、メエムに嘘を吐いたの。ごめんね」
「もう、嘘を言ったら駄目なんだよ。なんで言ったの?」
「みんなに知られたら困るからねー。メエムは内緒にしててくれる?」
「いいよ。お兄ちゃんにも言わない。私達だけの秘密ね」
「ありがとうメエムー。実はね――――」
とタルトは隠し事を暴露し、考えていた策も伝える。
それは、敗北を喫し傷心のドゥバンは、一人になりたくてヨハンの中に自ら入り、引き込んでしまったという、実に怪しいものであったが、彼女は無駄に自信があった。
そこに明確な理由はなく、非常に楽観的なものではあったが。
「――――だからさ、口裏を合わせて欲しいの」
「くちうら?」
「えーとね、一緒に嘘を吐いて欲しいってこと」
「もうタルト。嘘を吐いたら駄目だって」
「そうなんだけど。聞いて。嘘にも良い嘘っていうのがあるの。良いことなの」
「違うもん。嘘を吐くのは悪いことだよ。私になった子が叱られてたもん」
タルトは、予想外の手強さをみせるメエムに頭を抱えたくなり、強く思う。
言うことを聞かせられるメイルが欲しい、と。
彼を投げ飛ばしたのは失敗だった。必要不可欠な存在だった。
馬鹿なことをやったと猛省し、どうしようと彼女が焦り始めた時だ。
ヨハンがメエムの肩にトンとぶつかり、ペンを握ってこう書いた。
ドゥバンを捕まえてきた、と。
「ドゥバンは、モニカじゃなかったの?」
タルトは驚き、ヨハンに視線をぶつけ、どういうことだと目で問うた。
しかし、ヨハンの方も不思議なことに同じような顔をしており、目で何かを訴えかけていた。分からない、分からないが、
「こらタルトっ。また嘘を吐いたの!」
「え、ちが――――ヨハンが勝手にっ!」
「嘘吐かないのっ、反省なさい!」
本当に何が起こっているのかよく分からないまま地面に座らされ、お説教をくらいながら彼女は思う。どうしてこうなったと。
彼女の失態を、空に浮かび始めた雲が笑っていた。
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