おまけ_第3話 マリア・ヘリオドール3

 初等科の騎士学園の卒業式の日。

 私は、第二王子を撒いて、ある人物のところに向かった。


「卒業式にも出ないのですか?」


 その人物が、恐る恐る私を見て来た。


「……やあ、マリア嬢。僕になにか用かな?」


「アクアマリン様。一年以上顔を合わせずにそれですか?」


「合わせる顔がなくてね……」


 この、小心者……。失恋くらいで引き篭もりやがって。

 しかも、一年以上ときたもんだ。


「アクアマリン様。端的にお聞きします。なぜあの時、私ではなく第二王子様に決闘を申し込まれたのですか?」


「君には勝てないけど、第二王子様にならって思ってしまった。浅はかな自分が嫌になるよ」


 アホすぎる。


「それではなぜ、私にプロポーズをして下さらなかったのですか?」


 アクアマリン公爵令息が、驚いた顔をした。


「……え?」


「あなたの、婚約の申し出であれば受けていたかもしれません。先に第二王子様が申し出がありましたので、受けるしかなくなりましたけど。

 待っていたとは言いませんが、良き友人であったとは思っていました。それをあんな形で壊すなんて……」


 口をパクパクする、アクアマリン公爵令息。

 それほど、意外なことなのか?


「いや、だって君は自分より強い相手との婚約を望んでいたんだろう?」


「何時わたくしが、その言葉を言いましたか? ずっと行動を共にしていたと言うのに……」


 噂に尾ひれが付いて、そうなっただけだ。

 勘違いされても私が困る。

 だけど、アクアマリン公爵令息は、地面にへたり込んだ。


「……そうか、僕の勘違いだったんだな。普通の手順を取れば良かったのか。盲点だったよ……」


 このヘタレ。

 盲点じゃないだろうに。勘違いされてもこっちが困るんじゃ。


「今日で、今生の別れというわけではありませんわ。次に会う時には、もう少しかっこいい所を見せてくださいな」


 ここで、アクアマリン公爵令息が顔を上げた。


「僕にチャンスをくれるのかい?」


「チャンスはあると思いますわよ? 私はまだ第二王子様の婚約者止まりなのですから。

 何時捨てられてもおかしくありませんしね。それに王族が『剣姫』を嫌っているとも聞いています」


 実際の破滅フラグは不明だ。下手をすれば、第二王子と共に国外追放もありえるだろう。

 それ以外にも、悪役令嬢としての断罪で処分されかねない。

 今後を考えると、このアクアマリン公爵令息は、友人として手元に置きたい。

 最悪、瀕死になった私を救ってくれると思っている。

 打算があるのは自覚している。でも、私のせいで人生を棒に振って欲しくないのも本心なんだ。

 この人は……、才能があるのだから。

 アクアマリン公爵令息の表情が明るくなった。そして、力強く立ち上がった。


「分かったよ。次に会う時には、君に相応しい男になっていてみせるよ!」


 あ~あ。そうですか。単純ですこと。

 でも、元気が出て良かったわ。


 そう言って、アクアマリン公爵令息は学園を去って行った。

 優秀な人材なんだ。ここで腐って欲しくなかった。そして出来れば、未来の私を助けて欲しい……。

 ここで、物陰に隠れていた私の友人達が出て来た。撒いたと思ったんだけどな……。

 こういうイベントには、鼻の効く人達なんだよな~。


「マリアも隅に置けないわね~。アクアマリン様にも唾をつけておくなんて~」


 てめぇらと同じにするな。こっちは人生が、かかっているんだよ。


「この中の誰かが、彼を救ってくれれば、こんなことしなくても済んでいたのですけどね~」


 作り笑顔をして、全員を流し目で見る。


「う~ん。ないかな? 公爵家の次男て言ったって、あんまり将来性感じないし」


 うん。全員、眼が節穴だ。男見る目ないよ、君達。

 まあ、私も手伝ったので、彼女達には全員婚約者がいるのだ。初等科の学生なので、恋人と言った方が良いだろう。

 何時でも別れられるのだから。


「……わたくしに保険のつもりはなくってよ。友人がふさぎ込んでいるのが耐えられなかっただけですの」


 その後、キャッキャ、ウフフが始まる。

 私は、少しだけ付き合って、第二王子の元に向かった。


 ちなみにだが、三年後にアクアマリン公爵令息は、中等科の魔法学園を次席で卒業することになる。

 そして、私の友人達が熱いアピール合戦を繰り返すのだが、彼は誰一人として見向きもしなかった。

 彼との再会は、高等科に進んでからになる。学園の対抗戦時に対戦相手として現れることになるのだ。

 超イケメンのハイスペック攻略対象として……。

 まあ、これは別な話となるけど。





「マリア。何処に行っていたんだい?」


 卒業パーティーのダンスの最中に、第二王子からの質問だった。


「疎遠になっていた友人と、お別れをしに行ってまいりました。次は何時会えるのか分かりませんから」


「……そうか。いや、深くは聞かないよ」


 聞かないじゃなくて、聞けないんだろうに。

 第二王子の婚約者として、一年が過ぎていた。なんとか婚約破棄の口実を探したのだけど……、ここまで来てしまった。

 中等科の騎士学園に入学してもこの関係は覆らないだろう。

 だって今は、第二王子に決闘を申し込んで来る者が多数いるからだ。理由は……、色々だ。

 私は、そいつらを代理で蹴散らしている。

 愛刀の血満れの木刀を振るって。





 ──コンコン


 思い出にふけっていると、ドアのノックが鳴った。

 我に返る。

 そして、姿勢を正す。だらけた姿など、人目に触れられた何を言われるか分かったものじゃない。

 今は、庶民ではないんだ。貴族社会で生きているのだ。

 髪を指で梳かして、鏡を見る。

 うん、大丈夫だ。


「……どうぞ。お入りになってくださいな」


 夫婦が入って来た。


「ごきげんよう。 マリアさん」


「……ごきげんよう。オーソクレース伯爵様とリナ夫人様」

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