第45話 闇落ち騎士

 名も知らぬ彼女は、森の中の小屋からいなくなっていた。

 自分で出て行ったのか、攫われたのか……。


 土魔法:生命探知


 僕が得意な魔法。そして、魔導書を起動する。山一つは網羅出来るほどの範囲を感知する。

 頭が割れそうになるほどの情報が入って来たのだが、止めることは出来ない。


「……見つけた!」


 すかさず、パワードスーツを着て、飛び立った。

 一晩中歩いたのだろう。山の麓まで到達していた。

 回復魔法を使ったのは失敗だったかもしれない。中途半端に歩けるまでの回復に留めたのだが、まさかあの体で山道を歩くとは思わなかった。

 そして、名も知らぬ彼女の周辺に、魔物が群がっているのも感知している。


「間に合ってくれ……」


 時間にして数十秒だが、その時間がとても長く感じた。

 そして、僕は彼女の前に降り立った。

 その時に僕が見た光景は、熊型の魔物に引き裂かれて鮮血を噴き出している彼女であった。


「うおぉぉぉ~!」


 血液が沸騰するほどの感覚。僕は錯乱してたかもしれない。

 熊型の魔物めがけて、パワードスーツの拳を振り抜いた。魔物は、木を何本もへし折りながら吹き飛んで行く。

 その後、二匹目と三匹目の頭を吹き飛ばした時点で、魔物は撤退して行った。


「はあ、はあ……」


 落ち着け僕! 僕には魔導書があるのだ! まだ助けられる。一時的に激情に駆られたが、すぐに次にしなければならないことを考えるために冷静にならなければならない。

 そのまま、彼女の元に駆け寄り、回復魔法を施す。

 僕の魔法の増幅器である魔導書に加えて、今はパワードスーツを着ているのだ。どんな瀕死な患者であっても治せるはずだ。

 すぐさま、回復魔法を発動させた。

 彼女の傷は、徐々に塞がって行き出血が止まった。


「これで、大丈夫なはずだ……」


 ここで、彼女と目が合った。

 とても虚ろな目でパワードスーツ越しに僕を見ている。

 僕は、パワードスーツを脱いで、地面に降りたち彼女の手を握った。


「もう大丈夫だ。だが、なぜ待っていなかったのだ。悪いようにはしないと言ったのに」


「……優しい人。でも、残酷な人ね。いえ、残念な人かな。

 回復魔法を使ってくれたので、お礼にアドバイスします。もう決めた相手がいるのであれば、その優しさは、その人だけに向けてください」


「分かった。だが、君だけは救いたいと思う。

 辛い人生であったかもしれないが、これからは幸せな人生を送って欲しい。

 なに。戦争に兵士として送られたのかもしれないが、誰も殺していないのだ。僕が擁護する。国王陛下にも直訴しよう」


 彼女が微笑んだ。

 そして、彼女の魔法が発動した。呪われたアイテムに魔力を搾り取られて、また属性を反転させられる負荷を負った体での魔法の発動。その魔法は、反転して失ったはずの光魔法であった。


「何をしているのだ!?」


 次の瞬間に、彼女が吐血した。


「魔法を止めろ! 命を無駄にするな!」


 僕は、再度回復魔法を施す。だが彼女は、こと切れるまで魔法を発動し続けた……。


「なんで……」


 死に顔は、穏やかであった。

 理由はなかった。ほんの数時間話しただけの間柄だが、僕は彼女の死に涙を流していた。





 僕は彼女の遺体に毛布を被せて、関所に運んだ。

 パワードスーツで関所に降り立つと、エリカとリナ嬢が待っていた。帰還石で来てくれたのだろう。

 そして、どうやらこの女性のことを何か知っていそうだ。二人の表情がそれを物語っている。

 僕は、パワードスーツから降り、彼女の遺体を床に寝かせた。


「エリカ、リナ嬢。この人のことを教えてくれ」


 少しの沈黙の後、エリカが口を開いた。


「……元聖女候補でね。教国を追い出されてから、酷い人生を送っていたの。

 それで、戦場でエヴィ様と出会うのだけれど、エヴィ様の選択次第では、残りの人生をエヴィ様と共に過ごすことになるストーリーでもあったのよ」


 聖女候補だったのは、彼女の口から出た内容と一致する。

 僕が、あそこで拒絶しなければ、この人はまだ生きられたのか。

 後悔してしまう。


「でも、エヴィ様はシルビアさんを選んだのでしょう? 今のストーリーでは二者択一なの。だから……」


「仕方なかった……か!?」


 僕の怒気を含んだ言葉に、エリカが萎縮した。

 理由はない。だけど、僕は憎悪に飲まれていた。

 再度、パワードスーツを着ようとした時であった。


「あ~、エヴィ様。教国と帝国を攻撃するのなしね。今のエヴィ様なら国ごと滅ぼせるけど、民間人を虐殺するのであれば、あーし達もエヴィ様と対峙しなきゃなんないんで」


 リナ嬢の言葉で頭が冷えた。

 そうだ、僕は何をしようとしていたのだ。


「そうだな。すまなかった。戦争は終わったのだよな。これ以上戦火を広げる意味もない。

 ……少し疲れているみたいだ。休ませてくれ」


 そう言って、僕はパワードスーツを着て飛び立った。

 目的地はない、ただ体を動かしていないと、どうにかなりそうであった。

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