第19話 事前準備2

「はぁ、はぁ……」


 マラソンは苦手だ。

 僕は今、ダンジョンに走ってと言うより、早歩きで向かっていた。

 セバスチャンにとっては、このスピードは歩いているようなもの。まあ、それは分かる。元傭兵だし体力はあるだろう。僕が背負う分の荷物まで持って貰っている。

 だが、エリカが意外であった。今日はダンジョン探索用のパンツルックなのだが、涼しい顔で着いて来ている。

 そういえば、前日、『剣も魔法もカンストしている』とか言っていた気がする。稽古相手にもなれると。

 エリカは、セバスチャンを超える身体能力を持ち合わせている? 結構怖いかもしれない。

 そして、レガートだが、この数ヵ月でゴリマッチョになっていた。元々、冒険者だったらしい。だが、クエスト失敗で借金を一人で背負い、奴隷落ちしたと聞いた。パーティーは、解散したとのこと。

 こうなると、一番足が遅いのは、僕になる。


 痩せたとはいえ、エリカに涼しい顔で負けるのは、プライドが許さない。

 開拓村に戻ったらマラソンしよう……。スタミナ強化は必須だな。


「エヴィ様。この辺には盗賊がいるかもしれないわ。一応の警戒をお願いしますね」


 エリカが、意外なことを言い出した。


「はぁ、はぁ……。国内の盗賊は、一掃しなかったのか?」


「う~ん。歴史的に歪んでしまうので、一掃は出来ないかな。

 貴族と盗賊の癒着もあるし、イベントとして盗賊に襲われることも必要なのよ。

 その時の選択で、排除したり攫われたりで、ルートと好感度が変わる……。

 この世界には、『かませ役』も必要なのよね」


 本当に分からないな。


「攫われて、好感度とやらが上がるのか?」


「2ndには、知将タイプの攻略対象もいるのよ。一度攫われてから、手品のような手腕で脱出して、衛兵と共に盗賊のアジトを急襲する。そして、その脱出劇で、シルビアさんとの距離が縮まる……。物理的にもね。そんなストーリーもあるのよ」


 吊り橋効果と言うやつかな?

 まあ、今日はシルビアはいない。そして、盗賊が出て来てもこのメンバーであれば、迎撃も可能であろう。

 そう思っていたら、矢が飛んで来ましたよ。

 セバスチャンが、矢を掴んでいました。


 街道の前後を、十人前後の男達が、通せんぼして来た。


「エリカ。これは知っていたのか?」


「……今日は、シルビアさんがいないので、エンカウントはないと思っていたのだけど」


 一人の男が前に出て来た。


「その荷物と、女を置いて行きな。そうすれば、三人は見逃してやる」


 なるほど。エリカが目的か。

 エリカを見ると、ちょっと困惑気味だ。本当に予想外なのだろう。そして、意外なことを言い出した。


「エヴィ様。ここは私が……」


 僕は息が切れているので、今は動けない。

 セバスチャンとレガートもいるので、一人で相手取る必要もないのだが。

 前後から挟まれているし。


「……。エリカ、任せても大丈夫なのか?」


「毒使いがいるので、何もさせたくないかな。

 万が一ここで開拓村に引き返すことになると、シナリオを大幅に変更しなければならない可能性もあるので」


 何かあるのだな。エリカも実力も見たいし、良いかもしれない。


「では、頼む。怪我しないようにな」


 僕がそう言うと、エリカの顔に陰が出来た……。戦闘のスイッチが入ったのかな?

 無表情なので怖い。

 そして、エリカの両手に炎が出現した。





 結果として、エリカの圧勝であった。

 炎を小動物に変えて襲わせる魔法。召喚魔法とは違うのだが、見たことがない。

 まあ、僕の魔法の知識など、たかが知れているのだが。

 物理攻撃無効の炎の鳥や、炎の兎などが、盗賊を襲うと、一瞬で燃え上がった。どんな火力だよ……。

 盗賊が一人だけ火だるまになりながらエリカに近づいたが、見えない剣劇で応戦もしている。剣と鎧が盗賊ごとズレ落ちた。

 僕には、剣速が見えなかったので、セバスチャンとどちらが速いのかは、判断がつかない。

 そんなエリカを見て、セバスチャンは感心しており、レガートは、真っ青になっていた。

 エリカの実力を見た感想は、三者三様なのだな。


 ちなみに僕は、エリカが何をしても驚きません。もう飽きました。

 それと数分だが、足を止められたので、僕の息も整った。


「どうする? ダンジョンより先に盗賊のアジトを探しておくか?」


「……いえ。ダンジョンに急いで行きましょう。邪魔する者が現れたと考えた方が論理的なので」


「邪魔? エリカのシナリオを変えようとしているということか?」


「そうなりますね」


 なぜそう思うのだろうか。根拠が知りたいが、エリカは急ぎたいらしいので後で聞こう。

 土竜爪を用いて、盗賊達を埋葬する。墓石はなし。痕跡を消しただけだ。

 そして、再度ダンジョンに向けて走り出した。


 ここで、レガートが聞いて来た。


「よろしかったので? 盗賊には懸賞金がかけられてて、報酬と功績になりやしたのに……」


「今この国は、食糧難でこれから盗賊が増えるわ。それに、今後のエヴィ様の活躍を考えれば、豆粒よりも小さな功績よ」


 いやさあ。そこまで期待されるのも困るのだが。

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