第5話 開拓開始と元婚約者

 まずは、食料を集めるか。


「セバスとシルビア。狩りをしたいので、手伝ってくれるか?」


「もちろんでございます」


 セバスチャンとシルビアが、一礼して答えてくれた。

 セバスチャンは、胸に手を当てる敬礼であり、シルビアは、スカートを少し持ち上げた。


 セバスチャンは、元傭兵であり、剣の腕だけで成り上がった。

 スカウトを受けて兵士となり、数々の功績を残したのだが、大尉より上に行けなかった。爵位がなかったからだ。

 この場合は、貴族令嬢を娶るか、貴族位のある家に仕えるのが一般的である。

 セバスチャンは、後者を選んだ。

 その後、男爵位を貰ったのだが、任務の失敗により爵位を剥奪されている。今は、平民なのだ。


 シルビアは、両親を失うまでは、メイド見習いとして炊事洗濯と礼儀作法に勤しんでいた。

 だが、自分の身を守る術が欲しいと言い出し、祖父から武術の稽古を受けている。

 色々と試したのだが、弓術がとても優れていることが分かり、メイドの仕事の休憩時間には、弓を引いていた。

 剣の才能のみを求められた僕には、羨ましい限りである。


 セバスチャンは、細身の剣を携えて戻って来た。シルビアは、弓と矢だ。


「やることは、以前と同じだ。僕が索敵するので獲物を仕留めてくれ」


「「はっ!」」


 騎士学園に入る前は、三人で良く狩りをしていた。

 騎士社会では、独りで狩らないと賞賛されない。集団戦の場合は、一番槍か止めを刺した者が賞賛される。

 僕は、中後衛向きだ。だが、三人で森に入れば、結構な数を仕留められていた。


「それと、荷物持ちが欲しい。五人くらい籠を持って着いて来てくれ」


 開拓村の村民達の眼が泳ぎ出した。だが、一人が手を上げると、次々に手が上がり六人ほど着いて来てくれることとなった。


 開拓されていない、人の手の入っていない森に入ろうとした時であった。


「セバス。そこの茂みに蛇がいる。仕留めてくれ」


「はっ!」


 一筋の風が吹き抜けたと思うと、セバスチャンの手に頭のない蛇が握られていた。剣速もさることながら、動きも目に止まらない。時間を止めたとさえ、錯覚しそうだ。

 セバスチャンは、本当に優秀である。

 そして、村民達は驚いている。


「先ほどの怪我人にこの蛇を届けてくれ。火を通してから食べるようにな」


 僕の言葉に従い、一人の村民が、蛇を持って行ってくれた。

 怪我人のテントに向かったのを確認して、僕達は森に入った。





 土魔法:生命感知


 今僕は、索敵に近いことをしている。森などの命溢れる場所限定ではあるが、半径一キロメートル程度の範囲であれば、命を感じることが出来る。

 まず、芋を探した。結構自生しているな。村民に聞くと危険な魔物が徘徊しており、森に入れなかったのだそうだ。

 魔物の駆除も必要か……。討伐隊を編成する必要があるな。

 とりあえず、僕が索敵を行っていることを伝えて、村民には芋掘りを指示した。

 セバスチャンとシルビアは、待機だ。

 とりあえず、籠二個分の芋を掘り、持って帰って貰う。


 次は、肉が欲しいな。芋掘りの最中は、何も出なかったのが悔やまれる。


「シルビア。右手前方の枝に鳥が止まっている。見えるか?」


 シルビアが頷き、弓矢を構えた。

 僕が、投石を行い、近くの木に当たる。その音で、鳥が飛ぼうとした時であった。飛び立つ瞬間を狙いシルビアの矢が当たった。そして、鳥が墜落する。距離にして五十メートルくらいだろうか。すごい精度である。


「さすが、シルビアだ。弓の名手と言って良い」


 僕が賞賛を送ると、シルビアは真っ赤になって喜んだ。

 鳥の墜落現場に行き、首を落として血抜きをする。ここで、僕の索敵に引っかかる魔物が現れた。どうやら、血の匂いに引かれたようだ。もしくは、好奇心旺盛なのか、僕達を獲物と思っているかだな。

 視認出来る距離まで魔物が寄って来た。鹿の魔物のようだ。同じように投石と弓矢で仕留めようとしたのだが、射られても魔物は、倒れることなく逃げようと走り出した。

 その間合いを、一息でセバスチャンが詰めて剣を一振りする。

 鹿が崩れ落ちた。

 ふと思う。貴族位を返上して、三人で狩猟生活を行っても、食べて行けるのではないだろうか。


 村民に鹿を解体させて、村へ運ぶように指示を出した時であった。

 また、僕の索敵に何かが引っかかった。大きく素早い。


「なにか来るぞ!」


 僕がその方向を向くと、セバスチャンとシルビアが戦闘態勢に入る。

 土魔法により、視認出来なくてもその輪郭ぐらいは分かる。


「多分、熊だ。突進して来る。僕が足止めを行うので仕留めてくれ!」


「「はっ!」」


 魔法の構築を始める。

 すると、三メートルくらいの体長の熊の魔物が現れた。

 村民は固まっている。まあ、逃げ出さないだけ良いか。その場にいて貰えれば、守りやすい。


 土魔法:葉襲枝縛


 木の枝と葉が、魔物を襲う。熊の魔物は、爪を回転させて抵抗して来たが、無数の枝に絡まれて徐々に動きが悪くなって行く。

 また、葉が貼り付き、関節を固めて行った。

 一直線に突進されると困るので、僕は木の陰に移動する。油断はしない。

 ここでシルビアの矢が、魔物の眼を射抜いた。

 耳障りな咆哮と共に、セバスチャンの剣が舞った。





 今日はかなりの収穫だったので、森での狩りは中止して開拓村へ帰って来た。

 昼過ぎだが、もうお祭り騒ぎである。

 芋を茹でて、肉を焼く。皆、一心不乱に食べていた。


「今度の村長様は、有能な方で本当に助かります!」


 おだてて来た。


「僕は、一人では何も出来ない人間だ。今日は、セバスとシルビアに頼ったが、明日からは君らにも頼ることになる。よろしく頼むぞ」


 そう言うと、皆笑い出した。

 貴族社会……いや、学園では、こんな笑顔を向けられることはなかった。

 唯一の取り柄と言って良い魔法を使えて、賞賛を受ける。少しだけ充実感があった。


 そんな時だった。

 開拓村に馬が来た。多少の荷物と一人の人間を背負って……。

 その人物が馬から降りる。

 旅用の帽子とコートを着ているが、分かってしまった。

 立ち上がり、慌てて駆け寄ると、その人物は帽子を取り一礼した。


「エリカだよな? なぜここに来た?」


 僕の元婚約者のエリカ・ボールター。ジークフリートとの決闘に敗れたので、婚約破棄になった相手だ。

 男爵家の貧乏貴族の令嬢であり、借金の棒引きとして紅き豚人レッドオークの婚約者になった可哀相な人。

 ジークフリートからも書面で関わらないと誓約書を書かせたのだ。そして、国王陛下とヘリオドール侯爵家から慰謝料を貰い、借金も返せた。

 もう、自由になったと思ったのだが。


「数日ぶりですね、エヴィ様。私もエヴィ様のお手伝いをしたく、開拓村に住まわせて貰うことにしましたわ」


「メイド学校はどうしたのだ?」


「? もちろん辞めて来ましたわよ?」


 あの後、何があったというのだ?

 そして、エリカと話し始めてから、ジークフリートに切られた傷が疼き始めていた。

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