第4話 開拓村へ

 馬車に揺られながら、移動が始まった。

 怪我が治ってからとも言われたが、皇太子と近しい者が何をしてくるか分からない。

 とりあえず、王都から一刻も早く離れたかった。


 三日もすれば、開拓村に着くらしいので、それまでは静養だ。

 馬車の中に、ハンモックを作って貰い、そこで揺られながらの移動となった。この辺の気遣いは、さすがセバスチャンだと思う。

 馬車の中には、セバスチャンと孫のシルビアがいた。

 シルビアは、僕と歳の近いメイドである。学校には通わずにヘリオドール侯爵家で働いていた。

 ヘリオドール侯爵家からは、この二人が着いて来てくれることになったのだ。


「なあ……、セバス。それとシルビア。質問があるのだが」


「坊ちゃま。何でございましょう?」


「僕は、これからヘリオドール侯爵家代理として、……そうだな僻地伯とでも名乗ろうと思う。そして、遠からず準男爵に落とされて、開拓に失敗したら平民だ。それなのに二人は、なぜ僕に付いて来る気になったのだ?」


「何を言われます。五年前のあの日から、私は坊ちゃま専属の執事でございます。息絶えるまでお供いたします。それと、僻地伯ですか……。いささか自虐が過ぎるかと……」


 シルビアも、力強い目で僕を見て頷いた。


「いいのだ。役に立たず僻地に送られた、鮮血の豚人クリムゾンオーク……。僕は笑われたいのだよ」


 僻地伯の名称は考えたのだが、二人には不評だな。それにはもちろん理由がある。


 五年前……。昔を思い出す。

 セバスチャンと息子夫婦が、王家への献上品を運んでいる時であった。

 盗賊に襲われて、息子夫婦と護衛を亡くした。そして、献上品も盗られてしまった。

 セバスチャンは、瀕死の重傷で屋敷に運ばれて来た。それを見た、シルビアは、震えて腰を抜かして泣いていた。

 父上と母上は、大激怒だ。

 瀕死のセバスチャンに、これ以上ない罵詈雑言を浴びせ、解雇を言い渡した時であった。

 僕は、その決定に待ったを掛けた。


「父上! 献上品を守れなかったのは失態ですが、護衛も命を賭けて応戦しました。

 セバスも見ての通り、使命を全うしようとしての大怪我です。

 ここまで忠義をつくしてくれた者を家から追い出すなど、為政者のすることではありません!」


 今ならば分かる。父上は、セバスチャンを解雇しなければならなかったのだ。

 誰かが責任を取らなければならない。セバスチャンもその覚悟があり、命を賭けて戻って来たのだ。


 その後、父上との口論が始まった。生まれて始めてであったかもしれない。あそこまで、父上に逆らったのは。

 最終的には父上が折れて、僕の専属の執事と言うことで収まった。ただし、給料は半分だ。

 僕は、魔法が使えた。そして、その中には回復魔法も含まれていた。まあ、その当時はそれほど高い効果は望めなかったのだが。

 だが、土魔法にて大地から生命力を分けて貰い対象に与えることは可能であった。

 騎士の家系なので、魔法は邪道と取られてしまう。父上と兄上は、剣の腕だけで成り上がったのだ。

 それでも、その当時の僕は、密かに魔法の腕を磨いていた。


 大地からの生命力を分けて貰い、セバスチャンに与える。それを繰り返すこと半年。

 セバスチャンは、以前と変わらないまでに運動機能を回復させた。

 そして、シルビアは僕専属のメイドとなっていた。


「……息絶えるまでか。忠義には感謝するが、僕は、数年後には平民になっているかもしれない。その後は、二人とも自由に生きて欲しい」


「はい。なれば、平民となった坊ちゃまに付いて行きましょう。

 そうですな。冒険者登録でもして、魔物狩りでも生業にしますかな」


 セバスチャンは笑いながら冗談を言っている。いや、本気なのかもしれない。

 シルビアも笑顔で頷いている。


 僕は、剣の才能には恵まれなかったが、執事……いや、家臣には恵まれたのだろうな。

 涙が出てしまった。

 それを隠すために、水魔法で自分を覆う。糸ではないが、繭の中にいる状態となった。


「しばらく回復魔法に専念する。着いたら教えてくれ」





 三日ほどで目的地に着いた。開拓村だ。これから、僕が領主となり開拓を行う。

 前任者は、交代で出て行ったとのこと。引継ぎなしか……。

 開拓村は、約百名の奴隷で構成されている。総出で出迎えを受けた。

 だが、歩けるようになったとは言え、包帯で巻かれている僕を見て、ざわめきが起きた。まあ、太った醜いオークが、大怪我しているのだ。そして、その人物が開拓村の村長になる。不安だろうな。


 挨拶は、後回しにして貰い、村長宅に向かった。

 とりあえず、怪我を治してしまおう。


 土魔法:大地吸命


 あたり一帯に雑草が生えているが、その雑草が枯れて行く。大地の生命力を吸収しているのだが、正直土地が肥えていない。

 この分では、動けるようになるまで数日かかりそうだ。

 セバスチャンとシルビアには、村長宅の掃除をお願いした。

 とりあえず日中は、回復魔法を行い、夜は村長宅で静養かな。


 村民が僕を見て、何か話している。

 まあ、第一印象は最悪だろう。大怪我を負い、包帯でミイラ状態のオーク……。自分が村民なら不安で仕方がない。

 人の眼を気にしていても仕方がない。僕も一応は貴族だったのだ。他人の視線には慣れている。

 とりあえず、魔法を発動しながら瞑想する。

 それと、数日後に行わなければならない、スピーチでも考えておくか。





 五日で日常生活が送れるくらいにまで回復した。実際は、全治半年といった傷だっただろう。

 光水土の三属性を使用した回復魔法は、僕のオリジナルだ。


 そして今、目の前には村民が集まっている。これから、スピーチだ。


「僕は、この開拓村の村長を任されたエヴィだ。訳あって怪我した状態で来たが、この通り回復した。

 不安に思っているかもしれないが、僕も出来る限りの協力はするので、一緒に取り組んで行こう!」


 ──パチパチパチ


 音量の少ない拍手が鳴った。

 少し簡単すぎたかな? まあ、開拓村に送られた奴隷達なのだ。士気があるはずもない。

 ここで、一人の村民が手を上げた。


「そこの者、何かあるか?」


 セバスチャンが睨んだが、僕が制止する。


「その……。村長様は回復魔法が使えるので?」


「ああ、僕は光水土の三系統の魔法が使える。回復魔法は光魔法と土魔法にて、大地から生命力を分けて貰い他者に与えることが出来る。それと、効果は低くなるが水魔法の回復方法もある」


「お願いがございます。動けない者がおりまして……」


「案内してくれ」


 ザワザワし出した。





 今は、患者を診ている。怪我を負って大分経っているのだろう。そして、栄養状態が良くない。

 意識はなく、何時呼吸が止まってもおかしくない状態だ。

 そして、建物ではなく、テントで寝かされていた。

 急いだほうが良いな。

 魔法にて生命力を与えて行く。数時間かかったが、傷跡と腐食した部位が回復した。呼吸も安定している。


「ふぅ~。後は、栄養のある物を食べさせてくれれば、動けるようになるだろう」


 僕の言葉を聞いた村民が、顔をしかめた。何かおかしなことを言ったのだろうか?


「その……、食べ物がなくて」


 ハッとする。村民達は、全員が痩せていた。


「そうか。すまぬことを言った。まずは、食料の確保からだな。少し考えるので待っていてくれ」


 僕の言葉を聞いて、村民達に笑顔が見られた。

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