第3話 王命

 再度、目が覚めた。辺りを見渡す。

 また、病院のベッドだ。だが部屋が違う。どうやら、個室に移動させられたようだ。

 さっきの場所は、集中治療室だったのだろうか?

 それと、日が暮れていた。どれくらい寝ていたのかも分からない。


 物音がしたので、そちらに目を向ける。……エリカだった。


「……良かった。かなり酷い怪我でしたので心配しました」


 ランプに火が灯される。

 驚いてしまった。エリカの眼は、真っ赤に腫れ上がっていたからだ。


「なぜ、ここにいる? 皇太子との約束はどうしたんだ?」


 いつも無表情のエリカだが、今は怒っていることが分かる。だが、僕には彼女が何を考えているのかが分からない。


「半日経たずに捨てられました。手も付けられておりません。

 不愛想すぎて、そばに置きたくないとのことです」


 朦朧とする意識の中、エリカが嘘を付いていることだけは分かる。


「そうか……。それでは、セバスを呼んでくれ。あの後のことが知りたい」


 エリカの表情がさらに険しくなる。


「なぜ、あのような決闘を受けたのですか!? そのような傷まで負って!

 負けることが前提の決闘に挑むなど、何をお考えですか!」


 エリカは分かっていないな。男爵位とはいえ、貴族令嬢なのだが……。あれは受けるしかなかった。

 家のためにも、エリカのためにも……。僕一人のことを考えるのであれば、逃げる選択肢もあっただろう。


「あの決闘で、君との婚約も破棄されたはずだ。僕はこれから追放処分となるだろう。

 父上にお願いして、ボールター男爵家に慰謝料を支払うようにして貰う。

 もう、僕に関わらなくて良いんだよ」


「回答になっておりません!」


 エリカの大声で、僕が起きたことが分かったのだろう。

 廊下が騒がしくなった。

 すぐさまノックの音が鳴り、ドアが開かれた。


「セバス。手間を取らせたな」


「坊ちゃま……。なんと痛々しい」


 セバスチャンにも心配をかけてしまった。

 エリカは、顔を真っ赤にして僕を睨んで来た。苦虫を噛んだような表情だ。

 だが、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 当然である。もう、紅き豚人レッドオークとは縁を切れたのだ。


「坊ちゃま。恐れながら、エリカ嬢のことでご報告があります」


 なんだろう?


「決闘で負けたのだ。婚約破棄だろう? そもそも、なぜこの部屋で、エリカが待っていたのだ?」


「……坊ちゃまが担架で運ばれる際、エリカ嬢が取り乱してしまい、病院まで着いて来られました。

 それを見た皇太子様は、呆れ果ててボールター男爵家に使者を使わし、エリカ嬢には関わらないと宣言なされました。書面での証拠もございます」


 何かが崩れ落ちる音がした。

 エリカは、僕を慕ってくれていたのだろうか……。それを無下にしてしまった。

 かなり怒っているだろう。

 その後、状況を聞いていると、父上が部屋に入って来た。


「傷は大丈夫か?」


「父上。無様な姿を晒し、申し訳ございません。いえ、常に無様であり続けたので、申し開きもなく」


「良い。皇太子のことは聞いている。目を付けられてしまったのでは逃げようがなかった。

 何人にも立場の弱い貴族に怪我を負わせて、学園から追放しているのだ。

 だが、お前には逃げて欲しかったと思っている……」


 涙が出る。

 父上の顔に泥を塗りまくって来た人生だが、この人は僕の味方だ。

 恩返しがしたかったが、それも逆効果になってしまった。

 死にかけて、さらに心配をかけてしまったか。


「それでなのだが、今回の決闘は、国王陛下の耳にも入っている。

 それで、裁決は国王陛下がなされることになった」


 話が怪しくなって来た。僕はこの後、地方の騎士学園に行くことが決まっていると思ったのだが……。国王陛下?


「……お聞きします」


「うむ……。エヴィ、お前は他国との国境に近い開拓村の村長となり、汚名をそそぐように王命が出た」


 父上が、命令書を開いて僕の前に持ってくる。確かに国王陛下の印が入っていた。


「経緯を教えてください」


「うむ。皇太子の非道な行いは、国王陛下の耳にも届いていたのだ。

 国王陛下より、皇太子には、謹慎処分が言い渡された。取り巻きの貴族令嬢達も学園を追われるとのことだ。

 そして今回は、逃げずに正面から挑んだエヴィを高く買ってくれている。開拓村とは言え、領地を与えると言う話になったのだ」


 頭が回らない。国王陛下が僕を高く買う? 紅き豚人レッドオークを?


「それと、エリカ嬢なのだが……、婚約破棄となった」


 まあ、それはそうか。遅かれ早かれだ。


「別な女性との婚約とか、言い出しませんよね?」


「うむ。そこは心配しなくて良い。ボールター男爵家の方にも、国王陛下より慰謝料を支払うことで話は付いている」


 大怪我を負ってしまったが、話は良い方向に進んでいるみたいだ。いや、そう思いたいだけか。

 怪我の巧妙になるかどうかは、この後の僕次第だろう。

 それにしても、開拓村への追放か。国王陛下が何を考えているのかが分からない。





 次の日に、母上と兄上、妹が来た。

 母上と兄上は、慈愛を持って接してくれたのだが、妹は一言も話さずに軽蔑の視線を送って来た。

 ちなみに兄上は、王家直属の騎士団に入っており、小隊長を務めている。

 また妹は、初等科の騎士学園に通っており、優秀な成績を収めている。


 父上から、今回の事の顛末が話される。

 家としては、開拓村とはいえ領地を広げられるのである。侯爵家の名に泥は塗っていないので一安心だ。

 決闘に負けたとはいえ、結果的には逃げなくて正解だったかもしれないな。

 そして、開拓村で一定の税が取れれるようになれば、僕に子爵位を授けると宣言されたらしい。

 これには驚きだ。


 国王陛下は、僕を気にかけてくれている。いや、父上と国王陛下は、若い頃友人だったらしい。

 その辺も関係があるのだろう。


 こうして僕は、学園追放どころか、開拓村の村長となることが決まった。

 まあ、あまり楽しくはない騎士学園生活とおさらばして、新しい生活が手に入ったのである。

 上手くいけば、父上にも恩返しが出来るであろう。

 この時の僕は、新生活に多少の期待を抱いていた。


 エリカ嬢のことを忘れて……。

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