第2話 決闘の経緯

 僕の名は、エヴィ・ヘリオドール。

 侯爵家の次男である。

 二つ名は紅き豚人レッドオーク、いや、決闘で負けて、鮮血の豚人クリムゾンオークに変わったみたいだ。

 家系的に、紅い髪を持つ者が多いため、レッドxxxが、二つ名になることが多いのだそうだ。

 百キログラムを超える体……、パンパンに膨れ上がった腹を叩いてため息を吐く。


 僕の家は、代々騎士を輩出して来た。簡単に言うと、剣や槍、馬術を得意として、王家に仕えて来た家系だ。

 僕も物心つく頃には、剣を握って素振りをしていた。

 六歳の時に、剣術大会で優勝したこともあった。

 両親と兄がとても喜んでくれたことを覚えている。妹はまだ幼かったが、意味も分からず大はしゃぎしていのを覚えている。

 だけど、そこまでであった。


 若い頃の僕は、誰よりも良く食べた。そして、体を鍛えていた。

 六歳の頃は、周りよりも頭二つ分は高い身長を誇っていのだ。

 早熟……、簡単に一言で纏められる幼少期。

 八歳になると、剣術の才能と言うものを見せつけられるようになった。

 どんなに体が小さかろうが、目にも止まらぬ剣速を出せる者が現れたのだ。

 自分の才能の限界を感じてしまう出来事に遭遇した……。

 僕には、あの見えぬ剣撃を迎え撃つイメージが湧かなかった。

 何年も素振りを欠かすことはない幼少期であった。手の皮が破れ、血が噴き出しても素振りを続けたものだ。

 だが、剣を持って数日の男爵家の跡取りにあっさりと抜かれてしまう。叩かれた、篭手と頭頂がとても痛かったな……。

 その後、成績は下がる一方で、十二歳になる頃には、下から数えて何番目という順位であった。

 気が付くと、素振りを止めてしまった自分が、そこにはいた。


 その頃になると、体型に変化が訪れていた。

 縦に伸びていた体が、横に伸び出したのだ。

 気が付くと身長も周りに追い付かれて、平均的な身長と脂肪だらけの体となってしまっていた。

 こうなると、槍も上手く扱えない。胸の脂肪が邪魔をして槍を上手く突くことさえできなくなっていた。

 極めつけは、馬術である。

 フルプレートアーマーの騎士を乗せる軍馬でさえ、僕が乗ると根を上げてしまったのだ。

 数頭の軍馬を使い潰して、馬術の授業は見学するだけとなった。

 最終的に、足の遅い頑丈さだけが取り柄の馬に乗ることになった。他国より輸入された特別な血統らしい。


 これだけなら、僕は使えない肥満児である。

 だが、優れた面もあった。

 それが、魔法だ。

 この国では、基本的に前衛職と後衛職に分かれる。まれに、両方の特性を持つ者もいるのだそうが、あまり大成しないらしい。

 僕は、魔力の扱いに長けていた。そして、光水土の属性を持っている。

 魔法の属性どころか、魔力を持たない者もいる世界で、三属性は希少なのだ。

 だが、僕の家系は、騎士の侯爵家である。進路は、前衛職……、騎士学園と決まっていた。

 家の体裁を守るためにも、こればかりは変えられない。僕自身の意地もある。


 常に最下位争いの順位。僕を含めた四人で、誰が最下位になるかを譲り合っていた。

 そんな時に婚約の話が来た。今の僕は十五歳である。

 まあ、貴族社会なのだ。当たり前と言えば、当たり前だ。


 相手は、男爵家(貴族位としては最下級)のご令嬢だそうだ。四女だったかな?

 自分で言うのもなんだが、気の毒な人だ。借金の肩代わりのために、侯爵家の紅き豚人レッドオークと婚約とは……。

 そして、顔合わせの日。

 美しい銀髪の無表情の令嬢が現れた。だが、着ている物は質素である。

 話を聞くと、メイド学校に通っているそうだ。婚姻が上手く行かなければ、平民になるつもりなのだろう。

 感情を殺す訓練をしている訳ではないのだそうだが、目の前の令嬢は生まれつき表情が乏しいと聞いた。

 この人は、メイド向きの性格とも言える。

 貴族として生きて行くことも難しい家庭環境で、自ら志願してメイド学校に通うことを決めたらしい。


 その日から、学校の送り迎えの馬車のみ行動を共にすることになった。

 騎士学園とメイド学校は、隣り合っているため距離などに特に問題はない。

 弾まない会話をして、手作りのお弁当を受け取り、エスコートのため、彼女の手を取り馬車から降ろす。

 その光景を見る生徒達からは、『かわいそう』との声が上がっていた。だが、家のためにも止めることは出来ない。

 それは、彼女も同じである。

 これからは、数年間この繰り返しを行うはずであった。


 その日は、突然訪れた。

 彼女を馬車から降ろして、別れようとした時であった。

 手袋を目の前に叩きつけられた。

 相手を見ると、この国の第一王子……、皇太子であった。


 皇太子様から、決闘を申し込まれてしまったのだ。

 周りのざわめきが大きい。

 決闘など受ける必要はない。なんとか穏便に済ますために、片膝を突いて敬礼した。


紅き豚人レッドオークは、貴族の礼儀も知らないと見えるな」


「……決闘を受ける理由がございませんので」


「ならば、その令嬢を貰おうか」


 これはまずいことになった。皇太子は、女癖が悪いことで有名だ。

 貴族の令嬢を何人も引き連れて見せびらかしている。

 彼女……、エリカ・ボールターと言うのだが、顔だけ見ればかなり整っている。

 表情はないが、紅き豚人レッドオークの婚約者が他人の前で笑顔を見せるわけもない。

 皇太子のものになれば、弄ばれて、捨てられるのが落ちだ。

 少し、逡巡する。


「それなれば、婚約破棄を致します。その後、ボールター男爵家にお申込みください」


「はぁ~。分からん奴だな。俺は、紅き豚人レッドオークが目障りでもあるんだよ」


 家の名誉のためにも騎士学園だけは卒業しなければならない。

 親の顔に泥を塗りまくった人生だが、僕にも譲れないことがある。

 騎士学園の規則で、決闘に負けると退学がある。それなので、軽はずみに決闘など起きないのだが……。

 ここで退学になると、地方の騎士学園に通わなければならない。大恥も良いとこだ。

 家は兄が継ぐことが決まっている。また、出来の良い妹もいる。

 騎士学園を卒業後、僕が家を出れば、侯爵家の面目は守られるはずであった。

 エリカとは、その時に婚約破棄を行えば良いのだ。支度金と合わせて慰謝料を支払えば、ボールター男爵家も納得するだろう。

 後数年の辛抱と思っていたのだが……。


 ここで、決闘を断ると、王家からヘリオドール侯爵家に何らかの制裁が与えられる可能性がある。

 頭の悪い僕では、回避策が思い浮かばなかった。

 その後、教師立会いのもと、決闘が行われた。

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