学園を追われて開拓村へ~だけど、元婚約者が最終武器を持って来た~
信仙夜祭
第1話 プロローグ
今僕は、空を見上げていた。
状況を確認すると、体中が痛い。特に耳鳴りが酷かった。
それと 両手だ。握力が麻痺していることが分かる。
「そこまで! 勝者、ジークフリート!」
誰かが何かを言っている。
少し前の記憶を遡る……。
そうか……、僕は決闘で負けたんだな。
「坊ちゃま!」
誰かが僕に声を掛けて来た。そして、僕は担架で運ばれる。
目だけ動かすと 僕と決闘して勝った相手は、周りから賞賛を受けている。
そして、僕に向けられる視線は、軽蔑と哀れみだ。
そういえば、なんで決闘などしたんだろうか……。
切られた傷が、火傷のように痛い。だけど、死ぬことはないだろう。即死しないように急所を外されて切られたのが分かる。
でも……、出血が結構酷いな。無理に動いたら、本当に死にそうだ。
意識朦朧だけど、目と耳は働いていた。
誰かが僕の名前を呼び続けている。
その後、医務室に運ばれて、衣服を切られる。これから、治療のようだ。
「麻酔
その後、意識を手放す。
最後の言葉が、妙に気になった。いや、悔しかった……か。
僕も人前で魔法が使えればな。
◇
夢を見ているのかな?
僕とは異なる人物達が、目の前で戦闘を行っていた。僕はと言うと、全体を見渡せる位置で指示を出しているようだ。
そして、目の前には本が浮いていた。感覚で分かる。
この本のページには、それぞれ呪文が刻まれており、魔力を送るだけで発動できる。
このようなアイテムは見たことがなかった。聖遺物のような未知の物でもない。
アーティファクトや魔道具と言ったところだと思う。もしかすると、腕の良い職人が丹精を込めて作った物かもしれない。
視線を上げて、目の前の戦闘を見る。
巨大な魔物を、数人の前衛が切り刻んでいた。
まず、ありえない速度で動いているのが驚きだ。どう考えても人間の速度を超えている。
一人が、僕の元に戻って来た。左腕が折れているようだ。
目の前の方のページがめくれて、新しい呪文が浮かび上がった。
その本から光が出ると、僕の隣にいる人物に飛んで行き、吸収された。
その人物は傷口を押さえるのを止めた。どうやら回復魔法みたいだ。
こんな急速回復魔法は見たことがないのだけど……。数秒で骨折を治療するとか、ありえなかった。
「バフ魔法なのだが、回避ではなく、器用さを上げてくれ! 攻撃は全て受け流す!」
そう言われると、また、目の前の本のページがめくれた。新しい呪文が浮かび上がり、発動される。
その後、その人物は、戦闘に参加するために前線に戻って行った。
思案する。
僕が憑依していると思われる人物は、十人以上にバフ効果を与えているんだろうか?
そんなことが可能なのか?
僕は、騎士学園に入学しているため、魔法は身体能力強化しか覚えていない。
この人物は、ありえない数の人物に異なるバフ効果を与え、また、敵と思われる魔物にデバフ効果を与えている。
そして、目の前の呪文が刻まれた本だ。
『もっと、呪文が見たい……』
だけど、ここで急に眠気が襲って来た。なんとか意識を保とうとするけど、どうやら限界のようだ。
『夢……。夢だったんだよな?』
でも、誰の夢なんだ? 見たことも聞いたこともない魔法の発動。
そして思ってしまった。
『あの本が欲しい』
◇
目が覚めた。体中が痛い。
体を確認すると、体中に包帯が巻かれていた。特に左腕だ。鎖骨が折れているみたいだ。
袈裟懸けに来られたので、厳重に固定されている。
「坊ちゃま! 意識を取り戻されましたか!?」
目の前には初老の男がいた。
「セバスか……。僕は決闘で負けたんだな? 気を失っている間のことを教えてくれ」
「……しばらくはご静養ください。決闘のことは、傷が癒えてからでも遅くはありません」
「僕は……退学だよな?」
「……はい。それだけは覆りません」
「そうか……。それと一つ頼みがある」
「なんでございましょうか?」
「紙と筆を貸してくれ。忘れる前に書いておきたいことがある」
右手は比較的軽症だったのが幸いした。
僕は、紙に回復魔法と器用向上の身体強化魔法の呪文を書き写した。
「これは何でございますか?」
「なに、夢で見た魔法だ。素晴らしい魔法だったので、忘れる前に構築式だけでも残しておきたくてな。発動できると良いのだが……」
呪文を書き写して安心してしまったからだろうか? 急激に眠気が襲って来た。
決闘で負けて、学園追放だ。目が覚めれば、地獄と思える現実が待っていることは理解している。
希望の持てない未来。少しでも現実逃避出来て良かったかもしれない。
あの夢は、僕にほんの少しだけ希望を与えてくれた。
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