第6話 逃走

君が目を覚ますと、部屋には誰もいなかった。


弓と矢が無い、レオは一度取りに戻ってきたのだろうか?

空腹に気づき、かばんをあさるが、もう食べ物が無いことに気づく。

辺りを見渡すと、昨日の残りだと思われるロッシュの肉と、卵が目に入る。


「そうだ」

君は立ち上がると、短剣を手に取り、ロッシュの肉を薄くスライスし始めた。フライパンがあれば良かったが、ポットでも焼くだけなら十分だろう。

火打ち石で火を付けたら、ポットをその上に置き、中に肉を敷く。脂が弾け、じゅうじゅうと食欲をそそる音が鳴る。火が通ったら、それをお皿に移し、次に卵を鍋に入れる。

透明とうめいだった卵白が白くなってくると、君はそれを先程の肉の隣に置いた。

君はお皿をもう一枚取り出し、レオの分も準備する。


君は椅子に座り、それを一口頬張ほおば頬張った。が、なにか物足りない。

そういえば。

ポケットをあさると小瓶こびんが君の手に触れる。やっぱり!君はそれを取り出すと、中の粉を軽くふりかけた。


「名付けて、エイミー特製薄切りロッシュwith目玉焼き」

君はフフン、と鼻を鳴らす。ダンジョンの中で作ったにしては上出来だろう!


その時、ドアがバンと開いた。君はに瞬時しゅんじ身構える。


「なんだ、レオか」

君は、入ってきたのが銀髪エルフだとわかると、エイミー特製薄切りロッシュwith目玉焼きに向き直った。

「なんだとはなんだ」

レオはムッとして言った。疲れているようだった。

あまり減っていない矢筒を床に置くと、どかっと椅子に腰を下ろしてため息をついた。


「いやはや、疲れた」

彼はそう言ってマントを脱いで放り投げた。


「何してたの?」

君はエイミー特製薄切りロッシュwith目玉焼きを彼に渡すと、レオは目を輝かせてそれを受け取った。

「見張りけんレベル上げだよ。君と旅をするなら僕もそれなりに強くないとね」


彼は目玉焼きを一口食べると目を見開いた。

「これは、不思議な味だ。食べたことないよ」

「味の決め手は塩コショウ」

君はそう言って小瓶を彼に見せた。彼はそれを不思議そうに眺めた。

「故郷から持ってきたの。まさか役に立つとは思ってもいなかったけど」

「うん、凄く美味しい。君は料理なんか出来ないと思ってたよ」

「それはどうも」


君は薄切りロッシュを頬張る。うん、少し想像していた味とは違うものの、美味しい。懐かしい、昔はジェームズにも朝ごはんを作ってあげてたっけ。


「…て、レオ。今、さらりと私と旅に出るって言った?」

「あれ?マントの代わりに一緒につれてってくれるってことになったんじゃ?」

君はため息をつく。そんな事決めただろうか?


「でも、私の旅に付いてきてくれるレオにメリットが無いように見えるのだけど」

それを聞くとレオはうつむいて言った。

「あるんだよ。…僕はここから逃げ出したいんだ」

「逃げ出したい?」

彼は君をチラと見ると、また視線しせんを床に戻した。


「…実は僕、ここより下の層に行ったことがないんだ。正確には、行かせてもらえない」

「行かせてもらえないって、誰に」

「僕の親に、かな」


彼はこのダンジョン内のエルフの中で唯一の少年である。その理由は彼も分からないという。

ここの大人のエルフたちに育てられており、その一環でここより下の層には行っては行けないという制限があるらしい。


「もう僕も子供じゃない。自分の力で行って、見てみたいんだ、他の世界を」

彼はそう言って顔を上げた。君には、彼の気持ちが痛いほど分かった。そういえば、君がここに来た理由も、あの村から逃げたい、だった。


「なるほど。それで計画は?私が悪者役になって、あなたを掻っ攫かっさらって下の層へ行けばいい?」

彼は首を振った。

「スキはいくらでもある。"あれ"さえ超えられれば、いつでも出れるのさ」

「"あれ"って?」

「行けばすぐわかるよ。その前に、まずは情報交換をしよう」


彼は椅子に座り直してそういった。君は口の中の薄切りロッシュを飲み込むと、うん、とうなずいて、こう言った。

「まずは大前提から。ロドニーの魔除けは、下の方の階のどこかに眠っているということ」


ロドニーの魔除け。その言葉を聞いた時、レオの紫色の瞳がキラッと光ったような気がしたが、もう一度目を向けると、そこには優しげな銀髪エルフが座っているだけであった。


「そうだね。あと、下の階に行けば行くほどモンスターが強くなるということも覚えておかないと」

それを聞いて君は、オリバーさんのことを思い出す。

「私はノームの鉱山にも行った。街がある」

「ノームの鉱山だって?聞いたことはあったけど、やっぱり本当に…!」

レオは目を輝かせて、立ち上がった。


「他のみんなはドワーフのいる鉱山なんて行かないほうが良いって…。でも、一度でいいから、見てみたいなぁ」

そう言うと、彼は、こほんと咳払いをして、椅子に座り直した。

「また今度、もっと強くなってから絶対に行く」

君がそう言うと、彼は何かを感じ取って、それよりは深く追求しなかった。


「…まあ、お互いにあんまり知らないって事だ」

君はうなずく。レオは大きく欠伸をした。

「出発の前に、レオは少し休んだほうが良い」

レオは、それもそうだね、と言って伸びをすると、横になった。


「1時間くらい経ったら起こして」

君は、荷物をまとめ始めた。



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「痛っ」


レオが目を覚ましたのを確認すると、君は立ち上がった。

レオはおでこを手で押さえながら、涙目でゆっくりと起き上がる。

「今、何を…」

「デコピン」

君はそう言って、手をその形にしてレオに見せた。

「起こしてって言われてたから」

「次はもう少しお手柔てやわらかにお願いしたいな…」


レオはそう言うと立ち上がり、部屋の中のものを片付け始めた。


「ついに、この拠点ともお別れか」

彼はそう言って戸棚の扉を閉め、鍵をポケットに突っ込んだ。


壁には、レオが描いたであろう絵が沢山掛けられたいた。その絵を見るだけで、彼に才能があるのは明らかである。

ただ、一つ問題点があるとすればその描く物のセンスであろう。その絵は、人の血を吸うヴァンパイア、ゾンビがうろつく廃墟はいきょなど、奇妙なものばかりが描かれていた。

その中でも一番君の目に止まったのは、緑色の薄暗い部屋に立っている悪魔の絵だった。


「これはゲヘナを描こうとしたんだ、そこまで行った仲間の話を参考にして」

彼はそう言うと、一枚の絵を手で優しくぜた。

「この時を待ちわびたよ」

彼はそう言うと、その絵をくしゃりと握りつぶした。


「上手だったのに」

君は残念そうにそう言う。

「本物を見に行くんだ。必要ないよ」

彼はそう言うと微笑んだ。


「よし、行こうか」

彼は、ずっと前から準備されていたであろうカバンを背負うと、部屋をあとにした。君も慌ててその後に続く。


「なるべく急ごう、他のエルフたちに感づかれないうちに。さあ、下階段はこっち」

手を引かれて君は走り出す。迷いのないその動きは、彼が何度そこに行き来しているのかを示しているようであった。


急に彼が立ち止まったので、君は彼の背中にぶつかってしまう。どうしたのかと彼の顔を見上げるが、表情からは彼の心境しんきょうは読み取ることが出来なかった。


「…ここだよ」

彼はそう呟くと、顔をゆがめた。


彼の目の前には、扉があった。

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