第5話 幼馴染

「ジェームズとは、小さい頃は一緒に住んでた。これも彼からもらった」


そう言って君はネックレスを見せる。レオはそれをまじまじと見つめた。


君は目を閉じた。あの時は思い出せなかったジェームズの顔も、落ち着けば段々と形を取り戻してゆく。

あれは、出発の日の朝の事だった。



---------------------------------------------



君の故郷のノースランドから迷宮のある街までは、馬車で行くことになっていた。

馬車は国が最速のものを手配してくれると言うが、最低でも丸2日はかかるようだった。


その日はいつもより早く起き、忘れ物がないか昨日準備しておいた荷物を再度確認する。カバンの開いたスペースを見ると、何か足りないのではという不安に駆られ、君は目の前にあった塩コショウを入れた。

窓の隙間から入ってくる冷たい隙間風すきまかぜに手がかじかむ。少し空いているカーテンの隙間から窓の外の闇が目に入る。朝日はまだ昇っておらず、辺りは暗く、空気は沈んでいた。


君はそれを払いのけるように首を振り、古くて小さなかばんを背負い、重い足取りで家を出た。幸いにも、昨晩静かに降り続いていた雪はやんでいた。


「おーーい‼」


聞き慣れた声がぼんやりとこだまする。辺りを見回すと、暗い闇の中に、ぼんやりとした灯りが近づいてきた。

そして、その姿が段々と鮮明になってくると、ランプを持った特徴的とくちょうてきな赤毛が目に入る。ジェームズだ。


「間に合って良かった!」

彼は、そう言って安心したように笑い、その頬に優しげな笑窪えくぼができる。君より少し背の高い彼の吐いた白い息が君の髪を撫ぜて、風に乗って流れていく。エメラルドのような瞳は、君をどこか安心させた。


「目、つむってくれ」


いいけど、と君は戸惑って言う。彼に言われたとおり、目を閉る。雪のせいか、君の心臓の鼓動と彼の息遣い以外は何も聞こえなかった。


少しの沈黙の後、鼻までおおうようにつけていたマフラーを下げられ、君の桜色の唇が外の冷気に触れる。

とん、と肩に彼の手が置かれ、君の顔に、彼の息がかかる。


「えっと...、そろそろ目、開けていい?」

君はなんだか気恥ずかしくなって、口ごもる。


君がそう言うと、彼は体をびくっ、と震わせ、肩の上の手をぱっと離す。

「あ、いや、なんでもない! …あと少しだけだ、まだ瞑っててくれ」

ガサガサとポケットを漁るような音がする。なんでこんなに慌ててるのだろう?君は笑う。


「よし、開けていいぞ」

ぱっと目を開けると、雪に反射された光で少し目がくらむ。

朝日がゆっくりと昇って、君たち二人を照らし始めた。


君の目に最初に入ったのは、彼の眩しいほどの笑顔だった。ふわっと首に何かを下げられたことに気づき、自分の首元に目をやる。そこには、丸いオパールのような美しい宝石が付いたネックレスが下がっていた。


「これ、私に?」

君は思わず聞き返す。

「お前に」

彼はそう静かに行った。君は目を丸くする。高価なものに違いなかったからだ。


「お前がダンジョンに行くって決めたなら、俺にそれを止める権利はないって分かってる。だけど一緒について行こうにも行けない。だから、せめて、これを持っていてくれないか」

そう、君を真っ直ぐに見つめて彼は言った。君は小さく笑って、言った。

「遠出してるって...、これを私に買いに、わざわざ遠くの村まで行ったの?」

「わ、笑うなよ!これでも色々考えてだな!」

そうふてくされる彼を見て、君は心が温まるのを感じた。


「ごめん、嬉しくて。約束する、私はこれを見て、あなたを思い出す」

君はそう言って優しく微笑み、ネックレスを握る。ぼんっ、と彼の顔が耳まで赤くなった。


「そういえば、なにかやろうとしてなかった?ほら、私に目を閉じて、って言った時」


君がそう言うと彼は顔を一層赤くして、少し泣きそうに、こう言った。


「... あれは、お前が帰ってきてからにする」


そう言って、彼は悲しげに笑った。

ネックレスは朝日に照らされてキラキラと輝いていた。



---------------------------------------------------------



レオはそれを黙って聞いていたが、君が話し終わると、待っていましたとばかりに口を開いた。

「友達にしては高価すぎるネックレスに、同居経験どうきょけいけんもある幼馴染…。ずばり、君達の関係は!」

「ただの友達だよ」

君がそう言うと彼は大きなため息をついた。


「同情するよ、会ったこともないジェームズ!エイミー、君は鈍感どんかんにも程があるよ」

と彼は言って、頭を左右に振った。そして、

「じゃあ、彼も君の生きる理由だ」

とも付け足した。


「もう遅いし、疲れてるよね?今のうちに休むと良いよ」

彼はそう言って立ち上がった。

「レオはどこに?」

「僕は敵が来ないか見張りをするよ」

君の返事も待たずに、彼は部屋を出て行ってしまった。


彼が弓を置いていった事に気づき、慌てて扉を開けて辺りを見渡すが、彼の姿はもうどこにも無かった。


「見張りにしては、遠くに行くんだね」

君はそう呟く。この辺りが安全ならそれで良いのではないのか?それに、武器無しでどう戦うというのだろう。


何かが引っかかったが、疲れているのは確かだった。横になり、目を閉じると、君はすぐに寝てしまった。



----------------------------------------------------



キィ


ドアがゆっくりと開いた。男は、足音を一つも立てずに、床に無防備むぼうびに寝ている少女に近づくと、その閉じられた目にそっと手をかざした。


「寝てる」


そう言うと、男はすっくと立ち上がり、エルフの弓と矢筒やずつを持って、部屋をあとにした。

男は扉がしっかりと閉まったのを確認すると、その深々とかぶっていたフードを取った。美しい銀髪が風で揺れた。


「悪いね、命の恩人。利用させてもらうよ」


そう言って、男は姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る