第3話 黒髪の少女

レオは怒っていた。


食べ物と寝床ねどこまで提供し、彼女に親切心で臭いと教えてあげたら顔面をぶん殴られたのだ。

「僕の命を助けたからと言って、調子に乗り過ぎじゃ無いかな」

彼はまだ少し赤い頬をぷくーっと膨らませて言った。


そして部屋のドアに目をやる。

彼女、エイミーが部屋を出て行ってからだいぶ時間が立っていた。


睡眠も十分に取っていたし食べ物も食べさせたのでまた倒れていることはないと思うが…

レオは扉に手をかけて、引っ込めた。

「あんな男みたいなやつでも一応は女なんだ…流石さすがに入浴中に様子を見に行くのは誤解されかねないよね」


そうつぶやくと、扉から少し離れたところに腰を下ろした。そして、壁にかけられたままの彼女の防具と武器が目に入る。

「あいつ、丸腰か?」


その時だった。


オークの角笛つのぶえの音が聞こえ、それとともに叫び声が続いた。

レオはとっさに自分の弓と彼女の剣をひっつかんで部屋を飛び出した。


ばっ、と泉のある部屋に飛び出すと、初めに目に入ったのは黒髪の少女が倒れているところであった。

「おい!大丈夫か!」

そう言ってレオが少女の近くに駆け寄ると、彼女は彼の方に顔を向けてむくりと起き上がった。

「怪我は?!」

レオはそう言って彼女の肩を抱く。すると彼女は首を左右に振った。

「オーク達が来ただけ」


レオははっとして辺りを見渡した。周りには、5人ほどのオークが倒れていた。

「丸腰だったのに、どうやってこの量のオークを?あ、まさか、殴って…」

「次に殴られるのはあなたになるかも」

彼女は右手をグーにしてレオに見せた。

「お、面白くない冗談だね…」

レオは肩をすくめた。


彼女はふふと笑って、見て、と呟いた。

彼女は体をかろうじて覆っていたタオルの端をぺらりとめくる。すると、その太ももがあらわになった。

「?!」

レオは驚いて、抱いていた彼女の肩から手を離してしまいそうになった。そして、彼女の太ももになにか光るものがついていることを知った。


すると彼女はそれをシュッと素早く取り出し、レオの顔に突きつけた。

「短剣はいざという時のために、常に何本か持ち歩いてる」

「そ、そうだったんだ。分かったから、もう仕舞しまって…」

彼は苦笑いでそう言った。


「でもありがとう、来てくれて」

彼女はそう言って微笑んだ。

彼はその笑顔に戸惑とまどって、赤面した。

「君が笑ってるのを見るのは初めてだ」

そう、ドギマギと小さな声で言った。


彼女はそれは聞こえなかったようで、すっくと立ち上がると、オークに刺さりっぱなしの短剣を引き抜いて太もものベルトに収めた。

その瞬間、彼は彼女があられもない格好をしていることにようやく気づいた。彼は一声叫んでそっぽを向くと、飛ぶように部屋を出ていった。


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レオは拠点まで戻ってくると、呼吸を整えた。

レオは100年近い人生の中で、女性の生身の体というものを一度も見たことがなかったため動揺どうようしていた。が、彼女の落ち着き用を見ると、ダンジョンの外では普通なのかもしれない。


レオはエイミーが帰ってくるまで、部屋の片付けをしようと戸棚を開けた。すると、彼の目に綺麗に折りたたまれたマントが目に入った。


そうだ、

レオはそれを丁寧に取り出して机の上に置き、彼女の帰りを待った。



ガチャリと音がして、エイミーが部屋に帰ってきた。

「ほいよ」

レオは彼女を見ると、先程のマントを投げて渡した。


「君の着てたやつ、ボロボロだったから。僕の予備の分、着ていいよ」

エイミーは慌ててそれをキャッチすると、広げてみた。それにはフードがついており、色は夕暮れの灰色のようであったが、動くたびに色味が変わり、森の新緑や田畑の茶色、夜の夕暮れの銀にも見えた。


「エルフのマント…」

エイミーは唖然あぜんとして呟いた。


エルフの物は品質が高く、買おうと思うととても高値である。手触りはスベスベで心地よく、羽織ると暖かかった。

彼女は少しの間ぼーっとしていたが、慌ててかばんの中をあさり持ち金を確認し始めた。

「それは君にあげるよ、お金はいらない」

レオは慌てて付け足した。流石にそこまでケチではない。


彼女はぱあっと顔を輝かせたが、今度は訝しげな目でレオを見た。

「どうしてこんな物を持ってるの?」


レオはそれを聞いて目を見開き、あははと高い声で笑った。

「知らなかったのかい?」


レオはそう言うと、頭にかぶっていたフードを取った。

すると、その美しい銀髪の間から、少し長い、とんがった耳が飛び出していた。

「え、エルフ!」

彼女が叫ぶ。そして、

「エルフならこの顔立ちも納得なっとく…」

と、小声で付け足した。レオは恥ずかしそうにハハハと笑った。


「マントの代わりに、というわけではないんだけど、君に提案がある」

そうレオが言うと、彼女は近くの椅子に座り直した。


レオはゴクリとつばを飲んだ。そして、

「君の旅のお供をさせてくれ」

と言った。


エイミーはそれを聞いて黙ってしまった。彼女はじっと一点を見つめていたと思うと、ゆっくりと顔を上げ、口を開いた。


「私は、」


彼女は弱々しい声で言った。

少しの間沈黙が続いた。


「あなたを、殺してしまうかもしれない」

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