第1話 出会い

君は歩いていた。すべてがどうでも良かった。


シロを失い、このダンジョンに一人取り残された君は、ろくな睡眠も食事も取らず、強さを求めて目の前に現れた敵を只々ただただ倒し続けていた。


歩けないほど腹が空いたらそこら辺のモンスターの死体をむさぼり、睡眠は倒れるまで取らなかった。どのくらいの間この生活を続けているのか君にはもう分からない。マントはボロボロになり、髪は乱れ、頭はやり場のない復讐心ふくしゅうしんでいっぱいであった。



…そもそも、なんでこんな事になってしまったのか。


最強の神器、ロドニーの魔除けが隠されているという運命の迷宮。その魔除けを所望する神テュールに従う、ヴァルキリー、女戦士の村から、君は代表として選ばれた。

このダンジョンには誰でも行きたい時に行っていいのだが、一度に一人ずつしか入れない。帰ってくるものがほとんどおらず、いつからか誰もそこに入ろうとはしなくなった。まれに帰還きかんした人たちもいるが、その証言はどれも全く食い違い、中を知る手がかりにはならなかった。

そこに君はいる。唯一の仲間だったシロを喪い、絶望のただ中、自暴自棄じぼうじきになって。


通路の横から首を出した岩モグラを、君は横から長剣で何度も斬りつける。さしたる抵抗をする前に、岩モグラは絶命した。さらに斬る。めちゃくちゃに斬る。

迷宮の闇は、人の精神をむしばむ。拠り所のない心は、簡単に壊されてしまう。


シャリン、と音がして、シャツからホロリと何かが出た。ネックレスの先についた大きなオパールだ。君はそれをぎゅっと握り、旅立ちの日のことを思い出そうとした。これをくれたのは、ジェームズ。君の幼馴染で、村に二人しかいない男の一人。ダンジョンに行く君のことを、本当に心配していた。

だが、ジェームズの表情を思い浮かべようとしても、ぼんやりとした顔しか思い浮かばない。


君は目を開け、ムクリと起き上がる。また寝不足で倒れていたのか。

ぼんやりとしてはっきりしない視界に、何か動くものを見たような気がして、剣をブンブンと振り回す。君の剣は空を切り、代わりに君の背に切り傷が出来、ドロドロと血が流れた。不思議と痛みは感じなかった。君は今度は後ろに剣を出すと、何者かの肉に刺さったような手応えがあった。

剣を伝って血が君の手に垂れる。


「ふふ、ははははは」


君は大声で笑った。こうやって、シロを殺した奴もずたずたに切ってやるんだ……。


シュッと剣の血を振り払うと、ヨロヨロと歩き出す。ドアを蹴飛けとばして次の部屋へと進む。

目の前に現れたラージコボルドを軽くあしらったあと切り刻んで歩き出す。

すると、君の足元でなにか声がすることに気がついた。


無視してそのまま歩き去ろうとするが、左足首をむんずっと捕まれ、君は盛大に地面に倒れた。仕方がなく目をやると、そこにはベアトラップにつかまって暴れている少年がいた。


「そこのお嬢さん!助けてくれない?」


君は彼を一瞥するが、その問いには答えず、顔をそむけた。

足首の手を振り払おうと足に力を入れる。が、彼の手は一向に離れそうにない。


「…離して」

君は彼をキッと睨んだ。彼は慌てて目をそらして、言った。

「助けてくれ!そうしたら手も離す、それにこのままだと僕死ぬよ!」


君は今度は彼をまじまじと見た。こいつが死んでもどうでもいいが、掴まれたまでは進めない。さっさと助けたらこいつは静かになるだろうか。


君は一度ため息を付いて、彼の横にしゃがむと、ガチャガチャとトラップを解除していく。彼のマントが絡まっており、簡単ではなかったがなんとか外すことが出来た。


君は彼が自力で立ち上がるのを確認すると、さっさと歩き去ろうとした。


「ちょっと待って!」

ガシッと君は手首を持たれて後ろにつんのめった。

「…まだ、なにか」

君は冷たくそういった。

「冒険者さん、君は僕の命の恩人だよ!是非、お礼をさせてくれないか!」


「…これ以上関わるなら容赦ようしゃはしない」

君は振り返らずにそういった。


「…君の手首、細いな。力も出ないみたいだ。ちゃんと食べてるのかい?」

彼はそう言って君の手をぶらぶらと動かした。君は彼に目だけを向けた。

「あなたには関係ない」


フードの中からのぞく、彼の真っ直ぐなアメジストのような瞳に見つめられて、君はふいっと顔をそらした。だが、歩き去ろうにも彼の言う通り力が出ない。彼は一向に君の手を離す気配はない。彼はやっと口を開いて、こう言った。

「お礼に、僕に君の面倒を見させてくれ」

彼は、真剣に君を見つめていた。君はいぶかしげに彼を見る。


「い、嫌だなぁ!変な意味じゃないよ!そんな顔で見ないでくれ!」

彼は顔の前で弁解べんかいをするように手を振った。

「君は、その、言っちゃうと、今にも死にそうに見えるよ。命の恩人、恩返しをさせてくれ」

君はもう一度彼の手を振り払おうとするも、失敗する。自分のボロボロなマントが目に入り、彼の楽しそうな笑顔を見て、ため息を付いた。


「…好きにすれば」

君はボソッと呟く。ここで言い合っても彼は聞かないだろう、時間の無駄である。


彼はやったあと叫ぶと、君の手を引いて歩き始めた。その時だった。疲労が一気に襲いかかってきて、君は足元がもつれるのを感じた。


「おっと、大丈夫?」

彼は君を支えて、目を見開いた。彼は、君の軽さに驚いているようだった。


君は意識が遠のくのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る