15
落ち着いてから、お風呂に入った。
多分、明日は目が腫れてるな。
大人になってからこんなに泣いたのは初めてかもしれない。怖かったのと、驚いたのと、気を抜きすぎたのと。やっぱり色々な感情が入り混じっての結果だろう。
シャワーを浴びて、浴室から出た。
キッチンでは私の家にある数少ない食材で何かを作ってくれている新島がいた。
私は新島に声を掛けてから寝室に入ったが、多分、聞こえてないと思う。
「あ、生ハム無い。」
やられた。
買ってくるのも忘れたし、その前にお風呂も入ってしまった。
ああ、どうしよ。
私はベッドに倒れ込んで目を瞑った。
今日はついてないなー。
「朝日?」
寝室の扉の向こう側から声がした。
「はい、」
「入っていい?」
「はい。」
扉が開いて新島が入ってきた。
私はベッドの上で体を起こした。
「ご飯出来たよ。」
「よく作れたね。」
「結構頑張った。」
私はベッドから降りて、新島の方に向かった。
「落ち着いた?」
「あ、うん。でも、」
「ん?」
やっぱり、言うのをやめた。
私は首を振って、寝室を出た。
せっかくご飯を作ってくれたのに、生ハムなんて我儘言えない。
「俺、先風呂入りたい。すぐ上がってくるから。」
「いいよ。バスタオル適当に使って。」
「ありがとう。」
新島はリビングに置いてあった自分の鞄から、部屋着を取り出してお風呂に行った。
洗濯機回した方がいいか。
リビングのテーブルには美味しそうなパスタが並んでいた。
キャベツに、
「生ハム?」
キッチンの冷蔵庫に生ハムなんてなかった気がするけど。
買ったのかな?
私はグラスをふたつ、キッチンに出して、冷蔵庫を覗いた。
この間、新島が来るからと思ってビールを買っておいたのだ。
あと、スパークリングワイン。
これなら私も少し飲めると思って買ってみた。
まぁ、新島が好きじゃなかったら元も子も無いんだが。
自分の分のお茶だけ先に注いでおこうと思い、グラスをもうひとつ出してお茶を注いだ時に、おふろ場の方から音がした。
「早くない?」
「だって、飯冷めるし。」
「それはそうかもしれないけど。」
新島は、部屋着を着て首からバスタオルを下げていた。
「洗濯機回すよ。」
「あ、ありがとう。」
新島は自分で持っていた網に入った服たちを私に渡した。それを受け取って、洗濯機に入れた。
新島が使ってるバスタオル入れてからにしようかな。
私は何もせずにリビングに戻った。
新島はやっぱり右側に座っていて、私は新島の左側に座った。
「そのバスタオルも入れたら回す。」
「あ、ごめん。」
「いいよ。先に食べよう。美味しそう。」
新島は満足そうな顔をして、いただきます、と言った。私も続いて、いただきます、と言ってパスタに手をつける。
食べる前から満足そうな顔するんだもんな。
「生ハム、どうしたの?」
「先に買っといた。飲み会の前にね。朝日が酔っ払ったら絶対買いに行けないと思ったからさ。」
「私のため?」
「それ以外、何があるの?」
パスタは思った通り凄く美味しくて、やっぱりこの人とは相性がいいのかも、とまた思ってしまった。
「意外と立ち直り早いのな。」
それは私も思った。
けど、ひとりだったら全然違ったかもしれない。
そこは新島に感謝。
それだけじゃない。
今日はお礼を言わないといけないことが沢山ある気がする。
「新島は、男の前では強かったね。」
「勝手に彼女とか言ってごめん。」
「かっこよく見えたからいい。」
名前呼んだら来てくれるなんて、
「王子様みたい。」
「王子様?」
そう。王子様みたいだった。
小さい時になりたかったのは、プリンセス。お姫様になりたかった。みんなお金持ちでかっこいい王子様と結ばれてる、プリンセスが私の憧れだった。私もいつか、王子様に出会って結婚するんだって。そう思ってた。
この歳になって、まさか本当に王子様だ、って思う人に出会うなんて思ってもいなかった。
新島の横顔をチラっと見ると、やっぱり少し私の推しに似てる。本当は推しよりもかっこいいのかもしれない。
「ありがとう。」
「素直すぎるのも怖いな。」
「もう言わない。」
「一回でも聞けたから十分。」
新島は、ごちそうさま、と言ってフォークを置いてから、私の頭を撫でた。
私、まだ食べてるのに。
「あ、お酒。あるの。」
「知ってるけど。朝日ダメだよ。」
「私は飲まなくても、新島に。」
「え、俺に?」
「私が自分で飲むために買わないよ。」
「俺のために買ってくれたの?」
新島は私に抱きついてから、遠慮なく、と行って冷蔵庫から缶ビールを出しに行った。
喜び方が子供みたい。
私もパスタを食べ終えて、新島の食べ終えたお皿と一緒に流しに持って行った。
「朝日はサイダー?」
「あのね、一緒に飲もうと思ってこれ買ったの。」
私はスパークリングワインを取り出して新島に見せた。
「じゃあそれは明日。今日はサイダーにして。俺、朝日とゲームしたいから、潰れてくれたら困る。」
「明日もいるの?」
「そもそもの予定は明日だったじゃん。」
「昼から飲むってこと?」
「うーん、そういうこと。」
私は呆れた顔をした。
あんなにかっこいいことしても、結局はこれだもんな。
でも、そんなにニコニコ嬉しそうな顔をしているのを見ると、私は溜息しか出なくなる。これ以上は何も言えないのだ。
「サイダー持ってきなよ。一緒に飲もう。」
「じゃあ、こっち。」
私は寝室に新島を呼んだ。
サイダーを飲むならここが1番私にとってベストポジションだ。
ベッドの上に座って、冷蔵庫を開いた私を見て、新島はリビングから自分の鞄を寝室まで持ってきた。
サイダーを取り出して、蓋を開けた。
今日もいい音だ。
新島がゲームを自分の鞄から2台取り出して、ベッドの上の私の隣に座った。
新島の右手にはビール。
私の右手にはサイダー。
「乾杯。」
「お疲れ様。」
「俺の補佐、ありがとう。」
2つの缶がぶつかって、鈍い音が鳴る。
それでも中身は美味しいから、お洒落じゃなくても、綺麗じゃなくても、どんな雰囲気であろうと、私たちが良ければそれでいいのだ。
ひとくち飲むと、冷たくて甘い炭酸が喉を刺激した。
やっぱり一日の終わりはこれに尽きるな。
「やっぱり、一日の終わりはこれに尽きるな。」
「私も同じこと考えてた。」
「だよなー。」
新島がベッドの上に置いたゲームを1台借りて、電源を付けた。何やるんだろう。
新島に指示された通りに操作していくと、開いたゲーム画面は私が昔よくやっていたパズルゲームだった。
「負ける気がしない。」
「いや、俺も負ける気がしない。」
結果、私の圧勝。
正直、自分でも驚いた。
私が強いのか、新島が弱いのか。
「強過ぎない?」
「新島が弱いんじゃなくて?」
「それは違う。朝日が強過ぎる。」
自分が弱いのは認めたくないらしい。そのあと何度か対戦したけど、一向に新島が勝てる気配がなくて、だんだん新島が拗ね始めた。
「もう辞める?」
「いや、勝つまで辞めない。」
「もう辞めようよ。洗濯機回したいし。」
「じゃあ、一時休戦ってことで。」
新島からバスタオルを受け取って、洗濯機に入れてから回した。
意外と意地っ張りだな。
何でも出来るし、器用だし、だからこんな新島の姿を見たのは初めてだった。
洗面台からドライヤーを持って寝室に戻ると、今度はスマホで別のゲームを始めていた。
「ドライヤーする?」
「うーん、」
「した方がいいよ。」
「じゃあ、して。」
「へ?」
「面倒臭いもん。朝日やって。」
全く動こうとしない新島を見て呆れた顔をすると、それを見ていたらしく新島が、ごめんって、と笑いながら言った。
「冗談のつもり。ちゃんと自分でやるから。」
新島はスマホを置いてベッドから降りると、私の方に来てドライヤーを私から奪った。
コンセントをさしてから、ベッドの端をポンポンとして、私を座るように促した。言われた通りに座ると、ドライヤーの電源を入れて私の髪を乾かし始めた。
そんなこと出来るんだ。
凄く男の子っぽい乾かし方。でも悪い気はしなくて、そのまま身を任せていた。
「はい。次、俺の番。」
そう言ってドライヤーを渡された。
結局は私がやるみたい。
まあ、仕方ない。やってもらったから。
私はドライヤーの風を当てながら新島の髪に触れた。意外と柔らかいな。
あと、お風呂上がりの髪をセットしていない感じが、私は凄く好みだ。
乾かし終わって、ドライヤーを止めてから櫛で新島の髪を溶かした。
前髪長いなぁ。
向かい合って、前髪を真っ直ぐ伸ばすと、目がすっぽり隠れてしまった。
「前が見えない。」
「これ、いいじゃん。」
「見えない方が?」
「そういう事じゃない。」
「前髪分けて欲しい。」
「自分でやって。」
私は新島の髪を全体的に真っ直ぐ伸ばしてから、自分の髪を梳かし始めた。
ドライヤーを持って洗面台に戻る。
洗濯機はまだ回ったまま。
ひとりになると、色々なことを考えてしまうから嫌になるな。
寝室に戻って、またゲームの続きをした。
洗濯機が終わるまで、新島が私に勝てることは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます