14
最初の飲み会とは、がらっと変わって、座敷タイプの和食の店だった。
私は言われた通り新島の隣に座った。
本当はもっと下座に座りたいんだけど、無理やり隣に連れていかれたから、上座に座らざる負えなくなった。
新島は乾杯の音頭を取ってから、先方のトップの人に褒めちぎられていて、もう30分ほど捕まっていた。ついでに私も、新島の隣にいるからという理由だけで(多分)、サブの仕事がすごく良かった、とか褒められて、何だかいい気分も悪い気分もしなくて、何て顔をしたらいいのか反応に困る話だった。
お互い、変なのに絡まれなくて済んでるのかもしれないけど、多分この人がいなくなったら、新島と話したい女は沢山いると思う。
「はい。新島さんも、朝日さんも、沢山飲んでください。本当に2人のお陰ですから。」
「あ、すみません。ありがとうございます。」
新島は、自分のグラスと私のグラスにお酒を注いでもらって、にこにこ愛想を振りまいていた。
私は一口だけ口を付けて、グラスを置いた。
暫くしてからやっと先方の方が新島の隣から場所を移動した。
「グラス、頂戴。」
右側にいる新島に言われた通り私のグラスを渡すと、全部飲み欲してすぐ側にあったピッチャーの水を入れてくれた。
「グラス、このままでいい?」
「大丈夫。ありがとう。」
「やっぱり、俺の隣いた方がいい事あるだろ?」
「今の感謝、却下。」
「何でだよ。」
新島の方を見ると私を見て笑っていて、私もつられて笑った。
さて。そろそろ私は小休憩で外の空気を吸う時間だ。
私が席を立とうとすると、新島が私の腕を引いて、もう一度座らされた。
「俺も一緒に行く。」
「外出たい。」
「煙草ね。」
「それは違う。」
2人で立ち上がって店の外に出ると、もうすっかり夜の空気になっていた。
華の金曜日、と言うだけあって飲み屋が並んでいるこの辺りは、かなり騒がしくなっている時間だった。
「何か、どっちにいてもうるさい。」
「今日はまじで早く帰りたい。」
さっきと同じ右側にいる新島が、煙草を取り出しながらそう言った。私はライターを取り出して、新島が私に差し出す煙草の先に火を点けた。
「前回の飲み会も早く帰った方だと思うけど?」
「そうかもしれないけど。今日はこの後楽しみがあるから。」
私の方を向いてニコッと笑った。
煙草の煙は、いつもみたいに夜空に白く消えていった。
私と一緒にいることが、新島にとっては楽しみなのか。まぁでも、
「飲み会よりは、楽しみかもね。」
新島は小さく笑っただけで、何も言わなかった。その代わり少し耳が赤いかな。
「今日お酒飲んだ?」
「さっき注がれたの、一口だけ。」
「じゃあ、体調は大丈夫?」
「大丈夫よ。そこまで弱くないから。」
「もう1時間くらい経ったから、あと1時間の我慢な。それとも朝日、体調悪い振りしてくれる?」
「何それ。どんだけ早く帰りたいのよ。」
「朝日が元気のうちに帰りたいんだよ。俺、今日ゲーム2台持ってきたんだから。」
そう言って、煙草の火を消してから自分の鞄から携帯ゲーム機を2台取り出した。
「私もやるの?」
「一緒に出来たら楽しいじゃん。」
私は新島が持ってる2台のうちの1台を取った。今まで言ったこと無かったけど、実は好きなのだ。
「昔はよくやってたの。実家でね。でもバトルゲームよりもRPGとか育成ゲームとかの方が好きだったな。」
懐かしいな、と思いながらゲーム機を眺めていた。
「何だ。好きなんじゃん。俺もドラマとか好きだし、意外と趣味合うかも。」
「そうね。後で付き合うわ。」
ゲーム機を新島に返した。
さっきよりも帰るの楽しみになったかも。
私がしゃがみ込むと、新島は私の見ていない隙に、もう一本煙草を取り出していた。
「ねぇ、禁煙はどこ行ったの?」
「えー、ダメ?」
「ダメ。私ライター出さない。」
「はぁ。じゃあ、やめる。戻ろう。」
新島は煙草を箱に戻してから、鞄を背負い直して、私に右手を差し出した。私はその手を取って立ち上がる。
新島はその手を繋いだまま、座敷の部屋に戻るまで繋いだままだった。
さっきの席に戻ってからというものの、また始まったのだ。前回の悪夢。
「新島さん、お疲れ様でした。」
「新島さん、もっと飲んでくださいよ。」
「新島さん、」
「新島さん、」
「新島さん、」
はい、流石モテる男は違いますね。
私が隣にいても反対隣で繰り広げられる、新島争奪戦。
そして私は、頭が痛くなりそうなので、御手洗に逃げる。
新島は私について行こうとしたみたいだけど、私が立ったせいで両サイドから挟まれてしまって、残念なことに逃げ場が無くなってしまった。やっぱり、この人と付き合うのは大変そう。
「お疲れ様です。」
御手洗から出て店の廊下に出た時、昨日私に声を掛けてきた男がいた。
えーっと、何だっけ名前。
「お疲れ様です。」
頭を下げて戻ろうとしたら、腕を取られて引き寄せられた。
うわ、普通に無いわ。
距離が近い。
この人、おかしいよ。
人との距離の詰め方間違ってる。
新島とは違う、力が強くて少し汗ばんでいる腕から私は逃げられない。抵抗するとその分、力が強くなる。
ああ、さらに気持ち悪くなりそう。
「朝日さん、小さくて小動物みたい。なのに、しっかり仕事出来るし、ギャップっていうの?そういうの俺、弱いんだよね。」
身震いがしそうだった。
自意識過剰もいい加減にして欲しい。
この男に対する腹立たしさと、何も言えない自分にも情けなさ過ぎて、涙が出そうだった。
ああ、もう。怖い。
私が嫌がってるの分からないかな。
「新島、」
私は聞こえないような小さい声で呟いた。
こんなことしても、助けになんて来ないのに。
「朝日?」
声のした方に顔を上げると、新島がいた。
ドラマみたい。
我慢してた涙が出た。
ああ、本当は凄く怖かったんだと思う。
「花崎さん、朝日のこと離して貰えますか?」
私は新島の言葉の後に開放された。
と、同時に新島の背中に隠れて、ジャケットを掴んだ。
花崎さんって名前だったのか。
さっきから、恐怖と怒りが混ざりあっていて、行動と思考が一致しない。
とりあえず、新島には感謝しないといけない。
「俺の彼女なんで、勝手に手出さないでくださいね。」
新島は私の手を掴んで座敷に戻ると、そのまま私と自分の荷物を持った。
「すみません、帰ります。朝日、体調悪いみたいで。これ、お金置いておきます。」
そう言って、先方のトップにお金を渡すと私と手を繋いだまま、店を出た。
新島は何も言わずに私の手をずっと握ったまま、少し歩いてからタクシーを止めた。
「離れるなって言っただろ。」
私は無言で頷いた。
新島の顔は見れなかった。
タクシーは新島の指示で私の家に向かっていて、その間、今もずっと手は繋がれたままだ。
「まぁ、俺も一緒に行けなかったのが悪かった。」
自意識過剰でも、新島とあの花崎って人では全然違う。私の察した通りあの男はやっぱり危険人物だった。
それから、恐怖に駆られた時、一番最初に出てきたのが新島だった。それが私にとっては少し不思議だった。新島の顔を見たら、自然と涙が出たのだ。
今の私は、新島をどこまで信頼しているんだろう。
タクシーが止まって、お金を払ってくれた新島は、そのまま私の部屋まで手を離さずに連れて行ってくれた。
鍵を開けて、家に入ると全ての気が抜けたように、そのまま倒れそうになった。
「危ないっ、」
支えてくれた新島に抱きつくような形になってしまった。
でも今は、そこまでの思考がまわらなかったのだ。
「朝日、震えてる。」
多分、ずっと。あの男に腕を掴まれた時から震えてたんだと思う。今、新島に言われるまでは自分で全く気が付かなかったけど。
「とりあえず、部屋入ろう。ね?」
新島は動こうとしない私を、お姫様抱っこの形で抱き抱えて、リビングのソファーに連れて行ってくれた。ソファーに座らされて、右隣には新島が座った。
「落ち着くまで、隣にいる。」
新島は私の頭の上に手を置いて、自分の方に引き寄せた。
また、涙が出てくる。
でも、何の感情なのか、私には分からなかった。
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