13



「2ヶ月間、ありがとうございました。」



新島がリーダーで始まった、企画立ち上げプロジェクトの最後の会議が終わった。この先は継続で担当していく人に引き継ぐ。


その引き継ぎも無事に終わって、私はようやっとこのプロジェクト地獄から抜け出せた。やっと、いつもの仕事に戻れる。



「明日金曜日ですし、打ち上げなんてどうですか?」



先方の方から、新島に飛んだ言葉。


忘れてた。

そんなことをするのも仕事のひとつだったな。


新島の方を見ると、笑顔いっぱいで頷いていて、私も強制参加だろうな、と非常に残念に思っていた。



「朝日さん、お疲れ様でした。打ち上げ、行きますよね?」



とても馴れ馴れしい笑顔で声を掛けてきたこの人は、あー、えーっと、誰だっけ。

でも確か、先方のサブの人だった気がする。


私は笑顔で、はい、と答えてその場を離れた。


信じられないくらい気持ちの悪い笑顔。


人見知りの私にとってはあの笑顔は汚らしい考えを持ってる男が、女なら誰に向かってでもする顔だと認識している。


私は新島の隣りに何となく並んで資料と机の上を何となく片付けた。



「それでは、また明日。」



会議室を出て、エレベーターの扉が閉まるまで見送ってから、新島とまた会議室に戻って片付けをする。



「無理して来なくていいからね。」



新島から意外な言葉が出て、少し驚いてしまった。私は新島を見ると、新島は私を見ていて、やっぱり、と笑った。



「いいよ。その代わり、俺ん家で待っててよ。」


「え、でも、仕事の一部だから。」


「じゃあ、俺の隣から離れちゃダメ。」


「何それ、」


「さっき、声掛けられてるの見た。」



新島が少し怒ったような顔をした。


あー、あの、名前の知らない人か。

なんなら、顔も曖昧だ。


というか、もしかして、



「嫉妬?」


「そうだって言ったら?」


「そうなんだ、って思う。」


「何だよ、それ。もっと可愛い反応してよ。」



私はあからさまにがっかりしてる新島を見て笑った。



「あの人、名前知らない。」


「まじかよ、さすがだな。俺の名前覚えられたの奇跡じゃん。」


「新島は同期だし、ここ最近嫌ってほど会ってる。それに、社内で有名人だし。」



最後の資料をまとめて、ファイルに挟んでからそれを抱える。片付けはこれで終わり。



「明日、そのまま俺の家ね。あー、それとも、朝日の家がいい?」


「どっちでも、」



というか、もう行く前提なんだ。


ということは、そろそろあの返事もちゃんとしないとな。


付き合ってもいいんじゃないかな、とは思っている。生活のリズムも、一緒にいる時のバランスも、悪くない。


でも、私の自信が無い。私には何も出来ない。新島に何もあげられない。



「じゃあ、朝日の家がいい。」


「分かった。片付けておく。」


「十分綺麗だよ。あ。でも、食材買って帰るからね。ご飯食べないとか言わせない。」



そう言って、扉を開けて、ふたりで会議室を出た。


新島はそのまま喫煙所に向かったけど、私は自分のデスクに戻った。


PCの前に座ってほっ、と一息。

したところで、思い出した。


ジャケットのポケットを上から触ると、やっぱり。ライター私が持ってた。


資料室に戻す資料を持って、喫煙所に向かうと、箱を片手に座ったままぼーっと私を見つめる新島がいた。



「忘れてただろ。」


「うん、」


「これで最後だから。はい、」



私は隣座って、煙草に火を点けた。新島が一口吸って、吐き出した煙を眺めた。最後ね。



「朝日も吸えば?」


「え、」


「美味いよ。全部終わってからだと。」


「私、持って来てない。」


「じゃあ、これあげる。」



新島が渡してきたのは、半分まで減った自分の吸いかけ。咥えるようにと、渡されて、言われるがまま私はそれを咥えて、吸った。


苦い。


一口で新島に戻した。


少しだけ短くなった煙草に私のリップの色がほんのり付いた。



「これ、俺が吸ってたらバレちゃうよ。」



この間は暗くて気が付かなかったけど、

意外と目立つな。


新島が吸っている姿を見て、リップが付いていてもチャラさが増したみたいな感じで、絵になっていて、私は思わず横顔をずっと見てしまった。



「ライター、まだ持っててよ。明日の打ち上げがあるからね。」



新島は得意げに笑った。


明日まで、とかいいながらも、今後もずっと持たされそうな気がしてならなかった。


新島が吸い終わってから、喫煙所を出て資料室に向かった。後ろからは何故か新島も付いてくる。



「これで暫くは俺も落ち着くかな。またプロジェクトあったら、朝日にお願いしよう。」


「やめて。これ以上、私を巻き込まないで。」


「えー、でも俺はまた一緒にやりたい。」



資料室の重い扉を新島が開けてくれて、私を先に中に入れてくれた。


向かう先の電気を点けてから扉を閉めて、明るくなった方に向かった。


いつもの如く、私のヒールの音。それから今日は新島の革靴の音も響いていた。



「あのさ、明日の打ち上げのことだけど。」


「何?」



私は資料を置く場所を探しながら、新島に返事をした。



「本当に俺から離れないで。」


「何でよ。」


「だから、」


「多分無理だよ。」


「何で?」


「プロジェクトの最初の飲み会。とんでもないけど、私が新島の隣に居られるような場所じゃなかった。」



見つけた。

資料を置いておく場所を見つけて、その周辺の資料を確認しながら、自分が持っている資料を置いていく。



「俺の女避けと、朝日の男避け。それじゃダメ?俺も朝日の隣から離れないから。」



私は流石に新島の方を向いた。



「私の男避け?」


「だって、さっき朝日に話しかけてた男、絶対朝日のこと狙ってるって。」


「私、そんなのに引っ掛からないけど。新島にも引っ掛かってないんだから。」


「俺に引っ掛からないのは不本意。何で。」


「何ででしょう?」



結局は笑い話みたいになってしまう。


新島は、くそぅ、って顔をしていて、私はその横顔を見て少し笑っていた。


まぁ、でも。新島の隣に居れば、無理やり飲まされることも無さそうだし、窮屈感は緩和されるのかな。



「新島が女に囲まれなければ、ね。隣に居てもいいよ。」


「大丈夫。俺、朝日としか話さないから。」


「それは話盛りすぎ。」



本当に、態度も表情もコロコロ変わって面白い。全部の資料を置き終わってから、ふたりで資料室を出て、オフィスに戻った。


私のデスクにはいつもの仕事が置いてあって、退勤までの時間に終わらせるには少し無理がありそうだった。


プロジェクトは終わったし、さぁ、切り替えないと。私はPCでいつものデータを開いて、キーボードを叩いた。





定時に上がった。


勿論、仕事は終わらず、明日も少し早めに出勤しないといけない。


いつもの様にそのままお風呂に行って、上がってから寝室のベッドに飛び込む。


今日はお疲れ様祝いで、ソーダじゃなくてジンジャーエール、生ハムもいつもよりも何枚か多く入っているやつにした。



「終わったー。」


成功してよかったじゃん。


「まぁね。何だかんだ出来ちゃうの、私。」


これから忙しくなるかもよ。


「それは勘弁。」


そしたらお給料も、


「上がるかな?そしたら最高だね。」



テレビをつけて、推しのレギュラー番組を再生した。


今日はお祝いだから、私の好きなことしかしない。いつもと変わらないけど。



「今日は一段とかっこよく見えるな。」


色んなことから解放されたから。


「リラックスして見れてるんだね。あー、幸せ。」



生ハムとジンジャーエールを開けて、今日はテレビに向かって真正面に座る。


開放感は大きいな。


やっぱり一人でいるのが一番だと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る