12


ご飯を食べてから、何杯か新島にお酒を作って、私もノンアルコールを久し振りに作って飲んだり、そんなことをしながらうだうだとカウンターでだべっていた。



「新島って元ヤンなの?」


「元ヤンなのかな?分かんないけど、高校の時、俺が廊下歩くと人が両端に寄るんだよね。」


「カースト上位過ぎでしょ。」


「それはそうかも。あの時は兄貴とかに教えて貰って、がんばってお洒落してたよ。それが目に付いたみたいで、担任からデザイン系の進学薦められた。」


「へー、」


「成績は悪いほうじゃなかったから。見た目はあれだったと思うけどね。」


「そうなのね、」


「朝日は?学生の時どんなだったの?」


「私は、」



新島がいい感じに酔っ払ってきて、さっきの会社での出来事の時に気になったことを聞いたところ、学生の頃の話にまで進んでしまった。


私の学生時代なんて、普通の極みだよな。



「どっちかといえば、優等生だったのかな。」

「彼氏とかいたの?」


「まぁ、それとなく。アイドルにどっぷりだったから、何人か付き合ったけど、すぐ別れた記憶がある。」



あんまり思い出したくないものだな、

とか思いながら、話をしていた。


新島は私の顔を見ながら、興味ありげに私の話に相槌をしていた。



「5年くらいいないって言ってたよね?」


「そうね。いらなかったの。仕事忙しいし、テレビの中の推しで十分。それに、」


「ん?」



私は新島をちらっと見た。


やっぱり、少し似てるんだよな。

私の推しに。


私の今までの新島への気持ちは、同期として仲良くしていきたい、だった。彼氏が出来ると、きっと男の人との絡みがほとんど無くなるだろうなと思った。


推しに似てる同期の男が、何となく私と話をしてくれる、それだけで十分だったのだ。



「何でもない。」


「何だよー、」



新島は私の肩を人差し指でつんつんと押した。

そんなからかい方、可愛すぎる。



「朝日の推しって誰なの?この間聴いてたあのアイドルでしょ?」



私はスマホの画面を点けて、推しの写真を見せた。私が一番かっこいいと思っている写真だ。



「あー。この人、演技も上手い人だよね。」


「そう。」


「朝日はこういうのが好きなんだね。」


「そうね。」



新島は空いたグラスを私の前に置いた。


私はグラスを持って、カウンターの中に入る。


なぜか、嫌ではない。


人の話を聞きながらお酒を作って出す、何て経験は今まで無かったけど、悪くないもんだなと思った。


欲を言えば、自分も飲めればなぁ、と思う。



「煙草吸っていい?」


「どうぞ。」


「朝日も付き合って。」



新島はカウンターから立ち上がって、煙草の箱を持つと寝室の方に行って、窓を開けた。ベランダか。


私は自分の鞄からライターを持って、新島の後ろを付いて行った。


いつの間にか梅雨が終わっていて、新島の補佐に付いてからもうそんなに経ってしまったんだなぁ、と思った。



「はい。」



咥えた煙草を私には向けて来る新島をみて、私は火を点けた。


もうこれくらいの事には慣れた。


新島が吐き出す煙を見上げて、本当に私は新島の副流煙で死にそうだな、と前にも思っていたことをぼんやり考えていた。



「来週のプレゼン終わったら終わりだから。」


「うん。」


「俺の補佐も終わり。」


「うん。」


「俺の煙草に付き合うことも無くなるし、俺に会議室まで連れて行かれることも無くなる。」


「そうね。」


「嬉しい?」



私は返事をする前に、チラッと新島を見ると私の方を向いて返事を待っているようだった。



「ひとくち頂戴。」


「ん、」



私は新島が吸っている赤マルをひとくち貰って吐き出した。


苦い。


やっぱり煙草は好きじゃない。



「寂しい、」


「え、」


「かもね。」



本音を誤魔化した。かもね、の一言で印象が変わるから便利だ。


この横顔が見られなくなるのは、何となく寂しい気がしたのだ。


何かしら体に悪いものを入れないと、やっぱり本音は冗談でも言えない。



「来週土曜日、休みでしょ?またふたりで会わない?」


「え、」



新島は少し耳を赤らめていた。


新島でも照れることあるんだな。


私は思わず赤い耳に触れた。



「やめろ、」


「会わない?、って言い方、照れた?」


「だって、どっか出かけるのとか柄じゃないじゃん、俺ら。」


「あー、確かにね。」



最後の一口を吸い終わる前に、私は新島が咥えていた煙草を奪い取って吸った。



「これ、貰ったから。来週会う分の報酬ね。」


「そんなんでいいなら、もっと別のいいのあげるのに。」


「いいの。これがよかったから。」



私は煙草の火を消してから、ライターを片手に先にベランダを出た。


言ってから少し冷静になったのだ。


私、今凄く恥ずかしいこと言った。


これがよかったから、って。


新島の吸った後の煙草を、これがよかった、とか。


私はライターをカウンターに置いて、トイレに入った。



「あーーーーーー」



小さな声で叫んだ。


やってしまった。


自分の顔の体温が上がっていくのが分かる。


新島のことは嫌いではない。

かと言って、付き合うとかそういうことにはならない。


私の中ではまだそんなところだ。


なのに、変な期待を持たせるようなことを言ってしまったことを凄く後悔してるのだ。


自意識過剰で自信満々の男に今の言葉は、逆効果だったに過ぎない。


絶対私が新島のことを好きになったと思い込んでるだろうな。


私は便器の中にため息を吐き出して、水を流した。この扉を出たら何も無かった顔をしないと。


扉を開いてカウンターに戻ると、まだ新島の姿は無く、2つのグラスとライターが置いてあるだけだった。


私は空いている新島のグラスに、アマレットジンジャーを注いだ。


これくらい甘くないと飲めないからな。


そして、それのとびっきり薄いやつを私のグラスにも注ぐ。


ライターをポケットに入れて、2つのグラスをベランダの方に持っていく。


そこには案の定まだ外で空を見上げている新島の後ろ姿があった。


窓をコンッ、と叩くと新島が後ろを振り返って、すぐに窓を開けてくれた。



「はい。」


「何これ。」


「飲めば分かる。」



私もベランダに出て窓を閉めた。新島の隣に座って、一緒に一口飲んだ。



「甘っ、」


「私これくらいしか飲めない。」


「アマレットか。朝日も同じの?」


「そう。」


「また吐くなよ。」


「もう、あれは忘れて欲しい。」


「忘れられない。あんな生々しい音。」


「やめて。ただの下品な話だから。」


「俺は全部見たい、朝日の全部。」



もう、酔いが回ってきたのかと錯覚した。


私は吸い込まれるように新島の目を見ていた。


あ、負けそう。


何でそんな話からこんな流れになるのか分からなかった。


無理に視線を外すと、隣から小さな声で、


こっち見て、


と聞こえた。



「まだ、」


「ん?」


「まだ、もう少し時間あるでしょ?プロジェクト終わるまで、」


「ああ、」


「ちゃんと考えておくから、もう少し待って。」


「ん、分かった。」



新島はそっぽを向いている私の頭にいつも通り左手を乗せた。


甘酸っぱい、


そんな青春みたいな展開だった。


新島は凄い。一瞬で人を虜にする。


何も無いようにしてても、私は負けそうなのだ。


新島と同じ、明るい夜空を見上げてアマレットジンジャーを飲んだ。



「甘い。」



カクテルがジュースみたいに甘く感じたのは初めてかもしれない。



「俺も、甘い。」



新島が空を見上げたまま言った。


来週もここにいるのかな。


そんなことをぼんやり考えながら、新島と一緒にいる自分が嫌じゃないことが不思議だった。



「一緒にいるのは、嫌いじゃない。」


「え、」


「煙草付き合うのも、貰うのも。」


「そっか、」


「ドラマだったら、付き合ってるんだろうな。」


「は?」



私は新島の方を向いて笑った。


甘いのはお酒の味だけじゃない。


わかってるけど、わかりたくないこともある。


グラスの中を全部飲み干すと、やっぱり体温が上がって、瞼も重くなってきた。


少し涼しい風が吹いた時、グラスの中の残った氷が崩れる音がした。

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