11


新島の家は、1DK。玄関とダイニングは繋がっていて、奥が寝室。ダイニングはキッチンとは別にカウンターのようなものがあって、そこに椅子が2つ並んでいた。


キッチンには洗い終わった食器や、コンロの奥に調味料が並んでいたりと、自炊をしているのが分かるキッチンだった。


カウンターの方にはグラスやお酒が並んでいて、バーカウンターのようになっていた。


洗面台や、トイレの棚には、ゲームのキャラクターのフィギュアが置いてあって、寝室に入ったら、ゲームとフィギュアが沢山あった。


本棚には漫画も少しだけあって、本当に趣味に溢れた部屋だった。


正直これは、私よりも欲に素直な部屋だ。


こんなにゲームが好きなんて知らなかった。



「お風呂入る?」


「んー、」


「朝日?」


「はいっ、」


「何、ぼーっとしてんの。」


「あ、ううん、凄いなぁって。」


「そんなことないよ。ものが多くて、」


「素敵だと思う。こんなに集めるほど好きなものがあるなんて。」



私はダイニングの椅子に荷物を置かせてもらって、寝室のフィギュアを眺めていた。


凄いなぁ。


ん?

この服装、この間の飲み会の時の新島の服装に似てる。


ん?

こっちは、今日の服装に似てるな。


私は右隣にいる新島を見た。



「新島、コスプレしてんの?」


「コスプレじゃないよ。俺、本当は服とかあんまり興味なくてさ。困った時に、ゲームキャラの服ってお洒落だよなーって。」


「それで、似た服ばっかり買ってるんだ。」


「そう。」


「そうは見えないけど。お洒落好きなんだと思ってた。」


「髪型とかも全然でさ。最初本当に大変だった。未だによく分かってなくて、適当なんだけどね。」



そう言いながら笑っている新島を見て、器用に隠してるな、と思った。全ては綺麗好きがものを言ってるんだろうな。


私とは何もかもが真逆なのかもしれない。


お互い入社して約4年。同期として知り合ってからも約4年。


そんなに話さない訳じゃなかったし、寧ろ会社の中では結構話していた方だと思っていたけど、知らないことって意外と多いんだな。



「お風呂、先入りなよ。」


「いいの?」


「いいよ。部屋着、自分のがあるでしょ?あ、タオルだね。」



ここに来る前に一度、私の家に寄ってもらった。


最寄り駅は一緒で、駅から私の家の前を通った先に新島が住んでいたなんて、今まで知らなかった。


この間の飲み会で、私の家を知っていたのも納得出来ることだった。


私も、もう少し周りのことをしっかり見ていれば気付くことだったんだろうな。


私は自分の下着と部屋着を持って、お風呂場に向かった。お風呂とトイレは別か。


これまた綺麗にしてあるなぁ。


何か、綺麗にしなきゃって言うプレッシャーがかかってきそうな感じだった。



「朝日、タオル。これ使って。」


「ありがとう。」



シャワーを流してさっさと風呂から出た。


人の家のお風呂で長居なんて出来ない。


この間私の家で新島が言っていたことが、色々と当てはまる気がして、何だか面白かった。


新島と同じこと考えちゃってるな。


服を着てから、髪を拭いてダイニングに戻った。


新島はカウンターの方でPCを開いていて、画面を少し覗いてみた。


仕事かと思えば、



「ゲームかよ。」


「あ、早くない?」


「人のお風呂で長居出来ない。」


「ああ、そうだよね。ちょっと待ってね。」


「大丈夫だよ。自分の家なんだから、自分のタイミングで好きなことしてよ。」


「好きな人来てるのにそんなこと出来ないよ。」



新島は華麗なキーボード裁きで、目の前の敵をボコボコ潰していった。オンラインゲームかな。


自分がやるのは得意ではないけど、人がやってるのを見るのは好きだ。


だけど、新島の使ってるキャラクターは、とりあえず強い装備を装着しました、みたいな。まるでセンスが感じられない。こういうのって、もっと可愛いというか、かっこいいというか、こう、ファッションも楽しめるような機能があるんじゃないのかな。


新島の不器用な部分が、誰も見ないところで丸出しになっているのを見てしまった気がした。



「よし。じゃあ、お風呂入ってくる。」


「うん。」



新島がまた癖のように私の頭を撫でてから、お風呂場に向かった。


私はさっき新島が座っていた隣の椅子に座って、自分のPCを開いた。


そして、録り溜めしていたドラマが入っているDVDを入れて、再生した。


今日は学園もの。


最近思ったが、やっぱりちょいちょい見ていかないと、見終わらないということに気が付いた。


右手でスマホをいじりながら、PCに差したイヤホンから流れてくる、ドラマの音を聞いていた。


うん、割と当たりかも。


偉い人から返事も来て、

新島くんからも聞きました、

とだけ。


何を聞いたのかは知らないけど、今度こそいい方向に運が向くといい、とだけ思っていた。



「今まで、全然使えなかったもんな。」


一応偉い人。


「あ、そうか。」



私はさっき買ったコンビニの袋から、サイダーと生ハムを出して、サイダーを開けた。


今日も炭酸のプシューッという音が、私の疲れを癒してくれるようだった。


と、ここで気がついた。


新島がお風呂から上がってくる前に開けてしまった。きっと、一緒に晩酌を、何て考えてたよな。というか、普通そうだよな。


やってしまった。私は開けてしまったサイダーを飲まずにそのまま、新島が上がって来るのを待った。



「おまたせ。あ、サイダー開いてる。」


「ごめん、いつもの癖で。まだ飲んでないから、セーフよね。」


「セーフ。ご飯何がいい?」



新島は腰から下を隠すようにバスタオルを巻いていて、上は上裸。何も着ていなかった。


もしや、私と同じ裸族?


でも、せめて人が来てる時くらいは服きて欲しいなぁ、なんて。



「ご飯、いらない。生ハム買ったし。」


「えー、そうなの。ちゃんと食べないとダメだよって、前も言ったけどさ。」


「本当にいい。大丈夫だから、服着て?」


「あー、ごめんごめん。俺、家では最低限しか服、着ないんだよね。」


「嘘、」



同じだ、という言葉を飲み込んだ。


流石に女でそれは引かれるだろう。


一度寝室に入った新島は、部屋着っぽい服を着て、ダイニングに戻ってきた。


キッチンの前に立って、何を作ろうか、と呟きながら冷蔵庫を開けた。


私は、ドラマを一時停止して、目の前にあるお酒のボトルを見た。お


酒は飲めないけど、それなりに作れる。作るのは楽しいのだ。


ここには、簡易的なバーカウンターのように、カクテル作りの器具が一式揃っていた。きっと、新島も自分で作ってるんだろうな。



「少しなら食べれる?おつまみみたいなものを作ろうと思ってるんだけど。」


「少しなら、」


「嫌いなものある?」


「いっぱいある。」


「それは困ったな。」



結局、私の嫌いなものが何かを聞かずに作り始めた。


安定した包丁の音を聞いて、本当に料理するんだな、と思った。


私に持ってないものを持ってる。そして、私は新島が持ってないものを持ってるのかもしれない。



「バランス、いいのかも。」


「何? 何か言った?」


「何でもない。」


「そこのグラス使っていいから。サイダー、氷入れて飲んだら?」


「ありがとう、」



バランスはいいのかもしれない。


ただ、共通で好きなものが無さそうだけど。


私は言われた通り、カウンターにあったグラスを持って、冷凍庫から氷を貰って入れた。



「お酒作れる?」


「それなりには。」


「じゃあ、ジンライム。」



出来上がったものを皿に盛り付けながら、新島が言った。


言われた通り、私はカウンターの内側に入ってグラスを置いた。


内側には私の寝室に置いてあるような小さな冷蔵庫があって、そこを開けると、2Lの炭酸水とレモンにライム。氷はキッチンの流しの横の冷蔵庫からグラスに入れて、カウンターに戻って、ジンと炭酸水を割ったものにライムを絞った。私が思うジンライムはこれ。



「炭酸水?」


「だって、ライムジュースがないから。多分美味しいよ。」


「その言葉信じる。ありがとう。」



新島はカウンターに完成したおつまみを置いて、私が座っていた椅子の隣の椅子に座った。


おつまみは、ベーコンをカリカリに炒めたものの上にチーズが乗っている。もう1品はパプリカをバジルで和えたもの。


私が元座っていた椅子に戻るとベーコンの香ばしい匂いがより一層、私のお腹を空かせるようだった。お腹空いてなかったのに、この時間のこれは罪だ。



「美味しそう。」


「食べよう。はい、乾杯。」



私は慌ててグラスを持って、傾けた。


シャンッ、という音が鳴って、アルコールの入っていないただの甘いソーダを体に流し込む。


人と飲むのも悪くないな。



「美味しい。飲めないのに、作れんだな。」


「全く飲めないわけじゃないから。」



新島は私に箸を渡してくれて、ベーコンが乗った皿を私の前に持ってきた。


食え、と言わんばかりに。


これは、本当に罪だろうな。


私はひとくち、一口だけと思って口に入れると、カリカリのベーコンの香ばしさと、チーズのまろやかがマッチして、本当に大好きな味だ。塩胡椒も加減が丁度良くて、天才かと思った。



「見直した。」


「え、」


「凄く美味しい。」



新島は一瞬で笑顔になって、自分も食べ始めた。


完全に胃袋掴まれた感じ。


本当は女の子が男の子の胃袋掴むのが普通なんだろうけど、私にはそれが出来ないから。だからこそ、料理が出来る男の人には惹かれてしまう。


ただ、相手が新島なことだけが少し不満だった。


この男、ただチャラいだけじゃないんだな。



「バランスいいかもね。」


「え、」


「ん?何でもない。」



私がさっき言った言葉と同じことを言った新島は、ひとりで嬉しそうに笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る