16

気が付いた時にはまだ外は暗くて、目が慣れるまで少し時間がかかった。


体を起こすと、何か音の鳴るものが私の体に当たった。それの方を見ると、急に明るくなるから目を伏せてしまった。


ゲームか。


そういえば昨日、新島に借りた昔やっていたRPGゲームをひとりでやっていて、そのまま寝落ちしてしまったのを思い出した。


ゲームをセーブして画面を消した。


右側を見ると、新島も同じように寝落ちしていて、ゲームを片手にうつ伏せで眠っていた。


私は新島を起こさないようにベッドから降りて、部屋を出た。


キッチンでグラスに水を1杯、飲んでから電気を付けずにリビングのソファーに座り込んだ。


リビングには月明かりが綺麗に差し込んでいた。


スマホの画面を付けると、AM2:00と表示された。


プロジェクトの2ヶ月間は長いようで短かった。雨ばかりで気分が上がらなかった梅雨が過ぎ、夏本番の8月が終わって、残暑が厳しい9月に入った。


私はリビングの大きな窓を開けて、空気を吸い込んだ。


もうすぐ秋になろうとしているんだろうけど、まだまだ暑くて、クーラーの付いていないこの部屋は窓を開けても暑いままだった。


でも、先月に比べたら少しは涼しくなったかな。


深夜の空気は久し振りで、その冷たさすら愛おしくなるくらいだった。


2ヶ月で新島の色々な顔を見ることが出来た。


インドアだとか、ゲーオタだったりとか、実は不器用だったりとか。


そして、新島に私が好かれてたことも。


2ヶ月前とは印象が変わったと思うし、その印象は良くなったと思う。


でも、これから新島にまた告白されるとして、私はなんて返すだろうか。


付き合うことになる?



「どうだろう。」


ここまで来たら断る理由がないんじゃない?


「自信が無い。」


ずっと言ってるね。


「絶対、釣り合わないもの。」



釣り合わないと思う。


私は顔が良い訳でもないし、お洒落な訳でもないし、仕事が出来る訳でもない。


そして何よりも、みんなの人気者新島くん、が私の恋人になる重圧に耐えられる気がしない。


絶対に会社ではいい印象にはならないだろうから。前みたいなことがあって、新島に迷惑をかけるのは嫌なのだ。


私はベランダに出てしゃがみ込んだ。


新島の好意は受け取りたいし、私もそれに応えたい。


けど、



「私、新島のこと好きなのか?」



そもそもだ、私は新島のことが好きなのだろうか。


一緒にいて楽しいし、凄く楽だし、私の欠点を補ってくれて、逆に新島の不得意なことは私が得意だったりして、バランスはいいと思う。


だけど、私は新島とお付き合いしたいくらい好きなのだろうか。


ここに来て、根本的な問題に辿り着いた。


普通だったら、もうすぐ物語が終わるはずなのに。


私と新島のエピソードは、ドラマにしたら十分過ぎるくらいあったと思う。


なのに私、新島のことが好きなのか分からない。


今までずっと、付き合うか、付き合わないか、の2択を考えていた。


これはドラマじゃない。


だから、私の気持ちで考えないと、新島にも申し訳ない。



「恋愛に慣れて無さすぎるよ。」



私は頭を抱えた。


思い返せば、キュンとした瞬間とか、好きだな、って思った瞬間とか、あまりない気がする。強いて言うなら、推しに似てる横顔とか、笑い方とか、たまに出る甘える表情とか、それがたまにグッとくるくらいだ。でもそれは、全部推しに似てるからそう思うだけだと思う。



「恋愛って難しい。」


好きなところ考えてみたら?


「いっぱいあるよ。」


でも、付き合うのとは違うの?


「そういう好きじゃないの。」


それをそのまま伝えてみたら?


「それでいいのかな。」


分からないなら、そう伝えるしかないよ。


「嫌われないかなぁ、」



小さい声で自信なさげに呟く。


すると、後ろの窓ガラスを、コンコンッと小さく叩く音がして、体がビクッと驚いてしまった。振り返ると、新島がグラスをふたつ持って立っていた。


私は、窓を開けて左に寄ってしゃがんだ。



「隣に居なくなってたから、焦ったよ。」



グラスを片方私に渡してから、隣にしゃがみ込んだ新島。


寝癖があちこちに付いていて、何も気にしてないところが、私に対して少し気を許してくれてるのかな、なんて甘く考えていた。


グラスの中身はただの氷水。それでも氷の音だけは一丁前に、カラン、と綺麗に響くもんだから、いい雰囲気に感じてしまうのだ。



「起こしてごめんね。」


「俺が勝手に起きたんだよ。」


「そう、」


「なんか、考え事?」


「え?」


「頭抱えてたでしょ。」



見られていたのか。


恥ずかしくなって、グラスの水を飲んだ。


新島のことで悩んでました、なんて素直に言えない。


何も答えないでいると、新島は何も聞かないでいてくれた。


何となくある距離感。


いつもだったらもう少し詰めてくるのに。



「夜宵。」



また、下の名前で呼ばれた。


チラッと新島の方を見ると、まっすぐ前を向いていて、少し緊張しているような顔をしていた。私は何も言えずに俯いていた。



「俺と付き合ってください。」



私は新島の方を見た。


新島の表情は変わらず、見ている場所も私ではなく、真っ直ぐ外を見ていた。


私は新島の方に体ごと向けると、新島も私の方を向いた。



「どこ見て言ってるのよ。」


「え、」


「そっちに私いないよ。」


「ああ、そうだね。」



新島は少し笑ってから、もう1回真剣な顔をして言った。



「夜宵、俺と付き合ってください。」



今度は目線が外せないほど、私のことをしっかりと見て言ってくれた。


でも、私は、



「どうしたらいいのか、わからないの。」



新島は、驚いた顔なんてしなかった。


ずっと前から私がなんて答えるか分かってたみたいな、そんな顔をしていた。



「好きなんだと思う。だけど、どの好きなのか分からない。」


「うん、」


「それから、自信が無い。新島の横に並ぶ自信が、ない。」


「うん、」


「だから、分からない。私の気持ちが、自分でも分からないの。」


「そっか、」



新島は優しく笑って、水を飲んだ。


氷の音がふたりの間に響く。


こんなことを言ったところで、やっぱり空気が良くないまま終わってしまう気がした。


言わなきゃ良かったかも。



「朝日、俺の方見て。」


「ん?」



俯いた私が顔を上げると、新島の左手が私の右頬に触れて、そのままふわりと新島の匂いがとても近くで感じた。


一瞬、本当に一瞬の出来事だった。


だけど、今のは、



「今の俺も、好き?」



また、甘えるような、オネダリするような、その顔はダメなんだよ。


新島陽向、私あなたに負けそう。


私の顔を覗き込むようにして、笑う新島を少し睨んだ。



「ずるい。」


「そうでもしないと、落ちてくれ無さそうだから。」



新島は前に向き直って、もう一度水を飲んで深呼吸をした。



「お互いの家に泊まったのもこれで3回目。いい歳した男女が一晩共にして、何も無いのもおかしいと思うよ。」


「それはそうだけどさ、」


「俺、すっごい我慢してきたんだから。朝日が嫌がることはしたくないと思って。」



新島が小さい声で、寝顔とか可愛いのに、って言ったのが聞こえて、私は本当に恥ずかしくなった。


散々新島のことチャラいって言っていたけど、思えば手を出されたことなんて一度も無かった。


真面目さと真剣さが伝わって来る気がした。


耳が真っ赤になってる新島の耳に触れると、その手を取られて、目線が合った。



「もう1回、言うね。」



新島は照れた顔を、真剣な顔で塗りつぶして、もう一度私と目線を合わせて言った。


これでもう最後。



「俺と付き合ってください。」



握られた手は、少し震えているような気もして、私はその手を無意識で握り返していた。


そして、それが私の決意でもある。



「本当に私でいいの?」


「朝日がいいの。」


「負けた気がして、嫌なんだけど、」


「早く負けてよ。俺、3年目の片想い。」


「え、そんなに長かったの。」



私は驚いて、大きめの声が出てしまった。


新島に慌てて口を塞がれてから、反省した。

夜中だし、外だし。


ふたりきりのこの空間で忘れてしまっていた。


新島の手が離れて、私はもう一度新島と目線を合わせた。


絶対に落ちないと思ってたのにな。



「こんな私ですが、よろしくお願いします。」


「ふふ、やったー!!!」


「ちょっと、声でかいから。」



今度は私が新島の口を塞いだ。


これじゃ、どっちもどっちだ。


私たちはふたりで笑いあった。


寝癖がたくさん付いている会社1のモテ男と、昨日のせいで目が腫れているであろう向上心のない女。ふたりとも今は凄く情けない顔をしているんだろうな。


こんなのやっぱり、ドラマじゃないよ。

テレビで流すには、情けなさすぎる。


ふたりのグラスの氷が溶けるまで。


少し前より、近くなったこの距離感。


ふたりの後ろ姿は完全に恋人同士に見えていた。

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