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お洒落な所で、なんて流れが苦手で私がリクエストしたのは、いつものラーメン屋さん。
私は着替えられたけど、新島は服がまだ乾いていなかったし、変に洒落た店に行くよりは、こういう場所でよかったかもしれない。
ふたりともラフ過ぎるくらいの格好でラーメンを食べて、店を出た。
そろそろ乾燥機も終わってるだろう。
家に着いたら、乾燥機をかけた服たちをアイロンがけして、新島に着替えてもらって、見送って。私ひとりの時間はそれからだ。
「あの店、よく行くの?」
「うーん。たまに、かな。」
「そっか。美味しかった。」
家に着いて、すぐに乾燥機を確認した。
うん、終わってる。
私は中から服を出して、リビングに持って行った。
新島はリビングにある自分の鞄から煙草を取り出していて、私にそれを見せながら私のことを呼んだ。
「禁煙、するんじゃなかったの?」
「えー、いいじゃん。」
「私これからアイロンするから、その後でもいい?」
「え、アイロンなんてしなくていいよ。」
「いや、乾燥機かけたからシワシワだから。」
「本当にいいって。」
「さっきラーメン奢ってもらったら、それのお礼、って言ったら少なすぎるけど。」
私は新島の服をアイロン台の上に置いて、アイロンの電源をつけた。新島は大人しくなって、いつも通り私の右側に座っていた。
「夜宵、」
「へ?」
急に名前を呼ばれて、変な声が出た。今度は何だ。どんな前振りだ。
「朝日と夜宵って、年中無休って感じだな。」
新島は笑っていたけど、私はきっと珍しいものを見るような目で新島のことを見ていたと思う。
名前に朝も夜も入っているから、年中無休、ってことなんだろうけど、そんなことは私が生まれてから26年間ずっと持ってるものだから、私にとっては珍しいものでもなんでもない。寧ろ、年中無休、という表現の仕方の方が初めてで、そっちの方が珍しいものだ。
「陽向と夜宵か。」
「何?」
「いや、なんかいいな、って思っただけ。朝があって、夜があって、でもそれがあるのは、太陽がいるからじゃん。」
要するに、私がいるのは新島がいるからってこと?
「でも、夜が無いと太陽は休憩出来ない。だから、夜のおかけで太陽も働けてる。」
「馬鹿じゃん。」
「なんで馬鹿とか言うわけ?本当に可愛くないな。」
本当に馬鹿だと思ったから、そう言ったんだ。
だって、夜の間、太陽は休憩してるんじゃない。他の国を照らしてるんだ。新島は、全世界が一斉に日が昇って、日が落ちるとでも思ってるのかな。
私は可愛くなくても、新島は十分可愛いと思った。
間違ってるとは言わない。
新島がそれでいいなら、きっとそれでいいからだ。
でも多分、馬鹿なのは間違い無いと思う。
新島と話しながらも、ゆっくりと丁寧にアイロンをかけていく。
「何か、俺の服じゃないみたい。」
「そう?私には新島の服にしか見えないけど。」
「こういうのは得意なんだな。」
「得意というか、好きなだけ。」
「出来る家事もあるんだな。」
「それは私の事、馬鹿にしすぎでしょ。」
全部の服にアイロンをかけ終わって、新島に服を渡した。
新島は、着替えてくる、と言って寝室に入って行った。
私はアイロンの電源を切って、冷めるのを待っていた。
流石にラフな格好とはいえ、今の服装は外に着ていく服なことに変わりはないため、そろそろ服を脱ぎたくなっていた。
座ったままうずうずする、この気持ちを抑えるのに必死だった。
さっきまで新島と話している時は気にならなかったのにな。
「長居してごめんね。お世話になりました。」
新島は昨日と同じ服に着替えて、リビングに戻って来た。
大して迷惑も掛かってないし、寧ろ私ばかりお世話になっていた気がした。
リビングに置いてあった自分の鞄を持って、玄関の方に行った新島の後を追って、私は見送りをしようとした。
「明後日から煙草の時、付き合ってよ。」
「何で?」
「俺の左腕じゃん。」
「左手でライター使えない。私、右利きだから。」
「なんでそういう屁理屈ばっかり言うんだよ。」
新島は流石に呆れた顔をしていて、私は笑ってしまった。
そうだなぁ、それくらい気を抜いて会話が出来る人ってことかな。
私は新島と一緒に部屋を出て、共同玄関まで一緒に歩いた。ここで、見送り終了。
「じゃあ、また明後日。」
「うん、色々とありがとう。」
「俺なんもしてないから。寧ろ俺の方がお世話になった。ありがとう。」
新島は私に背を向けて帰るのかと思いきや、またすぐに振り返った。私は新島の顔を見て首を傾げる。
「あのさ。俺、朝日のこと本気だから。プロジェクト終わったらまたちゃんと言うけど。それまで、朝日も本気で考えておいて欲しい。」
ああ、本当に本気なんだ。
私は夕飯前のリビングでのことを思い出していた。
本当に本気なんだな。
新島はまた真っ直ぐで真剣な顔をしていて、そんな顔で私を見るから、私は今すぐにでも目線を逸らしたいのに、そんなことをしたら逃げてるって思われそうで。
「うん、」
そう答えるのが、私には精一杯だった。
新島は私の頭をまたポンっとしてから、今度こそ背中を向けて帰って行った。
新島の背中が見えなくなってから、エレベーターの方に戻って自分の部屋まで向かった。
そうか、本気なんだ。
告白というものをされた。
しかも会社で一番のチャラいと言われている男、そして、会社で一番モテる男に。
玄関の扉を開いて、靴を脱いでからすぐにお風呂場に向かった。
「そりゃ、ないよ。」
そう、本音はこれ。
信じてない。
全くもって信じられてない。
絶対に遊ばれてると思ってる。
悪い奴ではない。
でもきっと、一緒にプロジェクトをやってる女にはみんなにこういう風に接しているんだ。
「そりゃあ、ないよなー。」
もし本当だったとしても、そういう憶測しか出来ない自分が少し嫌になった。
もっと素直に喜べばいいのに、とか思ってる自分もいるのにね。
「好きか嫌いかで言ったら、嫌いじゃないと思う。」
断わる理由は?
「そう言われると、無い。」
だかと言って付き合う理由も、
「無い。」
私はシャワーを流しながら、あぁー、と大きな声で溜息を吐いた。
さも、今までの人生で一番悩んでいるかのように大袈裟に頭を抱えていた。
頭を洗って、体も洗って、顔を洗って。
いつもより圧倒的に雑だった。
明日も休みだ。まだ時間はある。
プロジェクトが終わってから、って新島は言ってたし。
でも、それまでの間、微妙な感じで会うことになるの、それが一番しんどいよな。
考えれば考えるほど頭が痛くなっていくように、自分が苦しくなっていくだけだった。
「もう考えない。」
シャワーを止めてお風呂場を出た。
そう、考えないのが一番いい。
私はキッチンの冷蔵庫の中にある、冷えピタシートをおでこに貼ってから寝室に行って、部屋着に着替えた。
頭痛くなった時はこれに限るな。
おでこが冷っとして本当に気持ちがいいのだ。
寝室の冷蔵庫から水を1本取り出して、飲んだ。
頭が痛くて暑くなっていた体に、冷たいものが注がれるのは凄く気分が変わるようだった。
「明日はめいっぱい休もう。」
そう思って、さっき見ていたドラマの続きを再生した。面白くないし茶番すぎるけど、最近の恋愛事情を学ぶにはいいんじゃないかと思った。
でも、やっぱり、
「面白くないな、」
見てられない展開が多いね。
「現実とは程遠いな。」
結局、再生したまま、いつの間にか眠っていた。
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