7


目が覚めると、目の前に新島の顔がドアップであった。驚いて、私は慌てて起き上がると、ベッドが揺れて、テレビのリモコンが床に落ちた。



「ああ、」



私はベッドから降りて、リモコンをベッドの上に置いた。


時計を見ると、15時だった。


私は洗濯機の方に行って、中から新島の服を出した。一応洗濯のマークを見て、乾燥機に服を入れた。乾燥機って本当に便利。でもきっとシワになるからアイロンも出しておかないと。


洗濯は好きだった。洗うのも、干すのも、畳むのも。大好きな服を綺麗にするのは、やっぱり楽しい。だから、服に関する家事の道具はたいてい揃っている。


料理とは正反対だな。


私は寝室のクローゼットを開けて、下の引き出しからアイロンのセットを出して、リビングに持って行った。


リビングにはテレビはない。代わりに大きめのコンポが置いてある。スピーカーは、スマホからも音楽が繋げるように、別途で大きなスピーカーを買った。


だけど、日常生活の9割が寝室にいるから、使ったことはほとんどない。


結局最初だけだったな。


アイロンセットを机の上に置いてから、スマホで音楽を流して、それをスピーカーに繋げてみた。



「音質全然違うわ。」


普段から使えばいいのに。


「これ、寝室に持っていくのはちょっと面倒じゃない?」


リビングもっと活用すればいいのに。


「動くの面倒臭いじゃん。」




「何が?」


「うわぁ!!!」


「え。朝日のそんなに大きな声初めて聞いた。」



やっぱり独り言は危険だ。

私は心臓を落ち着かせた。


新島は目を擦りながら私の隣に座った。



「アイドルも聴くし、ジャズも聴くんだ。」


「なんでも聴くよ。」



独り言のことを深く聞かれなくてよかった。


新島は眠そうな顔をしながら、最初は私の左側に座っていたのに、立ち上がって、わざわざ私の右側に来た。そして、自分の左手を私の頭の上に乗せて、満足そうな顔をしていた。



「やっぱ、こっち側の方がしっくりくるな。」


「ねえ。誰にでもそういうことしてるの?」



あ、やばい。


心で思っていたことが漏れてしまった。


さっきから、彼の言動には振り回されっぱなしだ。


どうしてこんなに距離が近いんだろう。

どうしてこんなに私のことを気にしてくれてるんだろう。


新島は、何も言わずに私の頭を撫でてるだけだった。


嫌な気持ちではなかったから、やめてとも言えなかった。


やっぱり、言葉に出すのは違った。


思わず出てしまった言葉とはいえ、これは反省だな。



「ごめん、何でもない。ご飯食べた?」


「今回のプロジェクト。朝日のこと補佐にしてくださいって俺が頼んだの。前にも言ったけど、朝日と仕事がしたかったから。」


「え?」


「朝日、仕事出来るのに勿体ないってずっと思ってた。やらないだけで、実は臨機応変に色んなことに対応出来るし、人付き合いも問題なく出来る。周りをちゃんと見れてるから、気が利く行動がとれる。でも、リーダーって感じではないかなって思ったから、俺の補佐でって。」


「あの、」


「俺の補佐ってのは正直賭けだった。俺のこと少しでも信頼してくれてるかなって、俺と一緒だったらやってくれるんじゃないかな、っていう自意識過剰な考えで賭けに出たんだ。」



私はもう何も言わずに、新島の話を聞いていた。


新島の左腕は、私の頭から肩に回ってて、外から見たら完全に恋人のような見た目だろう。



「半ば強引だったけど、会議参加してくれたし、昨日の飲み会も来てくれたし、酷い断られ方しなくてよかった、って。それに、今も。嫌われてないみたいでよかった、って思ってる。」


流石に私も鈍感な方では無いと思う。


だからこの後、好きだ、とか、付き合って欲しい、とか言われてもおかしくない状況だってことくらいは分かってる。


そして、私が思っていた以上に新島の生活の中には、私が引きずり込まれていた。


そして、私の生活の中に新島がいた時間はほとんどない。


だから新島が私のことをどう思ってるか、なんて考えたこともなかったし、本当にただの同期としか思っていなかった。


想像以上に私、新島から見られてたな。



「今回のプロジェクト、絶対いいものにしたい。それには朝日が絶対必要だからな。途中で逃げんなよ。」



新島は私の方を真っ直ぐ見て言った。


距離が近い。


結局、私が勢いで問いかけたことの答えにはなっていなかったが、まあいいか、と思った。


そもそも、そんなに聞きたいことじゃないし、好きだとか言われても困るだけだから。



「今更逃げられないじゃない。」


「まあ、俺が離さないけどな。」


「そういうことサラッと言えちゃうのがチャラいね。」


「好きな人の前ではかっこつけたいじゃんか。」


「それ。かっこつけてるつもりなの?」


「え、違う?かっこよくない?」


「違うと思う。」



というか私、今。

私がサラッとしてしまったな。


新島は顔色ひとつ変えずに笑っていて、普段から女の扱いに慣れてる男は違うなと思った。


好きな人の前では。


脳内でもう一度、新島の声を再生すると今度は素直に恥ずかしくなって、体温が上がった。



「ご飯、食べたよ。でも、朝日も本当にちゃんと食べた方がいいよ。」



遅すぎる返事が返ってきた。私は思わず吹き出した。新島は私を見て驚いた顔をしていて、私はそんな新島を見て、よく驚いた顔をする人だなと思った。



「何?なんか変な事言った?」


「返事遅すぎでしょ。」


「ああ、そういうこと。ごめんごめん。」



新島の左腕はずっと私の肩に回っていて、心地の良いジャズが流れている中で、ゆったりとした時間が流れているような気がした。


たまには、リビングに来てスピーカーも使ってみようかな。とか思ったけど、結局は面倒臭くなって明日からも寝室から出ない生活が目に見えているようだった。



「今日、朝日の色んな表情見れたから、泊まって正解だったかもな。」



新島が隣で呟いた。


そんな顔して言わないで欲しい。


多分、この人本気なんだな、

って思うような表情をしていたから。


私は何も見なかった振りをして、目の前にあるスマホで時間を確認した。



「私は色んなもの見られて、恥ずかしいけどね。」


「俺が思ってたよりも、面倒臭がりの人だった。」


「私いい女とはかけ離れてるのよ。自分の好きなことしかしてないから。」


「いいと思うよ。欲に素直な人。俺もそんな感じだし。」


「本当に?」


「本当だよ。じゃあ、今度は俺の家に来てみる?」


「え、」



こんなにもサラッと。サラッと家に呼べちゃうチャラ男。


凄い。これはモテるわけだよ。


体温も上がったけど、尊敬度も上がった気がした。



「凄いわ。」


「何が?」


「あ。いや、なんでもない。今度ね。」


「じゃあ、約束。」



そう言って、私の肩に回していた左手を、自分の顔の前に持ってきて、子供みたいに小指を立てて約束のポーズをした。つられて私も右手を顔の前に持ってきて小指を立てると、新島は私の小指に自分の小指を絡ませた。



「はい、約束。」



満点の笑顔で私に向かって笑いかける新島は、今までに見た事がないくらいの嬉しそうな顔をしていて、私もつられて笑ってしまうくらいだった。



「さて、夕飯どうする?」


「夕飯?」


「夕飯は食べよう。俺、奢るから。」


「いや、それはダメ。昨日迷惑かけたし。」


「ほら、今日服貸してくれたし、今洗濯までしてもらっちゃってるし。」


「でも、」


「いいから。ほら、早く着替えて。」



新島は立ち上がって、私を寝室に促す。


私は言われたままに流されて、着替えを始めた。


まさかこんなに長い時間、誰かと一緒にいるなんて思ってなかった。


新島には申し訳ないな。


メイクもしないといけないし。



「何食べたいか、考えといてよ。」



新島の声が聞こえる。


たまにはこういう日もいいよね、と自分に言い聞かせて、なるべく早く準備をするように頑張った。

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