6
「このドラマ、見てた?」
「見てない。でも、もうひとつのは見てた。」
「こっち?面白かった?」
「面白かったけど、原作の方が面白かった。」
いつの間にか、自分も驚くほど気を許していて、ふたりで寝室のベッドに横になりながらうだうだとしていた。
私はさっきの恋愛ドラマの続きを流しながらスマホを弄っていて、新島はゲームを片手にドラマの音を聞いていた。
見てもいられなくなりそうなイチャイチャシーンが多くあるが、やっぱりどうしても気になってみてしまうのは、新島も同じのようで、ふたりとも手元の画面から目を離す時は、胸キュンシーンばかりだった。
「こんなの無いわ。」
「現実では無いだろうな。」
「そもそもこの女は、この男のこと好きなのかな?」
「えー。好きじゃなかったら、男やばいよ。」
「でも、居そうじゃない?自意識過剰みたいな。こいつ絶対俺のこと好きだから、みたいな。」
「俺みたいな?」
私は新島の方を見た。新島はずっとゲームの方を見ていて、私の視線には気付いていないようだった。
「それ、本気で言ってる?」
「冗談だよ。」
笑いながら答えた新島は、やっと私の視線に気付いたらしく、私の怪訝そうな顔を見て、
何?
というような感じで首を傾げていた。
そんな綺麗な顔で、可愛い感じの顔をされても、私は動じない。
「チャラいな。」
「それ、昨日も聞いた。」
「そうだっけ。」
「酔っ払ってたから覚えてないんだろ。」
「都合の悪いことは覚えてないの。」
「都合のいいように出来てんだな。」
「プロジェクトメンバーになったことも、覚えてないから、きっと、会議の時間はいつも忘れてる。」
「それは、毎回俺に迎えに来て欲しいってこと?」
新島は私の右側から、私の顔を覗いて笑っていた。距離が近い。
「私を引っ張って連れてくくらいの勢いじゃないと行きませんよってこと。」
「そんなの、言われなくても毎回迎えに行くから。煙草吸っていい?」
そんなに近くで言わなくてもいいのに。
私はドラマを一時停止して、ベッドから降りた。私は自分の鞄からライターを取り出して、寝室を出ると、新島も後ろからついてきた。
リビングの窓を開けてベランダに出て後ろを振り向くと、新島がリビングにあった自分の鞄の中から煙草を取り出して、こっちに向かってくるところだった。
「雨か。」
新島がベランダに出てから、窓を閉めた。
煙草の箱から一本取り出した新島は、煙草を咥えて私に向かって、ん、と言った。
偉そうな奴。
持っていたライターで煙草に火を点ける。
一回吸ってから、吐き出す。
やっぱり臭いは苦手かも。
「いつも補佐にライター預けてんの?」
「そんなことしてない。どんな趣味だよ。」
「だって、」
「朝日が俺に返さなかっただけの話。」
新島の言うことには、たまに逆らえないことがあって、その度に負けた気がして悔しくなる。
私は溜息を吐いて、しゃがみ込んだ。
今日も雨。
きっと明日も雨。
まだまだ雨は続くだろう。
このジメジメした空気で服がまたダメになっていく。
少しの我慢だ。
私の隣に立っていた新島も、私がしゃがみ込んでから少し経って、私の隣にしゃがんだ。
しゃがむというよりは、ヤンキー座りみたいな感じ。どんなことをしててもチャラさが絵になるから本当に嫌味な男だなと思った。
「でもさ、俺のライターは朝日に預けておくわ。禁煙の練習にもなりそうだし。」
煙草の火を消してから、私の方を見て笑った。
禁煙する気なんて無いと思う。
そんな笑顔だったから、そう思っただけだ。
「そろそろ帰ろうかな。」
「雨だから気を付けて。」
「あ、傘ないわ。」
「貸すよ。月曜日返して。服も。」
「ありがとう。」
結局、私の右手には新島のライターが残ったまま。
窓を開けて、部屋に戻った。
新島が入ってから窓の鍵をかけて、寝室に戻った。会社用の鞄にライターを戻してから、またリビングに戻る。
「朝日の部屋、広いよね。」
「欲張りすぎた。結局いつも寝室にしかいない。」
「今日見てて、そうなんだろうなと思ったよ。」
新島が鞄を持った時に思い出した。
新島の昨日の服、洗濯機の中だ。
「新島、昨日の服。」
「あー、忘れてた。」
私は急いで洗濯機の方に向かった。
ああ、忘れてたよ。洗濯機回すの。
回そうかどうしようか悩んでいると、後ろから足音が聞こえた。
「何か、色々後からお世話になっちゃいそうだから、もう少し居てもいい?」
「あ、うん。洗濯機すぐ回すね。」
「急がなくてもいいから。朝日が嫌じゃなければ、俺はいいから。」
朝日が嫌じゃなければ俺はいいから。
そう言った後、またリビングの方に戻って行った。
洗濯洗剤を入れながら新島の言葉をリピートしていた。
でも、今のは私が引き止めた、みたいになってた気がしたんだけど、新島にとってはそう感じなかったかな。そう感じてないなら、それでいいのだ。そう感じて欲しくなかったから。
洗濯機を回し始めてから、寝室に戻った。
ベッドの上には、さっきと同じ、ゲームをしている新島がいた。
私もさっきと同じ場所に戻って、一時停止していたドラマに向かって再生ボタンを押した。
「何でベッドこんなにでかいの。」
新島はゲームをしながら、私に向かって言った。私もドラマを見ながら返事をした。
「寝相悪いの。今、洗濯機回したから。」
「彼氏と一緒に寝るため、とかじゃないんだ。」
「彼氏なんていない。5年くらい。」
「えー、長くない?」
「そんな時間いらないの。」
「まぁ、無くても楽しいよね。俺もひとり好きだから分かる。」
その割には人にお節介するの好きだよな。
女と絡むのも好きそうだし。
まぁでも、仕事とプライベートは別か。
そうやって考えたところで、思った。
今の状況は何だ?
ひとりが好きなら普通は朝の時点で帰るよな、きっと。
この状況は何なんだ?
ゲームを片手に顔色ひとつ変えずにボタンを押す指だけを動かしている新島に向かって私は首を傾げた。やっぱりよく分からない人かも。
「うわ、今のはどういう状況?」
ドラマを見ながら新島が声を上げた。
うん、今のシーンは確かに意味が分からなかったけど、今のこの現実も結構意味が分からない。
私はスマホを片手にドラマを見ていたけど、内容がまるで入ってこなかった。
「これって、女の子どうなのよ。」
「え、何が?」
「え、見てなかったの?」
新島に心配そうな顔をされた。
それもそうだろうな。
でも今のは、本当にぼーっとしていただけだ。
結局、新島からの問いかけには応えられず、私はベッドの端に座っていた位置からそのまま後ろに倒れた。枕の位置まで寝転がったまま、うねうねとしながら上がって行った。
もうこのドラマ飽きた。
茶番過ぎてやっぱり見てられない。
そして、朝起きるのが早すぎたせいですごく眠い。
「朝日?」
「ん?眠い。」
「えー、寝るの。ドラマは?」
「あんまり面白くない。」
「確かに。」
新島は、私の代わりにリモコンを取って、停止ボタンを押した。
私は新島に背を向けて、目を瞑った。
すぐに眠れそう。
うとうとし始めた時、背中の方で新島の声をが聞こえた。
「朝日、ご飯は?」
「んー、」
「朝日?」
「何?」
「ご飯。」
「ご飯?ああ、ご飯ね。」
私は寝返って、新島の方を向いた。
ご飯だって言ってた?
ああ、ご飯。ご飯ね。
私は目を開けて起き上がった。
「ごめん、ご飯ね。朝から何も食べてなかったよね。ごめん。」
「いや、大丈夫だよ。俺はいいんだけど、朝日、お腹すいてないかなって思って。」
「ああ、私?私は大丈夫。寝れば忘れる。」
「は?」
新島は
意味が分からない、
という顔をしていた。
それもそうだ。
私は食事をほとんどしない。
飲み物と睡眠で十分生きられる。
「もしかして朝日、ちゃんとご飯食べてない?」
「ん?うーん、そうとも言える。」
「ダメだろ、ちゃんと食べないと。俺、作るから。何が食べたい?」
「え、は?」
新島はゲームをやめて、私の顔を覗き込んだ。
新島、料理とかするんだ。
でも、残念ながら冷蔵庫には何も入ってないし、調理器具も全然揃ってない。多分、食材を買ってきたところで、何も作れないだろう。
「朝日、何が食べたい?」
「いや、私は、いらない。これから寝るから。」
そう言って私は寝転がった。
この人、私を健康にしようとしてくる。
今の生活を変える気は無い。
幸せだからだ。
「ちゃんと食べた方がいいよ、本当に。俺、腹減ったから何か買ってくる。」
「うん、玄関の靴箱の上に鍵とセキュリティカードあるから、持ってって。」
「本当に寝るの?」
「うん。洗濯物はちゃんとやっとくから。」
「何か、俺、彼氏みたいだな。」
「は?」
私は新島に背を向けたまま声を出した。
意味が分からない。
新島は何考えてるんだろう。
私は少し体温が高くなるのが自分で分かった。
「じゃあ、買い物行ってくるね。」
ベッドが軽くなった。
新島がベッドから降りたからだろう。
玄関のほうで鍵のかける音がした。
何で昨日新島を家に入れたんだろう。
私はスマホで推しの曲を流した。
大丈夫。推しの方がかっこいい。
そうやって思い聞かせて目を瞑った。
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