5


目が覚めると、何故か窮屈だった。


寝返りをうつと、布が擦れる回数が多い気がして、来ている服が重くて引っ張られる感じがした。起き上がって目を擦ると、粉っぽくて、その時に気が付いた。


最悪だ。着替えてない。

メイク落としてない。


そして、時間は、



「6時半。」



私はベッドから出て、お風呂場に向かった。


服を脱ごうした時、ふと思い出した。


そう言えば昨日、新島がこの家にいた気がする。


私は服を脱ぐ前に恐る恐るリビングに向かった。



「やっぱり、」



昨日の服装のまま、私の家のリビングのソファーで眠っている新島陽向がいた。


とりあえず、お風呂に入ってから起こそう。

そうしよう。


私は脱衣所に戻って、お風呂に入った。


緊急事態だから、今日はシャワーだけ。ゆっくり入ってる暇なんてない。


今までにないほどのスピードでシャワーを済ませて、脱ぎ捨ててある服を洗濯機の中に入れた。ある程度拭いてから、寝室に急いで下着を付けて、部屋着を着た。パジャマとは別の部屋着だ。


あ、すっぴんだからマスクもしないと。


こんなに焦ってるのは久々だ。


そもそも、あんな形とはいえ、男性を家に入れたのは実に3年振りくらいの話だ。


ある程度マシな格好になった所で、リビングに入って、ソファーで眠っている新島を起こそうとした。


あ、待って。


私は新島の横で立ち止まった。


まだ髪乾かしてなかった。


洗面台に戻って、マスクを一度取ってからドライヤーで髪を乾かした。


焦りが酷く心臓を煩くさせた。



「どうしてこうなったかな、」


やっぱり飲み会は好きになれないね。


「新島だよ。どう思う?」


悪い人ではないんじゃない?仕事出来るし。でも、女癖は悪そうだね。


「そこだよ。問題はそこ。」


でもソファーで寝てるのはポイント高いんじゃない?隣で寝てるよりずっとマシ。


「隣で寝てる男とか、論外でしょ。」



ドライヤーを止めてから、髪をとかしてマスクを装着して。万全の装備でリビングに向かった。


ソファーで寝ている新島の横に座って、肩を軽く揺すってみた。



「新島。起きて。」


「んー、」



新島は少し顔を顰めだだけで、私と反対側に寝返りをうってしまった。


ため息が出た。


ああ、ダメだ。これはきっと起きない。


私は一旦起こすのをやめて、キッチンに向かった。冷蔵庫からサイダーを3本ほど出して、寝室の冷蔵庫に入れた。そして、元々入っていたサイダーを取り出して、空けた。


二日酔いにはならずに済んでいた。だけど、生ハムが冷蔵庫に無かったことが私にとっては少し機嫌が悪くなる要因だった。自分が買ってないのが悪いだけだ。


ベッドに座ってから、テレビをつける。


今日こそドラマの一気見だ。時刻はまだ7時半。私は1本目の恋愛ドラマの1話目を再生して、見ていた。


今回録画したドラマは全部で5本。学園もの、恋愛ものが2つ、日常もの、医療もの。


何が大変かって、まだひとつも見終わってないことだ。



「アホみたい。」



目の前では茶番すぎる茶番が繰り返されていて、恋愛ドラマってこんな感じだっけか、と冷めた思考になってしまいそうだった。


サイダーを飲みながら少しの間集中して見ていたが、2回目のCMで、リモコンの停止ボタンを押した。



「見てられない。」


信じられないくらい茶番だったな。


「こっちが恥ずかしい。キスシーンとか、もうちょっとコメディにしてくれないと、」


見れないね。


「もう、若くないんだよー。」



私はベッドに倒れた。


若くない。

から、今の状況はおかしいのだ。


それこそ、恋愛ドラマみたいな状況。


私はもう一度リビングに行って、新島を起こした。



「新島、起きてよ。」


「んー、」



また、寝返りをうって反対を向いた。


私は肩を揺らし続けて起きるように何度も促した。



「新島陽向さーん、起きてくださーい。」



新島は顔を顰めて、少しだけ目を開けた。



「何だよ。」


「起きて。」


「あ、朝日?」



新島は一度瞑った目を、もう一度目を開けて、私の顔をはっきり見てから、ようやっと状況を理解したような声を上げた。



「誰だと思ったの。」


「ママ。」


「ママ?」


「実家に帰ってるのかと思った。今、陽向って言わなかった?」


「言ってない。フルネームでは呼んだ。」


「なんだ、」



朝日から陽向って呼ばれたのかと思った、と言いながら、ソファーから体を起こした。


というかこの人、お母さんのことママって呼んでるんだ。ギャップもいいところだな。



「二日酔いは?」


「大丈夫。昨日は迷惑かけてごめん。」


「大丈夫だよ。あー、眠い。」



新島は伸びをして、んー、と声を上げた。


着ていたジャケットにシワが寄っていた。


もしかして、リビング寒かったかな。何もかけてなかったし、風邪とか引いちゃったらきっと私のせいだよな。


今更になって、そんな心配がたくさん襲ってきた。


というか、そもそも彼女とか、



「彼女とか、」


「え?彼女?」


「へっ、ああ、あの、」



どうやら声に出ていたらしい。妄想癖、独り言癖の悪いところが出てしまった気がした。



「彼女とかいたらまずいよなぁ、って思ったの。」


「こんなのことしてるんだから、いないでしょ。俺、そんなにお人好しじゃないし、そんなに遊び人でもないよ。」


「そう、」


「もう2年くらいいない。」



そう言って、私の頭に左手を置いた。


本当に、遊んでるんだと思ってた。


でも、彼の顔を見る限り、嘘をついている様には見えなかった。


まぁ、ほっとしたことに変わりはない。



「お風呂、入る?」


「いや、着替え無いし。」


「ああ、そうよね。」


「でも、コンビニ近いから。」



そう言って、財布だけ持ってコンビニに向かった新島の背中を見送ってから、私は急いでお風呂場と脱衣所、洗面台の片付けをした。それから、タオルを用意して。あ、tシャツ。これはメンズサイズで買ったやつだから、きっと着れるよな。流石にズボンは入らないよな。でも、これなら少し大きいサイズだから着れるかな。


寝室が服で散らかっていく。


何で新島のためにこんなことしてるんだろう。


そんなことを思ったが、今は昨日介抱してくれたお礼ということにしておこうと思った。


選んだ服を脱衣所に持って行って、タオルと一緒に置いてから、寝室に散らかった服を畳んでクローゼットに戻していく。


暫くすると、私のスマホが鳴った。ディスプレイには新島の名前が表示されている。



「もしもし、」


「あー、ごめん。部屋、何番だっけ?」


「あ、508。鳴らして。」



するとすぐにインターホンが鳴って、マンションの玄関のセキュリティを解除した。



「ありがとう。」



そう言って電話が切れた。


なんか、ひとりじゃない日も悪くないかも。


服を全て片付けた時、玄関の開く音がした。



「おかえりなさい。」


「うん、ただいま。お風呂借りてもいい?」


「うん。タオルと着替え、置いておいた。新島、細いからサイズは多分大丈夫だと思うけど、もし小さかったら、申し訳ないけど、」


「大丈夫だよ。ありがとうね。」



そう言った新島は、また私の頭に左手をポンっとしてからお風呂場に行った。


私は玄関の鍵をかけてから、寝室に戻った。


新島の頭をポンっとするのは、癖なのかもしれない。


というのは、やられているのは私だけではない気がするということだ。


新島は、入社してすぐに偉い人から、仕事が出来る、と目を付けられていた。そして、本人の向上心も買われ、入社して1年目にはもうプロジェクトの中心メンバーとして活躍していた。


一方、向上心のない私は、上から言われた仕事をいつも言われ通りにミスをせずにこなすことを一生懸命に頑張っていた。何度もプロジェクトの話を断り、その度に新島からは勿体ないと言われたが、私にとっては変わらない毎日が十分に幸せだったのだ。


会社の中では雑用係の私に、いつもの資料と追加でプロジェクト用の資料を頼んでくるのは、新島だけだった。そして、作り終わると、誰も見ていない場所で私の頭をポンっとする。いつも決まって言う言葉は、よく纏まってて見やすいよ、だった。


でも私と新島の距離は所詮そこまで。一緒にプロジェクトをやったことがある訳でもないし、プライベートでも会わない。



「私だけじゃないと思うんだよな。」


「何が?」



自分に問いかけた質問の答えが、音になって返ってきた。


私は驚きすぎて、声のする方を振り返った。



「新島、上がるの早くない?」


「人の家の風呂でなんてゆっくり出来ないでしょ。服、ありがとうね。上も下もサイズ大丈夫だった。」


「そ、そっか。よかった。」



寝室の扉、閉めておけばよかった。


完全に独り言が聞かれてしまった。


新島はリビングの方に行ったようで、私は大きな溜息を吐いた。



「びっくりした。」



さっきよりも200倍小さい声で呟いた。


さて、これからどうするのだろうか。時刻はもう9時だった。私は寝室を出て、リビングに行った。



「新島。今日は予定無かったの?」


「今日はオフだからね。休日は家から出ないの。」


「私と一緒ね。」


「朝日はインドア極めてそう。寝室に冷蔵庫あるなんて初めて見たよ。」


「え。ああ、そっか。」



何で知ってるの、

って思ったけど、朝ベッドで寝ていたということは、昨日の夜、新島がベッドまで運んでくれたということだろう。


一瞬で納得して、私は愛想笑いをした。



「もう少し、居てもいい?」


「いいけど、何も楽しいことなんて無いよ?」


「休めればいいんだよ。」



新島は自分の鞄の中から、ゲーム機を取り出した。


ああ、そういう系のインドアさんなんだ。


プライベートの新島を見るのは初めてで、少し新鮮だった。

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