トレーニングその六 描写練習
小説家の腕の見せ所が描写です。比喩を巧みに使ってユーモラスな表現をしたり、緻密な風景描写で空間や季節感を感じさせたり、はたまた背筋が凍るような恐怖を演出したり、涙がでそうなラブシーンを書いたりできるのも、小説家の描写力があるからです。
この描写練習も多くの小説家が勧めるトレーニングです。大体のアドバイスでまず身近な物を文章に直してみることを勧めていることが多いですね。自宅から駅までの風景を描写しろとか、電車に乗っているとき車両の中の様子や目についた人なんかを描写してみろ、とかよく聞くトレーニングですね。
*3の保坂和志「書きあぐねている人のための小説入門」でも描写の練習を勧めています。ここでは写真やスケッチをもとに風景描写をやってみることを勧めています。
元来並列的な情報である視覚情報を線的な文字情報に置き換えるのは、困難が伴うと保坂氏は言います。そしてその困難さを乗り越えようとするところに、身体の動きというか肉体の軌跡が出るのだと言います。これは楽器を演奏するときの奏者の肉体の動きや、絵画のタッチのように、小説を芸術として成り立たせる重要な要素なのだそうです。
たしかに、描写には個性が出ますよね。ライトノベルの風景描写なんかは簡潔なのが多いですし、文学はもう一歩緻密に風景を書き、件の保坂和志氏の描写は凄いの一言。
いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どうやってと言った所謂5W1Hを伝えるのも風景描写の大切な役割です。ここが作品世界のイメージを形造る大事なポイントです。
よく、描写の練習はスケッチに例えられます。洋画だろうが日本画だろうが、はたまた漫画やイラストレーションなど、それに携わる人は。習作に膨大なスケッチを鉛筆なんかでしますよね。あれのイメージなんでしょうね。
今まで紹介してきた、読書や筆写や音読なんかはフィードバックの無い練習でしたが、この描写練習は手元に描写した文章というモノが残ります。そこから試行錯誤ができる、それがとても大事なことなんですよね。
小説が書けない、書いたしてもとても拙くて見ていられない、なんて書き始めた頃にはよくあることです。そういう時は基礎に立ち返ったつもりで、音読、筆写、読書なんかと平行して、この描写トレーニングをすることをお勧めします。
写真を見て、それを風景描写するというだけなら、少なくとも短編を書けとか長編小説を書くなんてことよりずっと短い時間でフィードバックを得られる試行錯誤ができます。
細かな練習を積み重ねて経験値を得ることも、特に学習の初期段階では有効です。
*18 (Josh Kaufman (2014) The First 20 Hours: How to Learn Anything . . . Fast!. PenguinGroup (ジョシュ・カウフマン 土方奈美(訳) (2014) たいていのことは20時間で習得できる 日経BP社)
という本で効果的な練習とは、技能をいくつかのサブスキルに分割して、フィードバックを得ながら試行錯誤することだと述べられています。
描写練習はまさに小説のサブスキルの育成です。実は小説を書くという技能はかなりたくさんのサブスキルに支えられているのですが、描写はそのフィニッシュワークでの見栄えの良さにかなり影響するサブスキルです。
美しい小説を書いてみたいという人はぜひじっくりと描写練習に取り組んでみてください。
簡単にできるのに奥深いのがこの描写練習です。本当はこの写真を見て描写してみようとかみたいな描写練習問題集を作って比較できるプロの例文とかが添えてあると練習がはかどるんでしょうが、誰か初心者向けにそういう本を書きませんかね?
まあ実際にはお手本は小説の中から見つけるしかないんでしょう。この練習もただ漫然と続けるよりは読書なんかと並行してやると効果的だと思います。
時間があまりなくてもできるので、普段仕事が忙しい兼業や趣味で書いてる人なんかにお勧めの練習です。
いくつか描写のコツみたいなものを最後にまとめるとすると、意外に視覚以外の描写ができると描写に厚みがまします。暑い寒い等の皮膚感覚、味や匂い、そして音。これらの感覚を駆使すると、まるでその場にいる様な臨場感のある描写ができたりします。
通勤の電車の中の描写でも、音や匂いとか冷房、暖房の具合とかが加わると、ぐっと臨場感が増しますよね。
風景写真を見て描写練習する時も、自分がその写真の中に入ってしまったように五感を使い、陽射しや音、匂いなんかを想像してみてください。きっとスラスラと筆が進むと思います。後はその文章を詩を作るみたいにじっくり推敲してみてください。これだけでかなりいい練習になるはずです。描写練習については以上です。
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