第30話 決勝

 見事といえるか分からないが、ムスケリオンを制した俺たちヒッポスは来る決勝戦に向けて準備をしていた。準決勝はさっき終わり、予想通りエウクレイアが勝利した。彼らは続けて試合をする為、少し休憩を挟むことになっている。それが終われば決勝戦が始まる。

 体を伸ばしたり、船の手入れをしているみんなの前にアイナスが立ち、いつも通りの演説を始めた。


「諸君、次で勝敗が決まる。我々はここ数年間エウクレイアに負け続けてきたが、今回こそは勝利の栄光を掴むのだ!」


 アイナスの言葉にみんな拳を天高く突き上げ、盛大に答えた。何だか不思議な高揚感だ。一つのチームとして汗水垂らし、共に戦う事の素晴らしさを知った気がする。あの街に居続ければ味わうことも学ぶことも出来なかっただろう。俺はこの祭りを通じて改めて旅に出てよかったと実感した。


「今度こそあのコードスに一矢報いてやろう!」

「そうだ兄貴の言う通りだ!」


 リュルゴー兄弟が次々に言う。それに対してみんな「そうだそうだ」と賛同する。何年も何年もエウクレイアに負け続けてきた彼らの思いは俺には計り知れないが、相応溜まりに溜まっているものはあるのだろう。


「では、行くぞ!」


◇◇◇


 会場はさっきまでとは比べ物にならないくらいの熱気に包まれている。昼になり、太陽が真上に来ているからかもしれないが、そういう暑さではない。人々の熱意と言うべきだろうか、出場する訳でもないのに、この祭りにかけるミトレアの人々の情熱はただものではない。そんな中で戦える事に何よりの喜びを感じている自分が居た。

 対戦相手であるエウクレイアは、リーダーのコードスが旗役として立っていた。長い髭は海の水にぬれてちりぢりになっている。俺よりも太い腕は旗をしっかりと握り、旗が風を切る音はこっちまで聞こえてくる程だった。そして何よりも王者の威圧感というものも感じた。俺は思わず息をのみ、果たして本当に勝てるのか不安になった。

 だが、そんな不安を抱く事は、ここまで共に戦った仲間に対しても失礼だと思い、すぐにそんな考えは海に捨てた。俺は対抗するように旗を思い切り振り、気持ちを切り替えた。

 火球が天高く打ち上げられ、試合が始まった。


「まずは敵の右斜め前に出るぞ!」


 アイナスが銅鑼を鳴らしながら指示をする。ここで俺たちが右斜め前に出る理由は、エウクレイアとにらみ合う事を避けるためだ。上位のチームになってくると、試合が始まると相手の出方を伺うために睨み合いが発生する。睨み合いが発生すると、ちょっとした隙を見せるだけで敗北につながる。ヒッポスは二回ほど睨み合いで負けている。

 エウクレイアの連中もこの行動にはびっくりしたようだが、流石はチャンピオンチーム、落ち着いてその場で旋回をし、船首を常にこちらへ向けてきた。普通のチームならばチャンスと思い、ここで俺たちに向けて突撃してくるだろう。だが奴らは俺たちが一戦目で見せたバックの攻撃を警戒しているのだろう。


「後退!」


 ここで俺たちは後退を行った。エウクレイアの連中も負けじとそれに続いて旋回する。ある程度下がったところで、俺たちは再び前進をした。前進して、後退して、それを何度も何度も繰り返した。流石のエウクレイアの連中も、この行動の意味が分からないようで、困惑した表情をしていた。だが、これは俺たちの立派な作戦だ。


「アイナスよ! 貴様は何故その様な行動をするのだ!」

「コードスよ、私がそう易々と手の内を明かす愚か者だと思うのか!」

「どの様な足掻きをしようが我がエウクレイアに勝てるはずがあるまい! お前たち怯む事無く進め!」


 痺れを切らしたコードスは前進を命じた。加速により勢いをつけた船がこちらへ突っ込んでくる。俺たちはこの時を待っていた。


「皆! 旋回してエウクレイアの船と平行の形を取れ!」


 アイナスの号令で船は旋回し、エウクレイアの船と平行になる形を取った。一歩間違えれば船尾に追突されるが、あそこまでスピードの出た船は急には曲がれない。

 猛スピードで横を通り抜けるエウクレイアに並走する形で俺たちも船をこぎ始める。完全に俺たちが相手の後ろを取ったのだ。


「このまま船尾に激突せよ!」

「しまった! これが狙いかアイナス!!」


 コードスは急いで船尾を守ろうと減速し、方向転換しようとする。だがこの減速が勝敗を決する要素となった。あのままエウクレイアが減速せずに逃げる選択を取っていたら、漕ぎ始めたばかりでスピードも出ていない俺たちが追い付くことは無かった。俺たちを振り切って体制を立て直してきただろう。だが、減速する事によって俺たちは相手の船尾にぶつかる事が出来た。

 船首に取り付けられた金属が、エウクレイアの赤い船を砕いていく。危機を感じた漕ぎ手達は海へ飛び込む。ヒッポスの船首は銅鑼がある中央まで、コードスの目と鼻の先にまで達した。

 

「勝負あり! 第125回船闘祭、勝者はヒッポス!」


 審判の高らかな声と共に、海から火球が晴れ晴れとした空へ打ちあがり、色とりどりの花を咲かせた。こんな昼間に花火を打ち上げても見えないが、そんな細かい事はどうでもいい。花火と共に大歓声が響く会場の中、アイナスを始めとするヒッポスの仲間たちは歓喜に湧いていた。彼らは数年ぶりにチャンピオンの座に返り咲いたのだ。そして彼らは喜びのあまり海に飛び込み、まるで子どものようにはしゃいでいた。それを見て俺も何だか嬉しくなり、彼らの後に続いた。

 こうして俺の、いや俺たちの船闘祭が終わったのだった。

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