第29話 筋肉弾
初戦は見事ミケネースに勝利した俺たちは、水分補給やストレッチをしつつ予選がすべて終わるのを待った。予選の結果はトーナメント表に随時掲載されていく。予選最終試合が終わり、次に進むチームは、ムスケリオン、ヒッポス、アスピダ、ターラサ、エウクレイアとなった。この中で、エウクレイアは準々決勝には出場せず、アスピダ対ターラサで勝った方のチームと戦う事になる。
一方で、次の試合はムスケリオンと戦う事になるのだが、この試合に勝ったチームは準決勝に進むことなく決勝に飛ぶことが出来る。何だかややこしいが、チームの数の都合上仕方がない。端的に言えば一番戦わなきゃいけないのはアスピダもしくはターラサである。決勝に出るには四回対戦をする必要があるのだ。何はともあれ、俺たちはこの試合でムスケリオンに勝利しなくてはならない。
「カシス、体調はどうだ」
船を出す前に、アイナスが尋ねてきた。
「今のところは大丈夫そうだ……だが連中の攻撃に耐えれるかどうか自信はないな」
俺が少し不安に感じているのが、ムスケリオンの攻撃だ。彼らははっきり言って高い技術がある訳ではないし、はっきり言えば俺たちの方が遥かに上手い。じゃあ何が問題なのか、それは彼らの驚異的なスピードにある。彼らは持ち前の筋肉を使って漕ぐのだが、そのパワーは驚異的なものだ。普通こういうのは力だけでなく技術が求められるが、彼らは不足した技術の分を力で補ってしまう。その卓越した力で進む船に正面からぶつかれば一撃で船は撃沈するだろう。
「案ずるでねぇカシス、奴らの対処法は昔から決まってるんだべ」
右舷六列目担当のアホロは長靴を履きながら言った。
「そうなのか?」
「ああ、だから何も心配はいらねぇんだ」
アホロは笑いながら言った。その自信はどこか
「そういやアホロってこの辺りの訛りっぽくないな」
「おれは元々テラ大陸の北端トル・ケスク・ナ出身だべ。昔船で遭難してここに流れ着いたんだ」
彼の言うテラ大陸とは、今いるエルドゥーバ大陸の南西に位置する大陸だ。第二大陸とも呼ばれている。中央に連なるルバト山脈を境に、大陸の北は自然豊かな南国の地域で、南は極地に近い為凍えるほどの冷たい地域となっている。
「今ではこっちで嫁さんも貰ってな、こっちで暮らしているんだべ。まあたまに帰省はしているんだがな」
アホロはケラケラと笑いながらそう言った。いずれテラ大陸の方にも渡りたいと思っているので、後で向こうについて聞いてみるとしよう。
俺とアホロとの話が一区切りついたところで、準々決勝の開始を告げるアナウンスが言い渡された。それを聞いたアイナスは皆の前に立ち、いつも通り大袈裟なジェスチャーをしながら皆を鼓舞した。
「我らがヒッポスの栄誉の為に、皆締まって行こう!」
◇◇◇
青い帆が張られた大型の船、大会関係者専用の観覧船のデッキは観覧者でごった返していた。その中にシャル達は居た。彼女たちは何とか最前列を抑え、カシスの雄姿を容易に見る事が出来ていた。
「次の試合にカシスさんが出るんですよね?」
「そうよ。対戦相手はムスケリオンっていう屈強な男たちが集まったチームらしいの」
「屈強なんてもんじゃねぇぜ。奴らの肉体は海の魔物でも噛み千切れねぇのさ」
エチュードとセレンの間にある男が割り込んできた。それはカシスに祭りについて説明した男、パラロスであった。
「パラロスさんお久しぶりです」
シャルは元王女らしく丁寧なお辞儀をした。
「ああ、久しぶり。どうだ、祭りは面白いか」
「ええ、とっても」
「それはよかった……あ、ほら見てみろ、選手が入場してきたぜ」
パラロスに言われ、シャル達は海上を見た。先程と同じように、綺麗に並んで二艘の船が入場してきていた。この観覧船は入場口の反対側にあり、正面から入ってくる船を見る事が出来る。彼女たちから見て右がカシスたちヒッポス、左がムスケリオンであった。
黄色い塗料で塗られたムスケリオンの船の上には、オイルによってテカテカに光り輝いている屈強な男たちがぎちぎちに詰まっていた。彼らは所定の位置まで来ると、前から一人ずつ立ち上がり、自らの肉体を誇示するかのようなポーズをとった。ポーズが決まる度に観客から、特に男性陣から熱烈な歓声が上がった。
「あれがムスケリオン……」
「男性フェロモンむんむんって感じね」
「すごい強そう」
シャル、セレン、クロリスは次々に感想を述べた。
「彼らは見た目通り攻撃特化のチームだ。まるで銃弾の様に突っ込んでくるその姿は"筋肉弾"といって恐れられているのさ」
「さっきのチームはかすっただけでも沈められてたっすもんね」
「ああ、トルレイオスは今回初出場のチームだったから奴らの恐ろしさを知らなかったんだ。だがヒッポスは奴らの倒し方を熟知しているから大丈夫さ」
試合開始を合図する火球が上げられ、準々決勝が始まった。試合が始まるや否や、ムスケリオンは大きく後ろに後退し始めた。その勢いは凄まじいもので、一度漕ぐだけで他の船の倍以上の距離を下がる事が可能であった。ある程度距離を離したムスケリオンは、大きく鳴り響いた銅鑼と共に、今度は前進し始めた。海が割れる程のスピードで突撃していくその船は、"筋肉弾"と呼ばれるにふさわしいものであった。
一方カシスたちヒッポスは、冷静に斜め右へ舵を取り、ムスケリオンの進行方向から抜け出していた。ムスケリオンは猛スピードでヒッポスの横を通り過ぎ、そのまま場外へと飛び出していった。
「ムスケリオンのリングアウトにより、準々決勝一試合目はヒッポスの勝利!」
再び青い狼煙があげられ、観客は大きな歓声を上げた。が、シャル達は呆気に取られていた。
「あ、あんなのありなんですか!?」
「ありも何もあれが昔っからムスケリオンに対処する方法さ。彼らも分かっててやっているし、ある意味大会の風物詩ともいえるな」
「な、なるほど……」
シャルは首をかしげながらヒッポスの船を見た。喜んでいるアイナス達の傍ら、何が起きているのか困惑しているカシスが居た。
「まあ、ああなるよね」
困っているカシスを見て、シャルは何だか面白く感じくすりと笑った。
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