第28話 初戦
開幕式から一時間後、定刻通りに第一試合が始まった。第一試合は筋肉だるまが集まったチーム"ムスケリオン"と、全員現役の船乗りで構成されたチーム"トルレイオス"の戦いだ。俺たちは次の第二試合があるので、この第一試合を実際に見ることは出来ないが、沖合の方からは船のぶつかる音、男たちの雄たけび、観客の歓声が聞こえてくる。その音や声を聴いているだけで興奮し、早く戦いたいという気持ちになる。しかし、こういうはやる気持ちを抑え、冷静になっておかなければ勝利は掴めない。俺は深呼吸をし、高鳴る心臓を落ち着かせた。
しばらくして、何かが壊れる音と共に、より大きな歓声が鳴り響いた。勝者が決まったのだ。流石のアイナスたちでも、どっちのチームが勝ったかは気になるようで、ドスドスと波打ち際まで走って行き沖合の方を見つめた。すると、審判が乗っている小舟から紫色の煙が立ち上った。"ムスケリオン"の勝利だ。
「ムスケリオンが勝ったのか」
腕を組みながら、アイナスが言う。
「ってことはぁ、もしこの試合俺たちが勝てば奴らと戦うって事だよな」
相変わらずのぼさぼさした髪を潮風に揺らしながら、オイウスが尋ねる。アイナスは「そうだ、なかなかの強敵だ」と答えた。"ムスケリオン"は他のどのチームよりもパワーがあり、どのチームも真正面から戦えば力負けして撃沈してしまうだろう。が、あくまで彼らと戦うのは"ミケネース"に勝利してからだ。今の時点でああだこうだと悩むべきではない。
準備を終えた俺たちは、係員の指示に従って船を海に出した。そしてここから試合会場まで船を漕いでいかなければならない。しかもただ漕ぐだけでなく、対戦相手と揃っていかなければならないのだ。アイナス曰く、これはフェアな戦いを行うという意思表示の意味があるらしい。少しでも先行したり遅れてしまえば失格になるので、皆は普段よりも気を付けて漕いでいる。
それから二分ほど経ち、何とかずれることなく無事に会場に到着した。会場は五隻の大きな観覧船と、十隻ほどの小型船に囲まれたところであった。観覧船は言わずもがな、街の人々が試合を見る為のものだ。一方小型船は運営側の船で、海に投げ出された選手を救出したり、審判をしたりする役割がある。こういった危険な競技だからこそ、万が一の事があっても問題ないような万全の体制をとっている。
会場に入った二隻の船は、左右に分かれる。そして中央で距離を取って向かい合う形をとった。
「これより第二戦、ヒッポス対ミケネースの試合を開始する!」
審判の男はそう宣言すると、魔法を使い右手から火玉を空へ向けて放った。試合開始の合図だ。
「行くぞ!!」
試合が始まると直ぐに、アイナスが叫び銅鑼を大きく鳴らす。その合図と共に船は前進していく。ここから俺はバランスを取りながら旗を振らなければならない。
俺たちの船は真っ直ぐミケネースの船へ向かって突っ込んでいく。一方ミケネースは後退をした後に左へ抜けた。恐らくここからぐるりと会場の縁を回り、後ろから衝突してくるつもりだろう。
「後ろに回られる前に奴らを追うぞ!」
アイナスもそれに気づいたようで、左へ方向転換するように指示を出す。フェッタを始めとする右舷担当は大急ぎでオールを動かす。船体が左へ向いた途端、船尾すれすれをミケネースの船が通過した。あと一歩遅れていれば大打撃を食らっていただろう。だが、逆に言えばこれはチャンスでもあった。
「総員後ろへ引け!船尾をぶつけてやるのだ!」
号令と共に、船は後進し始めた。そして通り過ぎようとしていたミケネースの船へ直撃した。後ろから来る衝撃には慣れていなかったので、俺は少し倒れそうになるも何とか耐える。後ろを振り返ってみると、ただ下がってぶつかっただけなので、相手の船体自体に大きな損傷は与えていなかったものの、予想外の攻撃により相手のバランスを崩す事には成功していた。相手が止まっている隙に、俺たちは相手の右舷側へ回り込んだ。相手は一旦体制を立て直そうと会場の端へ逃げようとしていた。だが、それは悪手であった。相手が逃げようと俺たちから距離を離せば離すほど、船を加速させるのに十分な距離を空ける事となる。この距離から前進をすれば、かなりの加速を得られる。
「進めぇッ!!」
アイナスは銅鑼を何度も何度も鳴らし、その度に船の速度がどんどん上がって行く。無風だった海上から風を感じられるほどに加速した所で、船首がミケネースの船尾に直撃した。ミケネースの船尾は粉々に砕け、中に水が入り始めた。この時点で、ミケネースの船が沈むことは確定となった。
審判が乗った船がこちらにやってきた。そしてミケネースの船が試合を続行できない状態である事を確認すると、青い狼煙を上げ、高らかに勝者を告げた。
「第二試合、ヒッポスの勝利!」
観覧船からはワッと歓声が上がった。何とか初戦を勝つことが出来たのだった。さっきまで険しい表情で必死に漕いでいた漕ぎ手達も、雄たけびを上げて喜んでいる。アイナスに至っては銅鑼を叩いて喜びを表現していた。俺も何だか体験した事のない嬉しさや高揚感に見舞われた。嬉しさを表現するために、俺は大きく旗を振ったのだった。
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