第27話 船闘祭開幕
ミトレアに来て一週間が経った。この一週間、素人ながらも必死に練習した結果なんとか形だけは様になった。船同士がぶつかり合った時の衝撃は未だに慣れないし、吹き飛ばされそうになるが、ここまで来たらもう気合で乗り切るしかない。
俺はいつも通り朝の六時ぐらいに目を覚まし、そして宿を出る。いつもはシャルとセレンが見送りに来てくれるが、本番当日は皆で一緒に見学船に行くらしいので、俺一人で行くことになった。一応二人は宿の外までは来てくれて、それぞれ応援の言葉を言ってくれた。
「カシス、頑張れ」
「応援してるわ」
「ありがとう。昨日渡したチケットを見せれば、選手関係者枠の船に乗れるはずだから、是非使ってくれ。じゃあ行ってくる」
俺はそう言い残して、会場へ向かった。山の向こうから昇り始めた太陽は、入り組んだ住宅街に光を流し始め、光の反対側から潮の香りを乗せた風が吹いてくる。街の人々は既に目を覚まし、動き出している。俺の事を選手と知っているからだろうか、すれ違う人々からは口々に「がんばれよ」「応援してるぞ」「必ず優勝してくれ」といった応援をしてもらった。旅人なのに、まるでこの町に住んでいて、みんなと知り合いでいるような気分になった。不思議な気分だ。
宿から歩いて10分、集合場所のトンペイオス海岸に到着した。海岸には既に多くの人が居て、チーム毎に並んでいる。俺は砂ささっている青い旗の前に並んでいる列に入った。
「おうカシス、体調はどうだ?」
列に入った俺に気づいたアイナスが声をかけてきた。
「ちょっとばかり緊張しているな」
「祭りなんだからそんな気にしなくてもいいじゃないか」
「兄貴の言う通りだ、楽しめばそれで良しだ」
俺の緊張をほぐそうと、そう言ってきたのは右舷と左舷それぞれの一列目を担当する、リュルゴー兄弟だった。兄のフェッタは右舷担当で、弟のコルデーは左舷担当だ。彼らは一番危険で過酷な一列目を何年にも渡り担当している歴戦の漕ぎ手だ。
それからしばらく緊張ほぐしの意味も込めて雑談をしていると、砂浜に置かれた演説台に、初老の男性が立った。ミトレア町長のリアニ氏だ。この辺りの民族衣装、確かドゥガとかいうやつを着ている。
「この素晴らしい青空の下、"船闘祭"を挙行出来る事を喜ばしく思う。さて、今回の祭りは王都の方から新聞取材が来ている。優勝したチームは大々的に取り上げてもらえるぞ」
町長の言葉に、選手は大きな歓声を上げた。商業で栄えているとはいえ、アケーシュ王国の南端の田舎町に取材が、それも王都から来ることなんて滅多にないのだろう。だからこんなに沸くのだろう。
それから実行委員会の方からいくつか注意事項が読み上げられ、今から一時間後に第一試合が始まる事となった。解散後、大会本部の横にトーナメント表が掲示された。試合の順番と対戦相手はこの通りだった。
第一試合 ムスケリオン対トルレイオス
第二試合 ヒッポス対ミケネース
第三試合 リトロン対アスピダ
第四試合 ターラサ対フィーラ
第五試合 エウクレイア対アーロス
俺たちの出番は第二試合の対ミケネースだ。ミケネースはこの街に駐屯している王国兵で構成されているチームで、軍隊なだけあって統率力はトップクラスの強敵だ。だが、練習の成果を存分に発揮できれば何も怖いことは無い。気合を入れていこう。
俺は準備運動などをしながら、緊張の一時間を過ごした。
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