第25話 酒場
俺とセレンはアイナスに連れられて、あの港から少し歩いた所にある家に訪れた。家の前には青いのぼりが何本も立っていて、海風に揺らされている。ここがヒッポスの本拠地らしい。住居というよりそこはどうやら酒場のようで、まだ昼なのに中からはぎゃあぎゃあと騒ぐ音が聞こえてくる。
「おうお前ら、帰ったぞ!」
アイナスはドアを開けながら、さっきまでの悠然とした口ぶりではなく、中年のおっさんらしくガラガラとした声を出した。俺たちは彼に続いて中に入る。中は昼から酒を飲んでいるおっさん達でいっぱいだった。おっさんたちは陽気に笑いながら入ってきた俺たちを見る。
「こいつはカシスだ。旅人だが、今回の祭りには我がヒッポスに参加してくれるそうだ!」
「おおっ! 流石はアイナスだ! あのコードスを倒して彼を招き入れたのか!」
まるで勝利演説の様に話すアイナスに、おっさんたちは既に勝利したかのような反応を示した。本当にいちいち大袈裟な奴らだ。
「カシスだ、東の方から旅をしてきている。よろしく頼む」
俺が自己紹介をすると、おっさんたちは口々によろしくと陽気に答えた。
「改めてよろしくなカシス。ところで隣に居る女性はお前の妻か?」
アイナスは隣に立っていたセレンの方を向きながら俺に尋ねた。妻ではないが、正直なんと説明したらいいか分からない。元奴隷だなんて言った場合、大変なことになるのは目に見えている。
なんて説明すればいいか悩んでいる俺の事を、セレンはちらっと見た後に彼らに向けて口を開いた。
「カシスさんは身寄りのない私たちを養子として引き取ってくださったの」
セレンは笑顔でそう答えた。彼女は時よりさらっと嘘をつくことがある。それも大体決まって笑顔を見せながらだ。彼女のこの様な振舞いにはいつもゾクッとさせられる。
アイナスたちはセレンのいう事を信じたようで、みんな口々に俺の事を称賛した。なんと徳のある人だ、素晴らしい人だ、と。彼らは恐らく本気で俺の事を称賛しているのだろうが、正直に言えばあまりいい気分ではない。俺は自分のしてきたことなどで人に褒められたことはない。これは至極当然のことで、奴隷商人なんて人売りの仕事をしていたからだ。じゃあ尚更褒められたら喜ぶのではないかと思うかもしれないが、あくまでこれは嘘の行為を褒められているだけだ。素直に喜ぶ訳にはいかない。
「どうした、浮かない顔をして」
アイナスは心配そうな顔をして聞いてきたが、俺は何もないと一言返した。
「それじゃあカシスよ、景気づけにという意味も込めて、酒でも飲みながら祭りについて話してやろう」
「おいおい、まだ昼間だぞ……?」
「何言ってんだ! こんなめでてぇ日に酒を飲まずにどうしろってんだ!?」
横からぼさぼさの赤い髪をした男が、俺の肩に手をまわしながらそう言った。その口はとても酒臭かった。
「そうだ、オイウスの言う通りだ! とにかく酒を飲まない事には始まらんぞ!」
「ほらアイナスもそう言ってるだろぉ!? この街にゃ東西南北ありとあらゆる所の酒が揃っている。好きなのを選べ!」
俺は昼間から半強制的に酒を飲まされることとなった。
◇◇◇
太陽が海の彼方へと沈み、辺りがすっかりと暗くなった頃、俺はようやくヒッポスの彼らから解放された。俺はあまり酔わない方だが、ここの地元酒の"キャリース"という酒はかなりくる。頭が痛く足元はふらつく。店の前ではシャルとセレンが心配そうに立っていた。
「カシス! 飲みすぎよ! セレンさんが急いで探しに来たから何事かと思えば……」
「あぁ、すまない。みんなに飲まされて……おっと危ない」
ふらふらのあまり体制を崩して地面に倒れそうになった。咄嗟にシャルとセレンが支えてくれたので、顔面を硬い石畳にぶつけずには済んだ。
「ところで、ルーイたちは?」
「先に宿に行ってるわ。あの子たちはあまり酒場とかには近づけたくないのよね」
セレンが答える。彼女はルーイやクロリス、エチュードをまるで妹の様に大事にしている。一見大人びていて近寄りがたい印象を持つが、ちゃんとあの子たちの事を誰よりも思っている。
「セレンんんんん、お前はいい奴だなぁぁぁぁ」
「うわ! 酒くさッ!!!」
セレンの仲間思いな所を考えていると、無性に彼女を褒めてやりたくなって頭をわさわさと撫でてしまった。すると距離が近すぎたのか、口から漂う酒のにおいが彼女の鼻に届いたのだろう。セレンは臭いと絶叫しながら俺を石畳にたたきつけた。ここまでならまだ俺の顔面が血だらけになるだけですんだが、叩きつけられた拍子に腹にたまった海鮮物やらなんやらが一気に口の外へ飛び出した。
「吐いた! カシスが吐いたわ!」
「あらあら、やってしまったわね……」
こうしてミトレア滞在一日目は悲惨な結果で幕を閉じたのであった。明日から一週間の練習に、果たして耐える事は出来るのだろうか……
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