第24話 赤か青か

 俺たちは町の南側にあるケオス港に来ていた。ここには他のところと違い、漁や商業用の船ではなく特徴的な船――極彩色な細長い手漕ぎの船で、舳先が硬い金属がついている――が並んでいた。その船は白い街並みの中で異様な雰囲気を醸し出していた。あれが"船闘祭"で使われる船か。


「すっごいカラフルな船っすね。うちらが乗せてこられた船とは大違いだ」


 ルーイは船を見て自虐的な奴隷ジョークを飛ばす。


「きっとあの色合いは魔よけの意味があるのね」

「なるほど、だからあんなにカラフルなのか」


 シャルの考察に俺たちは納得した。そういや昔読んだ本に、一部の色は魔よけの効果を持つって書いてあったな。つまりこういう感じで使われているんだなと、俺はさらに納得した。

 そんな船が並ぶ港の、少し開けた部分に何やら人だかりができていて、そこからやけに力強く、そして高らかな声々が聞こえてくる。多分あそこで説明会をやっているのだろう。

 俺はさっそく行こうとしたが、ふと自分の腕時計で時刻を確認した。とっくに正午を回っていた。時間を見るまでは何も感じていなかったが、正午を過ぎていると認識するや否やどこからともなく空腹感といったものがやってきた。シャル達を見ると、彼女たちも―特にルーイが―お腹をすかせている様に見える。


「そういや朝も早かったし、何も食ってなかったなぁ」


 俺はそうぼそりと呟いた。そして財布から1000ミル紙幣を取り出し、彼女たち一人ひとりに渡した。

 

「俺はちょっと説明を聞いてくるから、お前たちはこれで昼飯でも食ってこい。ただ単独行動だけはしないようにな」

「やった! ありがとうっす!」


 単独行動をするなと言った傍から、現金を貰いハイテンションになったルーイは元気よく街の内部へ走って行った。それを呆れたようにクロリスが追いかけ、そしてその二人をシャルとエチュードが慌てて追いかけていった。


「あらあら、元気ね」

「全くだよ。セレンは行かないのか?」

「ええ。実はさっき持ってきたチョコレートを食べちゃったのよ」

「チョコレートで腹が膨れるのか? 何か食った方がいいような気もするが……」


 俺はそう尋ねたが、彼女は艶然と微笑むだけだった。その笑みからはまるでレディーの食事情に口を挟むなと言わんばかりの無言の圧を感じた様な気がするが、まあ気のせいだろう。走って行ったシャルたちを見届けた後、俺とセレンは大小さまざまな声が飛び交う人ごみの中へと入って行った。


「いいかぁッ! 今回の祭りこそこのヒッポスが勝利するゥ!!!」

「数年負け続けて何を馬鹿なことを! 今年も我らエウクレイアに神々が微笑んでくるのだぁ!!!」


 ここの民族衣装だろうか、肩を半分出すように布を巻いた服装――エウクレイアの名を叫ぶ者は赤、ヒッポスの名を叫ぶ者は青のラインが入った――を着ている男が二名叫び罵り合っている。見るからに彼らがそれぞれのチームリーダーなのだろう。


「海の魔物を倒した英雄の名を冠した我がヒッポスこそが勝利の栄光を掴むのだ!」

「戦の女神を象徴するエウクレイアが今年もこの祭りを制する!」


 二人の男が腹の底から高らかに言葉を発する度に、観衆はおおっと歓声をあげる。ギーシャ語はこういうふうに力強く突き抜けるような言葉遣いをする。だからまるで彼らは何かの役者で、演劇を見ているような気分になる。それにしても息継ぎもしてないのによく長い言葉をスラスラと話せるものだ。多分俺には無理だろう。

 因みに俺がギーシャ語を理解できるのはさっきクロリスに魔法で喋れるようにしてもらったからだ。ただ細かい方言やらなんやらまでは理解する事が出来ないがな。


「そこの旅人よ!」


 ふと俺は青い方の男に指をさされ、指名を受けた。観衆は一斉に俺の方を見る。


「お前もこの祭りに参加するのだろう! お前の様な海の如く美しい青の眼差しを持つ者は是非我らヒッポスに加わるべきだ!」

「あ、いや俺は」

「いいや、彼の青の目の中には燃えるような闘志が見える! 彼こそエウクレイアに加わるべきだろう!」


 そこから彼らは俺の意見も聞かずに「いやヒッポスだ」「いやエウクレイアだ」などと俺の所属について対立し始めた。正直な話、俺はこの目の色は嫌いだった。ニーフェリア帝国は多民族国家だったが、キャノラン公国に近いセーランは目が緑色のトルリア人が多かった。青い目なんて西方から連れてこられる奴隷の目の色でしかなかった。その為何度か馬鹿にされた事もあった。だから俺はこの青い目が嫌いだった。

 だが今や俺の目の色は、このミトレアの地では受け入れられている。引き込むための適当なこじつけかもしれないが、この目が褒めたたえられている。俺はなんだかそれが嬉しかった。


「「旅人よ、お前はどちらに参加するのだ!」」 


 いきなり男たちは俺に尋ねてきた。どっちでもいいってのが本音だが、そういう訳にはいかない。


「じゃあ目の色と同じ色のヒッポスにするよ」


 俺がチームを選ぶと、観衆はワッと盛り上がった。そしてヒッポスのリーダーは俺に近づいてきて、手を差し出した。


「私はアイナスだ。よくぞ我がヒッポスを選んでくれた。歓迎する!」

「俺はカシスだ。よろしく頼むよ」


 俺たちは硬い握手を交わした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る