第17話 深淵の追跡者

 レツェールの信者共から何とか下水道へと逃げる事が出来た。流石に下水道の中まで敵が待ち伏せしている事も無く、凄く臭い事を除けば理想の逃げ道として利用することが出来た。足元を駆け抜けるネズミに、クロリスが追っかけようとするのを抑えながら、俺達は下水道を抜けて街の西側へ出た。すぐそこに西門があるので、さっさと街の外へ出てしまおう。

 急ぎ足で俺達は西門へと向かい、門を出ようとした。衛兵たちも、俺達が何者か知っているようで、トラブルに巻き込まれたくないからか声を掛けてくることは無かった。声を掛けられたら面倒なので助かるが、街を守る者としていいのかそれは。

 衛兵の態度にモヤモヤしながらも、俺達は門をくぐって街を出ようとした。ここまで順調だと思っていたその時だった。門の上から突如黒い塊が降って来た。石畳が粉々に砕け、砂埃が舞う。鎧が擦れ、不気味な金属音が辺りに響く。沈みかけの月を背に、登ってくる太陽の光すら吸収してしまう真っ黒な鎧に身を包んでいる。岩盤をそのまま削り取ったように荒々しく武骨な二本の大剣と、不気味な兜からそびえ立つ特徴的な細い角が、そいつが何者かを示している。"放浪者《プラネテス》"の中でも最も謎が深く、しかしこの世で最も強いと考えられている男、深淵のアーヴィスだ。

 俺達とアーヴィスの間は約数メートル。詰めようと思えば数秒で詰めてこれる距離だ。だが奴は黙ったままその場に立っていた。何もしてこない方が不気味に感じる。


「な、何の様だ」


 俺はビビりながらも、威勢よく声をかけた。だが奴は何一つ言葉を発さなかった。


「カシス、やっていいのか」

「馬鹿、勝てる訳ないだろ」


 杖を懐から取り出そうとしているクロリスをなだめるも、この状況を打破する為には戦うべきなのだろう。だが、こんな奴と戦って勝てる訳もなく、俺たち全員皆殺しにされて終わりに決まっている。じゃあ逃げるか? いや、この場から全員無事に逃げ切れる訳が無い。

 戦うべきか逃げるべきか、それとも他に何か手があるのか。あれやこれやと悩んでいても埒が明かない。何か行動しないと。俺が正しい決断しなければ、こいつらも悲惨な目にあってしまう。俺はこの状況になって初めて、俺のこの手の中に、五人の少女たちの命の重みがある事を実感した。やめろ、俺をそんな目で見るんじゃない。不安そうな目で見るな。この世界で生きていく事は全て自己責任だ。俺はお前たちの保護者でも何でもない!


「カシス!」


 シャルの呼び声で、我に返った。俺はこんな面倒くさい事を考える性分じゃない。とにかく行動をするべきだ。


「クロリス、目くらましを」

「了解」


 待ってましたとばかりにクロリスは杖を取り出し、その先端から白い煙を出した。煙は瞬く間に辺りに広がり、周囲を見えなくさせた。勿論俺達も辺りが見えないが、直線距離で突っ込んでこられない様に斜め後ろに慎重に下がり、門の中に入ろうとした。だが、そう簡単には行かなかった。奴はどういう訳か、迷いなく俺達の方へ一直線に突っ込んできた。奴は俺を叩き切るために、その歪な二本の大剣を振り下ろした。

 死を覚悟したその時だった。何かが俺とアーヴィスの間に滑り込み、手に持った巨大なハンマーで迫りくる大剣を止めた。俺はこいつを知っている。手入れされた形跡の無いきたねぇ髭をたくわえ、お世辞にもカッコいいと言い難い、いつもは腹立たしく感じるその顔を。


「ドーゥバ!」

「よぉ。見送りに来たぜ」

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