第16話 逃走劇
ペシア達が家を出て数十分後、俺達も家を出た。クロリスに魔法で周囲をサーチしてもらったが、ネズミ一匹検知されることは無かった。逆にそれがどことなく不気味に思えた。俺達は、ペシア達が行った方向とは逆の、西へと向かう。この時間帯なら、奴隷商人はとっくに目を覚ましているが、通りには誰一人見えなかった。恐らく皆警戒しているのだろう。
下水路の入り口は、家から少し離れたドミナ川にある。何とか川までは順調に辿り着いたが、警戒を緩めてはならない。階段を使って川沿いに降り、狭い通路を伝って入り口を目指す。
しばらく歩いた後に、苔むした薄汚い下水路の入り口が見えて来た。ここまで順調にこれたと一安心をしていた時だった。後ろから何やら水音が聞こえてくる。何が近づいてきているかなんて、振り返ってみるまでも無いとは思うが、俺は反射的に振り返った。真っ黒の水面に、不気味な光がふわふわと浮いている。それは段々とこちらに近づいて来て、まずは手漕きの船だという事が分かる。その船は五艘あり、白装束に不気味な鉄仮面をつけた集団がこちらをジッと見ながら船を進ませている。こんな異様な集団、聖トルメア教団の他には居ないだろう。
「か、カシスさん、ど、どうするんですか」
エチュードはかなり動揺している様だ。
「落ち着け。まだ距離はあるし、あの船じゃ下水道には入ってこれないからさっさと中に――」
「カシス、あれ」
俺の言葉を遮って、クロリスが船を指さして言う。俺達は指が差している方向を見る。暗い水面に浮かんでいる照明用の黄色い光以外に、眩しいほど輝いている緑色の光が船の上で光っている。あいつら魔法を撃ち込んでくる気だ。
「走れ!」
俺が叫ぶと、みんなは一目散に下水道の入り口へと走った。だが、間に合うはずも無く、奴らは魔法を俺達に向けて放ってくる。速さはそこまでだが、当たれば死ぬ事は直感で分かった。
「クロリス、防御魔法とかないのか!?」
「そんなの知らない」
確かにクロリスは攻撃系の魔法しか使っている所を見た事が無い。おいおい、どうすんだよこの状況。黄色い光は一層強くなり、もうすぐ直撃する所まで来てしまった。ここで俺達の旅は終わってしまうのか、まだ出てすらないが。
死を覚悟したその時だった。凄まじい轟音を立てながら水面が揺れ波が起こり、川の水が一気に凍り付いた。そしてその氷が、まるで壁になるように俺達の側に反り立った。勿論さっきまで飛んできていた魔法も、氷の壁に当たり消滅した。
「凄いやんクロリス! こんなの作れるなんてうち知らんかったで!」
「これはクロじゃ――」
「でかしたぞクロリス! 攻撃魔法を防御に使うなんて流石だ!」
「ち、ちが――」
「さあ、今のうちに行きましょう」
そうだ、シャルの言う通りだ。クロリスを褒めるのは後にしておこう。彼女が作ったこの逃げ道を、俺達は駆け抜けて下水道へと足を踏み入れた。
◇◇◇
屋根の上に、凍り付いた川を見下ろす一人の人間が居た。鉄仮面を身に着け、肌一つ見せない白装束に身を包んだそれは、男か女か、若者か年寄りかもわからない。そんな彼の隣に、大きな三角帽子――魔女の帽子を被った赤髪の女が音も立てずに現れる。"放浪者《プラネテス》"の一人で、永遠の美と呼ばれる絶世の美魔女、アルメハであった。
「あら、ごめんなさい。間違えて川を凍らせてしまったわ」
「……」
おどけたように話すアルメハを、鉄仮面の人間――レツェールは無言で睨み付ける。無言ではあるものの、彼から殺気が放たれている事はアルメハも理解はしているだろう。
「そんな怖い顔しないで。ただ間違えてしまっただけよ」
それでも調子を変えず、あくまで間違えたという事を強調している。その様子に、レツェールは呆れて様にため息をついた。
「神に反逆する異端の魔女よ。貴様の目的はなんだ」
くぐもった中性的な声で、レツェールは疑問を投げかける。
「それは言えないわ。でも他の子よりも本当にくだらない目的とだけ言っておくわ」
いたずらっぽく笑いながらアルメハは答える。
「じゃあ私はそろそろ帰るわね。今度会う時はこんな悠長にお話なんてできないでしょうね」
「同感だ」
「初めてあなたと気が合ったわね」
にこりとした表情を見せたアルメハは、呪文を唱えながら屋根の縁へと立ち、そして背中から地面に向けて落下していった。しかし、彼女は地面に激突する事は無く、青い光に身体が包まれると、そのまま何処かへ消えていった。その様子を見届けたレツェールも、暗闇に姿を消した。
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