第15話 闇夜の作戦
空が闇から青紫に変わる時刻、街の中心に位置する住宅街の、一際大きな家からフードをすっぽりと被った六人組が出てくる。六人組は家を出て西へと向かう。彼らの後ろには、全身黒づくめの男達が彼らを見ている。男の中の一人が、彼らが向かった方角を確かめると、魔力を使う小型の通信機を取り出した。
「こちらナール班、標的が家を出ました」
「方角は?」
「西です」
「了解、引き続き後をつけてくれ」
この男の通信相手は、彼が居る地点から数百メートル離れた所に居た。そこには武装した男達が真っ黒の馬車を囲むように、馬にまたがり待機していた。通信を受けた男は馬車に近寄り、窓をノックした。窓に掛けられていた黒いカーテンが開き、黒い中折れ帽を被った男が現れる。彼こそがこの怪しげな集団を率いるボス、リモネだ。
「対象は西に進んだ模様です」
「西門から出るつもりか。向かうぞ」
リモネはそう言うと、カーテンを閉めた。指示を受け取った男は、それを周りに伝える。集団は足早に西門へと向かっていった。街はまだ寝静まっており、薄暗い中、石畳の道に馬のひづめの音と車輪の音が静かに響いていた。
やがてリモネ達は、西門へと辿り着いた。門で警備をしていた衛兵の一人が、門へ近づいてくる怪しげな集団に気づく。衛兵は手に槍を持ったまま馬車に近づこうとする。護衛の男達は、衛兵が馬車に近づく事を防ぐために、前に立ちふさがった。
「何の様だ」
「怪しい集団だから止めさせてもらった。何か身分を示す事が出来るものはあるか」
「……少し待て」
男の一人が向きを変え、馬車の方へと向かう。衛兵は彼らの高圧的な態度に怪訝な顔をした。彼は後ろを見て、もう一人の衛兵にこちらへ来るように視線を送る。その視線に気が付いたもう一人の衛兵は、駆け足で寄っていく。もう一人の衛兵が到着したと同時に、馬車の扉が開き、中から黒いコートを羽織った大男が降りて来た。その男を見た瞬間、衛兵たちは目を丸くした。
「何も怪しいものではない。ただここで人を待たせてもらいたいだけさ」
「は、はあ。分かりました」
「彼らはとても恥ずかしがり屋でね。出来れば君たちには少し席を外してもらいたいのだが」
リモネは衛兵たちに歩み寄り、彼らの手を取る。そして手に何かを握らせた。衛兵たちは手を開き、自分の手に数枚の金貨がある事に驚いた。そして顔を見合わせ、何かを悟ったかのように頷き合った。
「少し事務作業が残っている事を思い出しましたので、失礼させて頂きます」
「ああ。忠実に業務を行うとは熱心な衛兵だ。頑張りたまえ」
衛兵たちはクルリと後ろを向き、闇夜に姿を消していった。
「ボス、そろそろ奴らが到着します」
「分かった。全員配置へつけ」
リモネの指示に、数人の護衛は門の前に立ちふさがるように整列する。そして、手に持っているライフル銃の銃口を暗闇に向けた。
やがて、その暗闇からフードを被った六人組が現れた。彼らは銃口を向けられている事と、後ろにも男達が立っており、完全に囲まれたことを理解すると足を止めた。
「これはこれは、どちらへ向かおうとしているのかね」
リモネが彼らに声をかけるも、彼らは何も言葉を発さなかった。
「成程、黙秘をする訳か……まあいい、お前たちそいつらを捕らえろ」
彼らを囲っていた男達は、拳銃を向けながら近づく。それでも彼らは身じろぎもせず、その場に立っている。男達は抵抗してこない事を確信すると、彼らの背を蹴り飛ばし、地面へ倒した。そしてロープで手足を縛り、身動きが取れない様にした。そして被っていたフードを脱がせた。
だが、そこにはリモネが想定していたものとは全く違う顔ぶれが並んでいた。彼らは全員カシスの所有していた奴隷だった。リモネは何が起こっているのかを即座に理解し、その表情はまるで鬼の形相の様になった。
「ボス、これは一体……!?」
「奴ら囮を用意していたんだ……小癪な真似を!」
リモネは激昂し、栗色の髪をした少年を蹴り飛ばす。そして懐から拳銃を取り出し、顔に突きつけた。
「お前たちのご主人は今どこに居る」
「僕達の顔を見るまで、囮だって気づけなかった貴方にあの方を捕まえる事なんてできませんよ」
そう言うと彼ははにかんだ。
「死の間際まで笑顔を見せるとは面白い。だが、お友達が死んだらお前はどんな顔をするだろうか」
リモネはにこやかな笑顔を見せるが、少年の隣で取り押さえられている小柄な少年に銃口を向け、無慈悲に引き金を引いた。弾丸は奴隷の頭をめがけて飛んでいき、頭を貫くと思われた。だが、その弾丸は当たることなく、何かに吸い寄せられるかのように軌道を変えて明後日の方向へと飛んで行った。
「誰だ!」
リモネや周りの男達は周りを見渡す。彼らは街灯の光に反射して光り輝いている、白銀の鎧を身にまとった青年を見つけた。男にしては長い髪を風にたなびかせ、勇ましく立っている。
「エトワール、お前も引っかかった間抜けだったか」
「いや、リモネ。君を止めに来たんだ」
止めるだと、と嘲笑いながらリモネは言った。
「この奴隷共に何の価値があると思っているんだ? それに、お前もあの小娘を狙う者の一人だろう」
「関係ない。どんな理由であれ、人の命を簡単に奪って良い筈がない!」
「勇者様らしいありがたいお言葉だ……やれ」
リモネの号令と共に、物陰に潜んでいた男達が一斉にエトワールに向けて発砲した。エトワールを囲むよう、四方八方から銃弾が飛んでくる。彼は腰から剣を抜き、横に一振りする。すると、弾丸は全て真っ二つに切り裂かれ、その場に音を立てて落ちた。それだけでなく、発砲した男達は何かに切り付けられたかのように血を噴き出しながら倒れた。
「君の手下では僕に勝つことは出来ないよ。それとも、君が直接出てくるかい」
余裕そうに笑みを浮かべるエトワールに、リモネは歯を食いしばり悔しそうな表情を浮かべた。舌打ちをし、リモネは手を小さく振る。
「……一度撤退するぞ」
「賢明な判断だ」
エトワールの言葉を背に、リモネは帽子を深く被り直し馬車へ戻っていった。馬車はゆっくり走り出し、薄暗い街へと消えていった。
「彼らの旅路がどの様な結末になるかは分からないが……旅立ちを邪魔する訳にはいかないんだ」
馬車が見えなくなった所で、エトワールは少し明るくなった空を見上げる。
「彼らの旅路に、星空の加護を」
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