第14話 作戦
軽くパーティーが催せそうな程大きなリビングに、俺を含め十二人が集まった。俺が部屋を訪れてからしばらく経ち、ある程度荷物はまとめられたようだ。俺自身も必要な物品はバッグに詰めた。出発をしようと思えば今すぐにでも出れる状態だ。だが、俺達にはまだ出発できない問題がある。
こっちの家は俺一人でしか使わないので、十二人が囲んで座れるような場所は無い。皆、俺を中心に左右に分かれて立ったり座ったりしている。あまり広くはない机に、ドーゥバに貰った旅人の地図を最大まで大きくして広げている。地図にはエルドゥーバ大陸が描かれている。大陸は他にもいくつかあるが、このエルドゥーバ大陸が最大のものだ。大陸は、エルドーゥバ内陸海をぐるりと囲むように存在している。
これから俺達は、セーランから北東にあるソーリアへ向かう。一方ペシア達は南東のミオニアルを目指すそうだ。お互い目指す場所は決まってはいるものの、問題はこの街からどう抜け出すかだ。
今この街には五人の"放浪者《プラネテス》"が居る。恐らくだが、この家は彼らの手下、特にリモネには監視されているだろう。下手に動けば街を出る前にお陀仏だ。どうしたものか。
「もういっその事全員ぶん殴って進めばいいんじゃねぇか?」
無謀な提案をしてきたのはパースだった。自信満々に力こぶをつくるような仕草をしている。
「馬鹿か。相手は戦いのプロだぞ。俺の下でぬくぬくと飼われてきたお前たちがかなう訳ないだろ」
ドーゥバの店を襲撃した五人を倒すのもやっとだったのに、それ以上の奴らを相手に出来る訳が無い。
「ならしばらく家で籠城してみたら?」
「いつか突入されて全員殺されるのがオチだと思うけどねぇ」
六人組の一人、シーアという少女の提案に、セレンがそう反論した。シーアは魔法が使えるという事で買った子だ。クロリスほど魔法に対する能力が降り切れている訳では無いが、他の能力は並々ある。こういう子の方が、案外人気があったりする。色んな意味でな。
「下水道を通ってみてもいいかもな」
「ええっ、そんなん絶対無理っすよ」
この中でも一際小柄な、妖精種の少年グリスの提案だ。何の妖精かは分からんが、背中に小さな羽が生えているので妖精種で間違いはない筈……多分。この提案は非常にいいと思うが、近くの排水溝に行くまでに後をつけられてしまうだろう。追手を撒くのはなかなか難しいと思うが……
「一つ、案があります」
下水道の提案からしばらく、みんなが黙って考え込んでいた中、ペシアが手をすっと手を挙げた。
「なんだ?」
「下水道から逃げる事が多分、今思いつく中で最善の方法だと思います。今問題なのは、この家から追手を撒きながらどうやって排水溝まで行くか……」
「なんかいい方法でもあるのか」
「あるにはあるんですが、成功するかは分からないし……それにみんなの賛同を得られるか分からない」
ペシアは少し言い淀みながらも、彼の考える作戦を俺達に伝えた。その作戦を聞いて、部屋の中はしんと静まり返った。
「や、やっぱり駄目だよね。もう少し他の方法を考える――」
「それでいこう」
声をあげたのはインジェルだった。ここまで一言も言葉を発することの無かった彼が、立ち上がり、皆の注目を集めた。大柄で気の優しい彼だが、こういう風に目立つ行動をするのは初めてだ。
「俺達はカシスさんにとてもよくしてもらってきた。それが家畜を育てる術だったとしても、他の所よりも遥かに丁寧な待遇を受けて来たんだ。一日三食、お風呂も入れてもらって、綺麗な服を着させてもらい、温かいベッドで寝かせて貰った……今こそこの身を犠牲にしてでも、カシスさんに恩返しをするべきじゃないのか」
「お、おい別にそこまで温情を感じなくても――」
「そうだそうだ! こんな好待遇な奴隷商いねぇよ!」
パースは手を叩き、インジェルの意見に賛同した。
「カシスさんはなぁ、適当に貴族連中に売っぱらってるように見えて実は相手を選んでるんだ! 俺達が酷い目に合わない相手によぉ」
何でそれを知ってんだ、と思わず突っ込みそうになったが言葉には出さなかった。確かに俺は売る相手を選んではいるが、それをこいつらに言った覚えはない。本当に何で知ってるんだ。
「だから俺もペシアの提案に乗るぜ!」
パースは机の上に足を乗せ、威勢よくそう叫んだ。彼に続いて、グリス、シーア、ストリアスも賛同した。
「なんか……みんなありがとうな」
「そんな気にしなくていいですよ。ここに居るみんな、カシスさんに感謝していますし」
多くの者に恨まれるこの奴隷商という仕事をしていて、人に感謝されるとは思ってもみなかった。いかんな、歳を取ると少し涙もろくなってしまう。まだ三十手前だが。
「あれぇ? もしかしてカシスさん泣いてるんすか?」
前言撤回、全く涙なんか出ないわくそったれ。
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