序章 夜明けの旅立ち

第1話 奴隷商人の朝は早い

「ったく、何でこんな寒いんだよクソ」


 分厚いコートを着込んで、ポケットに手を突っ込みながら俺はそうぼやく。午前五時過ぎ、日はまだ昇っておらず、空は少し青くなってきてはいるがまだ暗い。

 奴隷商人の朝は早い。朝は毎日これくらいの時間に家を出てはオークション会場へと向かう。今日入荷した奴隷を見に行くためだ。そこでいいのが居たら競り落とすし、パッとしなきゃその辺の同業者と挨拶も交わさずにそそくさと帰る。帰っても二度寝なんて出来る訳が無く、隣接している収容所に行って奴隷たちに飯を食わす。そして風呂に入れ、病気になっていないか医者に検査をさせる。この流れが終わるのが大体午前九時ぐらいだ。後は店に行き一日店番をするだけだ。

 世間一般は奴隷なんて道具同然に扱うと思っている人が多いだろうが、うちの様な大手は大体丁寧に扱っている。例え奴隷でも商品の間は品質を常に保っていなきゃいけない。特に貴族連中を相手にするときはだ。

 こんな事をどっかの誰かに解説しているうちに、オークション会場に到着した。通称奴隷会館と呼ばれている、レンガ造りのきれいな建物だ。中でやっている事はおぞましいがな。

 入り口からロビーへと足を踏み入れる。ロビーは奴隷商人達でごった返している。基本どいつもこいつも裕福そうな服装を身にまとっている。奴隷商はある程度元手がなけりゃ出来ない仕事だ。だからこの場に貧乏人は居ない。え? 最初は金があったが、商売に失敗して金がなくなった奴もいるだろって? そんな奴の結末なんか俺が言わなくてもわかるだろ。

 それにしても今日はいつもよりも人が多いが、何かあるのだろうか。正直俺は情報戦には弱い為、どんな奴が卸されてくるか知らない事の方が多い。仕方ないだろ、忙しいんだから。

 俺は受付を済ませて、中央会場へ入った。この建物はロビーと数十に及ぶ種類別会場、そして今俺が入った一番大きい中央会場からなる。種類別会場は種族や年齢性別、能力などによって分けられ、商人が目的の物を探しやすくなっている。中央会場はそれぞれの種類別会場から極上の商品を抽出し、展示される。特に中央に行けば行くほど値段は吊り上がり、中央にある円形ステージの上には本日の目玉が展示されている。そこに立つ奴隷は貴族や大物政治家のご子息様だったり、はたまた伝説級の魔法使いだったりと信じられないような商品が並ぶ。最近はいい仕入れがないのか大したものは入ってきていないがな。

 いつも俺は中央会場を見て回り、それから種類別会場を回るルートを取っている。今日もそのルートにのっとり、中央会場を見て回る。うーん、やっぱりここ最近はロクな商品が入荷していない。噂によればどっかの国が規制強化をやったせいで仕入れが難しくなっているらしい。迷惑な事をしてくれる。

 めぼしい物もないし、さっさと次に行くかと思っていた矢先、傍に立っていた奴隷商同士の会話がたまたま耳に入って来た。


「おい今日の目玉商品が何か知ってるか?」

「ああ、この前帝国軍に滅ぼされたエルフの国の王女様だろ? こりゃとんでもない値段が付くぜ」

「俺達には絶対手の届かない代物だよな」


 何、亡国の王女だと!? 確かに先月帝国が侵略活動の一環として、北東のフォースレイン王国を滅ぼしたと聞いてはいたが、まさか王女様がオークションに出されるとは思わなかった。それも王国とは真反対のこの街に。だから今日はこんなに人が多いのか。

 俺は王女様に興味が湧いて来たので、早速中央のステージの方へ行ってみる事にした。

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