第9話 悩みごと



 のどかが、いつも通り学校に行く準備を玄関でしていると、「お願いがあるんだけど、帰りにお花屋さんに寄ってきて、花を買ってきてくれない?」とおばあちゃんが言った。


「オッケー」と私が言う。そして、行ってきます、と言いながら家を出た。なぜかその時、少し家の中が騒がしくなった気がする。


 今日は、学校中どこを探してもあの5人がいなかった。いつもいるあのベンチにも、2-0にも……どこにも。だから憂鬱だ。私はどこにも当たることの出来ない悲しさに襲われ、孤独さに襲われた。私の一日があの5人にどんだけ彩られていたか、よく分かった。


 今日も武に「一緒にお弁当食べない?」と言われたが、私は断った。そして、誰もいないいつものベンチで一人寂しくお弁当を食べた。

 

 私はおばあちゃんに言われた通り、学校の近くにあった花屋さん『チューリップ』に寄った。前から気になっていたお店だったので、来れて嬉しい。それに、チューリップっていう名前、可愛いしね。店の中に入ると、一気に花畑にいるみたいになった。なんていい香り。すると、「いらっしゃいませ」と茶髪の若い男の人が寄って来た。


「こんにちは」と私が挨拶をした。

「何かお探しのお花だったり、ありますか?」

 爽やかな彼は優しく、落ち着いた様子で寄ってきた。


「そういうのは、無いんですけど……。な、何か、あの……オススメの花はありますか?」と私が言った。


 なに訊いているんだよ、私は!


 その人はにっこり笑った後、「ちょっと待っててくださいね」と言って陰に行った。少し待った後、その人がもって来たものは、『カスミソウ』だった。


「可愛いですね」

 私がそれを受け取って言った。


「カスミソウの花言葉が幸福とか、感謝って意味なんです。貴方あなたがここの店に来てもらったことに感謝だし、そのあなたに、幸福が訪れますようにって願いを込めました」とその人は照れ臭そうに言った。


「あ、ありがとうございます。じゃあ……これで、お願いします」







玄関の扉を開けたあと「ただいまー。花、買って来たよー」と私はカスミソウを見つめて言った。ありがとうぅ、と言いながらおばあちゃんはキッチンの方から出て来た。


「どれどれ? ……あらぁ、カスミソウ? カスミソウってこんなにおしゃれだったっけ?」と言っておばあちゃんは私の手から、カスミソウの花束を持ってキッチンに向かった。




 その次の日。昨日、5人がいなかったことがどうも心配でいち早く2-0へ向かい、勢いよく扉を開けて、周りを見渡した。


「みんな!!!」


「のどか? ……扉が壊れそうだよー」

 と、筋トレをしながらキングが言った。そこには5人全員が揃っていた。


 良かった、今日はちゃんといた! 


 のどかは安心して、その場にドスンと座り込んだ。


「ど、どうしたの!? 具合悪い?」と優弥が駆け寄ってくれた。

「違うよ、ただ……安心したの」

 私は目に涙を浮かべた。


「安心?」

 と言って、優弥が不思議な顔をしている。


「昨日、みんないなかったから……今日も居なかったらどうしようって思って……」

「何、そんなことかよ」

 と奥の方の窓際にいる創さんが外を眺めながら言った。


「重要なことだよ! ……みんないないと私、頑張れないから……」と私が言った。


 みんなの顔を見た瞬間、暗い洞窟に温かい火の光が見えたときのように、よかったって安心感が心の中に広がった。もう私は、この5人なしでは生きていけないよ。


「そんな可愛いこと言うなよー」

 キングが言う。







「そんな可愛いこと言うなよー」と言って俺は誤魔化した。


 ……だって、カバンに入り忘れたなんて言えないから。


 のどかがこの教室から帰った途端、俺たちはすぐ集まって話をした。


「こんなミスがあった以上、言った方が良いんじゃない?」

 と純斗が言う。

「でも、今までみたいに接することができなくなるよ、たぶん」

 優弥が下を向いて言った。


 まぁ、それもそうだ。


 だって俺たちは、のどかを守る『小人』なんだから。


「キングはどう思う?」

 と亮が俺に訊いてきた。


「俺は……言わないほうがいいと思う。このまま嘘を吐き通して、のどかを守る方が良いんじゃない?」

 と俺が言った。


「それもそうだな」

 と創が納得したように言った。


 俺たちは、小人。

 俺たちは、のどかを守っている。

 小人は、自分が住み着いている家に住んでいる人のことを守るんだ。


 みんな、好きなのどかのことを一生懸命、守ろうとしている。

 人間の姿になることはできるけど、その仕事は、小人の時も人間の姿の時もやっているんだ。


 俺たちは毎朝、のどかのカバンの中に入って、のどかを待つ。そうすれば、学校なんかにすぐ着くし、ずっとのどかのそばにいられるから。でもあの日は、カバンがいつもと違う位置にあって、俺たちは入りそびれた。だから、その日は学校に行けなくて、のどかも焦ったんだと思う。


 もうあんなミスはしない。

 のどかを守るために俺たちがいるのに、のどかのそばにいなかったら、意味がない。しっかり、のどかのそばにいないと……。







 この頃、教室内の雰囲気がよくない気がする。理由は分かっている。あのメールアドレスの子のせい。後から知ったら、その人の名前は、江中マキだった。マキが私のことを言いふらしたのだろう。私は嫌な女だって、悪い女だって……。もう、この教室には私の居場所なんてどこにもないんだ、きっと。


 ある日、私はマキに屋上に来るように言われた。言われた通り、私は、放課後屋上に行った。前、同じこの場所で、マキにいじめられていた子のことを思い出す。私もその子のようになるのだろうか。私は心の中で覚悟を決めようと思ったが、結局、覚悟なんて決まらなかった。ただ、手や体が震える。



「ま、マキさん……用事はなんですか?」

「あ、本当に来たのね」

 とフェンスの近くにいたマキは笑った。「あのね。私、好きな人がいるから、その人に近づかないでくれる?」


 そんなこと言われても、マキの好きな人なんて知らないし、絶対近づかないなんて不可能でしょ? でも、人見知りの私には可能かもね……。もう、クラス内でも私は……。


「好きな人って誰ですか?」

 と私は相手の顔の様子を伺いながら訊いてみた。


「知らないの? 学年のみんなが知ってるくらい有名なんだけどな~。あ、そっかぁ、のどかちゃんは今、話す相手いないから情報得られないよね~」


 話す相手いないから、か……。やっぱりマキが言いふらしたんだ、全部。それに、好きな人、学年のみんなが知ってるくらい言いふらしてるのかよ。それが本当なら、マキはずいぶん悪い女なんだね。


「し、知りません……」

「そう? じゃあ、教えてあげる。……武よ」

「武?」

 あぁ、私が嫌いなあの武か。


「分かった。近づかないよ」

 と私が言った。


「そう。それならいい。もう少ししたら私たち付き合うと思うけどね」

 マキがフッと一瞬笑った。


「あ……そうですか」

 でも、私は不思議に思ったことが一つ浮かんだ。そのことをマキに訊いてみようと思った。


「ならマキさんは、何で、この前私にメールアドレスを訊いて来るように言ったんですか? 武が好きなのに」

「あ~、それは惹きつけ用」

「惹きつけ用……?」

「あの5人組は、学校内で美少年だって有名で、ファンクラブだってあるでしょ。その人たちのメールアドレスを知ってるーって言えば、武、嫉妬してくれるかなーって思っただけ。だから、別に好きではないから安心してー?」


そう言ってマキは屋上の扉を開けて、勝手にスタスタ出ていった。


「呼び出しといて……最低」


 その時私が吐いた言葉の〝最低〟は、呼びだしておいて先に出ていったことではなく、あの5人のことを侮辱したことが許せなかった。ただの惹きつけ用に使うなんて……利用しようとするなんて……酷すぎる。


――別に好きじゃないから安心してー?


 私はみんなのこと大好きなのに……。



 私は屋上から降りず、近くに捨てられていた使い古しの学校の椅子に腰かけていた。のどかの周りには、夏の匂いがする、生温かい風が吹いていた。


「この今の時間もどんどん過ぎていくんだね」

 その風は少し強く吹き、のどかの髪をなびかせた。


「悩みことでもあるの?」


 その声は、風の波にのってのどかの耳に入って来た。のどかは「ないよ」と答えながら横を見た。のどかにはその声の持ち主が分かっていた。


「本当?」

 とその人はのどかの横にしゃがんで、上目使いで目を覗き込んできた。


「なに、優弥ー」

「相談があれば、なんでも訊くよ?」

 その目はすごく優しかった。


「……いじめられたの」

 と私は言った。「私はいじめられる人生だから、仕方ない事なんだよね……」


「そんなの、仕方なくないよ。のどかの人生はそうと決まったわけじゃない。自分で自分の道を決めつけちゃダメだよ。で、誰にいじめられてるの?」

「マキって言う人。知らないと思うけど」

 私は、屋上から見える遠くの山々を見渡した。


「知ってるよ。僕は、学校のことなら何でも知ってるんだ! ……で? どういうことをされたの?」

「私には好きな人がいるから、その人に近づかないでって言われた。……私は、分かったって言ったけど、本当はね、その人とよくしゃべるんだよね。喋るっていうか、よく話し掛けられるの。だから、心配なの。もし、話しかけられたらどうしようって」

「大丈夫だよ。のどかの周りにはずっと僕たち5人がいるから! 何かあったらすぐ出て来て、のどかを守るよ」


 優弥は私の目を覗き込んだ。


「なにそれー。そんなことは彼女とかに言った方がいいんじゃない? 私なんかに言わないでさ? ……ん、でも、ありがとう。元気出た!」


「本当に、守るからね?」

 と優弥は言って、私の目をもう一度覗き込んだ。


「うん。でも、魔法使いじゃないんだから、パッと! 現れて、パッと! 私を助けてくれるなんてできないでしょ? 人間なんだからさぁ」

「まぁーねぇー。それができちゃったりしてぇ?」

「はぁーい、じゃあ優弥は、魔法使いなんですね? 人間じゃないんですね?」

 私は、優弥をいじめてみせた。


「はい!!」

 と優弥は良い返事をした後、笑った。私も、一緒に笑った。


「あ、ごめんなさい。優弥って呼び捨てで、先輩なのに」

「僕、呼び捨ての方がいいなー。その方が親しいっぽいし。それに、僕以外も呼び捨ての方が嬉しいと思うよ?」

「そうですか」

「あ~堅苦しい! タメ口無し!」

 と優弥は自分の髪をぐしゃぐしゃにしながら言った。


「はい!」

 ビックリして私もいい返事をしちゃった。





「ただいまー」

 家に帰って来たのに、家の中はとても静かだった。いつもはおばあちゃんが料理を作っている音とか、歩く音とかがするはずなんだけどな。


「おばあちゃん……おばあちゃん? いるよね?」


 私はキッチンの方に行った。そこには、壁に寄りかかりながら胸をさすっているおばあちゃんがいた。


「おばあちゃん? 大丈夫!?」

「あぁ、お帰り。……この頃ね、心臓なのかな、たまに痛くなるんだよ」

「それ、病気じゃないよね?」

「病気じゃないよ。すぐ治るんだもん。……ほぉら、治った」

「本当に大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫」

 おばあちゃんは何事も無かったかのように、料理を始めた。



 私は心配になり、スマホで調べてみた。一番心配なのは〝心筋梗塞しんきんこうそく〟だって書いてあった。その病気は、生死にかかわるらしい。そのことを伝えに言ったら「大丈夫だから」と言って流されてしまった。私はおばあちゃんに、病院の検査を薦めた。

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