第8話 5人の重大性
目を覚ますと、そこには静まり返った部屋があった。
「あれ……? 亮さん……? みんな……?」
はぁ、やっぱり寝てしまっていたか……。もしかして亮さん、怒って帰っちゃったかな……?
不安になりながらも、私は寝ぼけながらリビングへ行った。家中には、おばあちゃんの料理の匂いが漂っていた。
もうこんな時間か。
辺りもすっかり暗くなっていた。
「おばあちゃーん?」と呼ぶと、「あっ、のどか起きたの?」と言った声はおばあちゃんのものではなかった。言ってきたのはキングで、料理を運びながらキッチンから出て来た。
「え? キング?」
私は驚いて言った。おばあちゃんじゃなくてキングがキッチンから出て来た!?
「やっほー、のどか」
次は、優弥がお皿を持ちながらキッチンから出て来た。
「あれ? みんな帰ったんじゃなかったの?」
「帰らねぇよ」
と後ろにいた創さんが言った。いつの間に後ろに……。
「やーーーーーーーーーー!」
そう叫びながら縁側の廊下を走りながら来たのは純斗くんだった。
「あ、純斗くn」
だが、純斗くんは勢いよく抱き着いていた。
「え?」
なになになになになに、なにこの状況! 私、こんなにがっしり抱き着かれたの初めてだよ!
創さんの顔を見ながら固まっていると、創さんの表情も固まっていた。すると純斗くんは、「あ、ここ家だったね」とにっこり微笑んだ後、キッチンへ行った。
なんじゃったんじゃ、今の数秒!
創とのどかは数秒間見つめ合った後、二人は何事もなかったかのように去っていった。
「いや、こんなにいい子たちが友達だったなんて。のどか早く言いなさいよー」
とおばあちゃんがエプロンを外しながら言った。「お料理、手伝ってもらっちゃった」
「そんなに、いい子たちかな……」
私がぼそっと、そう呟くと優弥が「のどか、何か言ったー?」と言ってこちらを見てる。
「べ、別に何も言ってないよ」
そう言うと、優弥はにっこり笑い、テーブルに並べていたお煮つけのニンジンを口にパクっと入れていた。
いつもの夕食に、5人が加わり、なんだかいつもより楽しかった。おばあちゃんも料理褒められてて嬉しそうだったし。洗い物もみんな手伝ってくれて、意外とみんないい人たち? かも。
次の日も、次の日も、次の日も、5人は毎朝門にいてのどかを待っていた。のどかが「おはよう」と言うと、みんなはとびっきりの笑顔で「おはよう」と返してくれて、学校にいる時もほとんど5人がいて。もう、この世の中には怖い物なんか何もないって思える。そんな気持ちにしてくれたのは、5人のおかげだ。あの、大好きな5人の。
私は毎日楽しかった、人見知りの私が。いじめられっ子の私の人生。やはり、いじめられないなんてありえなかった。いじめっ子の目に絶対つく、それが私。それが私の人生。
学校内の5人の印象は、『イケメン5《ファイブ》』『高嶺の花的存在』『ファンクラブあり』という印象だった。そんなこと情報通じゃない私なんか知る由もない。そんな5人の中にいる『知らない女』。それが私。もう、いじめ確定だよね。
今日は日直の日。だから、放課後、黒板の日付を変えたり、掲示板を変えたり、教室のことを色々しなくてはならない。誰も無い教室が何となく心地よかった。ほかの物音は一つもしない、教室にあるのは私が消している黒板けしの音だけ。気分が良くて、鼻歌を歌いながら作業をしていると、「こんにちは」と女の子の声がした。クラスメイトかなと思い、後ろを向くと、一人の女の子がいた。
「あ、こ、こんにちは」
私がそう言う。
「今日あなた日直なの? 大変よね、日直」
この子、私と同じクラスだと思う。名前は分からないけど。確か、中江だか、江中だか……そういう感じじゃなかったかな。
何も言わず、黒板を消していると、その人が近寄って来た。
私は怖かった。
何されるんだろうって思った。
だってその人は、前、屋上で同級生の女の子をいじめてたから。いじめられている子は何かを訴えてようてしていて……横に首を振って……。すると中江だか江中の子がその子の髪を引っ張って……その子を蹴った。その入学当時の映像がフラッシュバックする。
やだ、やだ……。
「のどかちゃん」
その人は眠っている棘を隠すような声で言った。
「……はい」
私は震えた声で言った。
「ちょっとね、お願いがあるんだけど……」
「……何ですか」
「ふふ。……メールアドレスが知りたいの」
その目が鋭くて、何も言えなかった。「5人の」そう彼女が言うと、私の頭の中にはあの、大好きな5人の顔が浮かんだ。
「5人のメールアドレスですか。……私、知りませんよ」
「知らないなら訊いてよ。いつも近くにいるんだから、それくらい聞けるでしょ?」
何も言わずただ下を向く私に、その人は強い口調で「返事は?」と言った。
「……は、はい」
「んじゃ、よろしく~」と言って、その人は鍵を指で回しながら教室を出ていった。
黒板消しを持つ手が、小刻みに震えている。呼吸も乱れ、うまく息が吸えない。でも、まだまだ黒板を消す面積は広い。消さないと、と思い無理やり手を上げ、黒板けしを上下に動かす。すると、黒板けしを持つ私の右手に覆いかぶさるように、大きな手がのってきた。
「――!?」
「そんな震えてる手で黒板は消せないよ」
その声は、亮さんの声だった。
「亮さん……」と、私は後ろを向かず、そのまま黒板を見つめ、溢れ出そうな涙を必死に抑えた。
「どうしてこんなに震えてるわけ?」
亮さんは私を引き寄せて言った。
「それは……さっき机に手をおもいっきり打っちゃったからかな? えへへ……」
亮さんはのどかの目を上からまっすぐ見つめている。そんなに見つめられると、嘘だって事がすぐバレそうで、私は亮さんから目を逸らしてしまった。
「何か、あった?」
と亮さんが言う。
「ううん。何もないよ。……あ、日直の仕事しないと」と私は手を動かし始めた。
「いいよ、黒板は僕がやるから。のどかは他のことやって。ね?」
と言って亮さんは私の腕を掴んだ。
「うん」
のどかは休み時間に5人のいる2‐0へ行った。外から見ると、黒く汚れたカーテンでびっしりと閉まっていて、人がいる様子には見えない。まるで今からお化け屋敷に入るみたい。扉を開けて、カーテンを避けて入ると、中は外からは想像できないほど太陽の光が差し込んでいて明るかった。
「あれ? のどか?」
と扉の近くに座っていた優弥が言った。よく見ると、そこには5人全員がいて、みんなのどかのことを見ている。
「珍しいね、のどかがここに来るなんて」と亮さんが言う。
「何しに来た?」と創さん。
「あの……」
みんなの顔をてんてんと眺めた後、
「みなさんのメールアドレスを教えてください!!」と私は叫んだ。その声に5人全員が固まり、沈黙が続く。
「あ……俺たち……スマホ持ってないんだ」
キングが言った。
「え?」と私は固まった。
「でも一人くらい……持ってないんですか?」
「誰も持ってないよ、ごめんね」
優弥が言う。
「何、それを言いに来たわけ?」と笑いながら言う創さん。「そのすごい恐い表情で?」
「はい……ちょっと知りたくて。まさか、ないなんて思わなかったから。そんなに恐い表情してましたかね、私」と私も笑いながら言った。
その日の放課後、私がラストで教室を出ようとしていると、あの人が入って来た。
「のどかちゃん」と言ってその人は、教室の入り口に立って壁におっかかっていた。
「聞いてくれた? メールアドレス」
「はい、あ、あの……訊きました。あの……5人はメールアドレスがないって……言ってました」
「はぁ? メールアドレスがないって? ウソつきやがって……そんなわけないでしょ!? 私を脅しているわけ? おぉ? 本当のことを言いなさいよ! どうせ隠しているんでしょ!」
そう言ってその人は、私の近くまで足音をバンバン響かせて歩いてきた後、私の胸倉を掴んだ。
「ほん、本当に……ないって」
私は涙目になりながらも訴えた。私の体は小刻みに震えていた。
「さっさと本当のことを言いなさいよ!!」
彼女は拳をつくり、それを振り上げた。
「オイ! なにやってんだよ!!」と男の人の大声が響いた。その方を見たら、5人がいた。
「みんな……」
私は今にも涙が溢れ出そうで……仕方なかった。
「何で、アンタたちがいるんだよ」
と彼女はすごい口調で言った。
「おい、俺たちの大事な友達に、手を出してるなんて許さねぇからな!」
鋭い声で創さんが言った。
「のどかから、手を放せ」と亮さんも言う。それでも彼女は手をなかなか離さなかった。
「言葉が通じないなら、力で解消するか?」
とキングが上着を脱いで言った。すると、彼女は手をやっとを放した後、舌打ちをしてから教室を出ていった。
「のどか、大丈夫だった?」と純斗くんが近づいてきた。
「うん」
私は震えている自分の手を止めようと、自分で自分の手を握った。それと同時に、
「ありがとう」
と私が言うと、純斗くんは優しく微笑んだ。
「ったく……なんちゅう女だ……」
キングは自分の髪をワシャワシャにしながら言った。純斗くんに続いてみんなも寄ってきた。
相当みんな怒ってるな……。
あの純斗くんや優弥でさえ、眉間にシワがよっている。
「次、アイツに話しかけられても相手にしなくていい。無視しろ、いいな?」
創さんは私にそういった。創さんの目には燃えた火のような、雷のような、そんなものが、のどかには見えた。
「のどか、なんかあったらすぐに俺たちに言うんだよ」
怒りを隠すような優しい声で亮さんは言った。
「うん、分かった。ありがとう……みんな」
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