第7話 これ、恋?



 嘘でしょ、何してるの? 

 

 私が驚いている理由は、5人がいたから。


 5人は、家の敷地内の門のところに立っていた。のどかは最初驚いて、地面の小石を蹴って遊ぶ優弥や、スクワットをやっているキングなどから目が離せなかった。私がみんなのことを見ていたから、どうやら向こうの5人も私の存在に気付いたらしい。


「ちょ、何やってるんですか?」と言いながら私は、小走りで5人に近づいた。


「おはよう」

 と優弥が穏やかな顔で言った。


「あ、おはようございます。じゃなくて、何でここにいるんですか?」

「え? 何でって、のどかと一緒に学校に行こうと思って」

 と創さんが言った。


「まっ! ただでさえ遅れているから、早く行こう?」

 優弥が腕時計を見て、落ち着いた様子で言った。



 まぁ、ギリギリ遅刻にはならなかったけれど、なんでみんな私の家を知ってるの、と私は思った。すると、昨日のことを思い出す。あ、昨日亮さんと一緒に帰ってきたんだった……。そのことをすっかり忘れていた。じゃあ、犯人は亮さんか。









 5人は2-0(使われていない教室)で何やら肩を潜めて話し合っていた。その表情からして、決して笑い話ではないだろう。


「やっぱり、のどかに忘れられたくないよ」

 と優弥が言った。


「それは誰だって同じだよ、忘れて欲しくない」

 と、冷静に話す亮。


「でも……」

 純斗が悲しそうな顔をする。


「気にしないで、いつも通りのどかに接しよう。俺らはただ、役目を果たすだけだ」  

 と、俺が言う。


「そうだな」

 キングが、俺の肩に手を乗せた。その手は覚悟を決めた、温かい手だった。


 

 俺は、廊下を歩いているのどかの背中を見付けた。


「気にしないで、接するんだ」

 そう、心の中に言い聞かせ、のどかに近づく。


「のどか」と俺はのどかの後ろから名前を呼んだ。

「ん?」

 のどかは後ろを振り返ったあと、「あ、創さん」と言った。


「次の時間の教科、何?」と、俺が訊くと、のどかは「数学です」と答えた。


「あ、創さん。数学って得意ですか? ここを教えてほしいんですけど」

 のどかは持っていた教科書を開いた。俺は勉強が得意ではないが、解けることは解ける。でも、説明は超が付くほど下手だと自分で自覚している。


「あ……ゴメン。俺、全然説明できないんだ。そういうのは亮に訊くと良いと思うよ」と、俺は断った。


「そうですか」と、のどかは悲しい表情を見せた。


 俺はそんな悲しい表情は見たくないんだ。

 できればずっと、そうずっと、のどかには笑顔で居て欲しいと思う。

 そのために俺たちがいるようなもんだから。


 だからお願い。

 もう、そんな悲しい表情は二度と見せないでくれ。

 俺も、のどかがそうならないように努力するからさ。




 今日ものどかは、ちゃんとベンチに来た。


 のどかは昔から変わらずお利口さんだな……。


 ベンチに座っていた俺の隣にのどかは座り、持ってきた弁当を食べ始めた。その横顔、仕草、手、爪、すべてが輝いて見える。これって何だろうと、一人で考えていた。


 昼休みが終わってから、そのことを2-0で、純斗に話してみた。


「創ぉ、それ〝恋〟じゃん!」

 純斗は背中を仰け反りながら言った。


「恋……?」

 と俺は訊き返した。


「いやだな、みんなのどかのこと好きなの?」

「どういうことだよ?」

 と、俺が訊くと純斗はなにやら企みの顔をこちらに向けた。


「だから、創はのどかのことが好きで、その感情は、創以外のみんなにもあるってこと。分かる?」


 すると、俺たち二人がこんなにも真剣に話している姿を不思議に思ったのか、なになにー、と他の3人も集まって来た。


「創、のどかのこと好きになっちゃったんだって」

 純斗が声を大にして言った。


「えっ、マジか」

 とキングが目をまん丸くして言った。


「でも本当にこれが恋なのか、まだ分からないでしょ」

 と俺が言って、意見を否定した。


「だから、それが恋なんだってば! たぶん、創にとってこれが初恋なんでしょ? まぁ、僕たちも初恋だけどさぁ!」

 と純斗が言った。


「なにムキになってんの」

 と亮が微笑みながら言った。


「でも別に、ライバルとかじゃないからね。みんなでそう決めたんだ、だから安心して」と優弥が優しく言った。


「うん」

 その言葉に俺は頷いた。


 みんなの言っていることが何なのか、俺には分からなかった。でも、ずいぶんみんなは、俺よりも大人な感じがした。俺だけが、置いてきぼりにされているような……そんな悲しい感情に襲われた。







「ねぇ、これからのどかの家に行くんだけど、みんなも行く?」

 と亮さんが訊いた。


「え!? なんで行くの?」

 とキングが驚いたように立ち上がり、亮さんに訊いた。


「亮さんに、勉強教えてもらおうと思って。外だとすぐ暗くなるしね」


 私がそう言うと、「行くっ!」と優弥が大きい声で言った。創さんは、行くか、と渋々立ち上がり、結果的にみんな家に来た。


「ただいまー」と玄関を開けながら家に入ると、おばあちゃんがキッチンの方から出て来た。


「あら? お友達? ……それにたくさんねぇ」

「勉強教えてもらおうと思って。いいでしょ?」と私が訊くと、「もちろん、いいよ」とおばあちゃんが言った。みんな、元気よくお邪魔します、と言って、ぞくぞくと家に上がった。


「じゃあ、私の部屋行こう?」

「こんな大人数、大丈夫?」

 と亮さんが訊いた。


「たぶん……大丈夫だと思うけど……」

 私がそう答え終わったらすぐ、


「ちょっと、トイレ借りていい?」

 と、純斗くんが言った。


「あ、いいよ。トイレはそこの……右……え……?」

 

 私の身体と脳は一気に停止した。え、何で分かるんだい? という疑問に体中が埋め尽くされた。純斗くんは、のどかが場所を言う前にトイレがある場所へ向かって行ったのだ。


 よくトイレも場所、分かったね。始めて来たはずなのに……。


「わぁー! 庭、綺麗」という優弥の声で我に返った。

でしょ?」

 その言葉に創がびくりと肩を跳ねらせた。


「だ、大丈夫?」

 と私が創さんに訊くと、


 「ああ」

 と、創さんは意識がないような返事をした。



 部屋に行くと、亮さん以外の人が「外にいるね」と言って出ていってしまった。


「みんな、ここに居ればいいのに」と私がそう呟くと、「そうだね」と亮さんが言った。


「で? 教えてもらいたいことってなに?」

 と、亮さんが私のベットに座って言う。


「あ、そうそう。科学なんですけど……」

 と、急いで私は教科書を開いた。



「ん~。ここはね、公式を当てはめるだけでいいんだよ。……でもこっちは公式だけじゃダメだね。ポイントは……」


 亮さんの教えている横顔を眺めている私。さっきまで亮さんの解説を一生懸命に聞いていたはずなのに、なぜだか今は亮さんの表情や、髪や、仕草などを一生懸命に見ている。

 

 なんでこんなにも私は、亮さんのすべてに引きつけられるんだろう……。


 だが、亮さんは視線を感じたのか、のどかの方を向いた。目が合った瞬間、のどかは何事もなかったかのように教科書を穴が開くほどに見つめた。


「聞いてる?」と亮さんが訊いてきた。


「は、はい! はい! 聞いてますよ? もちろん」と私が焦りながら言う。顔がだんだん熱くなっていく感覚が分かった。


「嘘だ、今、俺のこと見てたでしょ」

 と頬杖を突きながらこちらを見ている亮さん。


「別に見てませんから! 早く教えてください!」

 私は恥ずかしくて、教科書を叩いた。


「はいはい」と言って、亮さんは教科書に視線を落とした。


 亮さんのこと見てたことがバレてたなんて、恥ずかしい。こんなことになるんだったら見なきゃよかった。あー! 一分前に戻りたいぃー!




そこ頃、4人は庭の見える縁側の淵に座って話していた。


「ねぇ~、今頃さ、2人はなにしてるかな~」

 と純斗が足をブランブランしながら言った。


「チューでもしてるんじゃない?」

 とキングがニヤリとしながら言った。


「え゛え゛」

 と優弥が顔を青ざめさせた後、「僕、見てくる」と言った。


「いやいや、冗談だよ!」と言って、立ち上がった優弥のことを引き留めた。


「あら? みなさんここにいたの?」

 のどかのおばあちゃんが近くに寄ってきた。


「はい、ここにいました」

 と、純斗が言う。


「そう、ゆっくりしていってね。はい、これ緑茶と、お茶菓子よ。なんかごめんなさいねぇ、こんなもんしかなくて」


 おばちゃんは、おぼんにのっていた緑茶と、どら焼きを一人ずつ配ってくれた。


「あ、そうだ。みんなにちょっと、手伝ってもらいたいことがあるんだけど」

 そう、おばあちゃんは言った。






「はい、じゃあこの問題を解いてみて」

 と亮さんから10問程度、問題を出された。


「はい……」

 と、返事をしたのはいいものの、その問題が全く分からない。


 亮さん、意地悪しているのかな? こんな難しい問題、解けるわけ無いじゃん!


 そう思うと、どんどん睡魔が襲って来た。


 やばい、やばい。こんな状況で寝ちゃいけないよ!


 だが、まぶたなんか私の意見は聞いてくれず、どんどん瞼が重くなっていく。


 ――2分後。


「のどか? 解き終わった? ……のどか?」


 のどかはノートの上に顔を置いたまま、動かない。亮が、のどかの頭をポンポンを叩いたが反応はない。


「まさか……」

 のどかの顔を確認する。


「やっぱり、寝てる」


 亮は、近くにあった掛け布団を手に取り、のどかにかけてあげた。


「暑いかな……。でも無いよりマシか」

 掛け布団を掛けた後、亮はのどかの頭を優しく撫でた。


「いい夢見てね」


 そして亮は、部屋の扉をゆっくりと開け、部屋を出た。

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