1-43 爆心地にて

 ―――――ルさん!

 ――――ちゃん!

 ――エル!


 俺を呼ぶ声。

 目を開けると、そこには心配そうに俺を覗き込むルアネ、クロベニ、ノワールがいた。

 そんな彼女たちの後ろには、半壊したギルドハウスが見えた。


 ギルド長の足掻きによる、化け物の爆発。

 それによってギルド長室は床ごと吹き飛んだようだ。

 鈍い頭痛を感じる。

 俺は二階から落ちた際、頭を打ち気を失ったらしい。


「《大地の神よ。矮小な我らに、癒しを》」


 そう口ずさむと、頭の痛さがみるみると引いていく。【小癒】ヒールだ。

 この数日で、ノワールから祈祷術をしっかり学んでおいてよかった。

 他に痛みを感じる箇所はない。

 無傷のようだ。あの衝撃にも関わらず、無事とは。奇跡かもしれない。

 そうだ三人は大丈夫か。


「よかった、みんな無事で」


 パッと見、怪我はなさそうだ。

 嬉しくて思わず口にしてしまったのだが……。


「なにふざけたこと言ってるの! それでキエルが死んじゃったらどうするのよ!」


 ルアネが涙声で怒鳴りつけてくる。

 素が出ているのも構わずに、話し続けている。

 どうやら相当怒っているようだ。

 他の二人も同感のようで、ぶんぶんと首を縦に振っている。


「そうです。先ほどの攻撃が、魔力爆破だったからよかったものの。もしもあれがただの爆破とかでしたら、木っ端みじんでしたよ」


 スコスコとマスクの呼吸音を激しく響かせながら、ノワールが話す。

 なるほど、化け物の攻撃は魔法だったようだ。

 ノワールとの契約で得た、呪いや魔法を跳ね除ける精神力のおかげで助かったということか。


「お兄ちゃん死んじゃうかと思ったー! うえーん。よかったよー!」


 クロベニはシクシクと泣いていた。

 本気で心配してくれていたようだ。


「す、すまん」

「まったくよ! 本当に心配したんだから!」

「…………すまん」


 謝ったら、より怒られたので、もう一度詫びる。

 だが胸の内は暖かかった。

 勿論心配をかけた申し訳なさはある。だがそれ以上に俺の身を案じてくれたことが嬉しかった。

 こんなにも仲間に想ってもらえるなんて、俺は何て幸せなん――。


「お兄ちゃんには呪死してもらわないといけないんだもん!」


 ………………ん?


「キエルさんには病死以外に合いませんからね。とりあえず一安心です」


 …………あれ?


「ポッとでの死神にキエルを渡すなんて許せないから!」


 ……もしかしなくても、そうなのか。


「な、なぁ」

「どうしたのお兄ちゃん?」


 じっと俺を見つめる三人。

 すでになんとなく予想はつくが、確認せずにはいられない。


「その、俺が死ななくてよかった理由ってのは、どういう意味なんだ」


 すると三人は何を当たり前なことを聞くんだといった雰囲気で答えたのだ。


「転落死しなくてよかったってことよ」


 コイツら!

 仲間は仲間でも彼女たちは、やっぱり死神だった。


 ◇


「キエルさん! よかったぁ。ご無事でしたかぁ!」


 カリオトさんがギルド職員を伴いながら駆けつけてくる。

 爆発音に驚き、心配で来てくれたのだろう。

 今はその優しさが染みる。


「あぁ。カリオトさん。大丈夫です」

「安心しましたぁ。……そのぉ。とても疲れた顔してますけどぉ」


 心配そうに見つめてくるカリオトさん。


「……大丈夫です」


 死神に心が乱され、疲れが増したとか。

 そういうわけではない、決して。


「それより、ギルド長は? すいません。今一歩のところで取り逃がしまして」

「それでしたら、問題ないですぅ! 先ほど這いつくばっているのを確保しましたぁ! かなりの重症ですが祈祷術をかけ続ければどうにかなりそうですぅ」


 てっきり死んだかと思っていたのだが、生き延びていたようだ。

 悪運が強いな。

 って、それなら指輪のことを伝えなければ。


「カリオトさん。ギルド長の指輪は没収してください。多分ですが人を操るマジックアイテムです。危険なのでお願いします」

「ふ、ふぇえ! そうなんですかぁ! 分かりましたぁ! ちょ、ちょっとそこのきみぃ! お願いがあるんですけどぉ!」


 カリオトさんが驚きつつも、周囲の残骸などを片付けていたギルド職員に指示を出す。

 職員が頷き、走り去る。ギルド長のマジックアイテムを回収しに行ったのだろう。


「ありがとうございます」

「いえ! こちらこそ教えてもらえて助かりましたぁ」


 これで問題はないはずだ。

 ホッとした空気があたりに漂う。

 それを壊したのはギルド職員の声だった。


「一名、被害者確認! 重傷者です!」


 気が動転しているのが、裏返った声からわかった。

 まさか全員出払っていたギルドハウスから、被害者が出るとは思っていなかったのだろう。


「そんなぁ! 逃げ遅れた人がいたんですかぁ!」


 カリオトさんが悲しそうな声を上げる。

 だがその予想は違う。

 逃げ遅れたのではない。ずっとこの場にとどまっていたのだ。

 正確には俺たちと戦っていたというべきか。


 そんな人物、一人しかいない。

 俺は暗い気持ちになりながらも、その場へと足を運ぶ。


 辿りつき、顔を見た時、思わず息がつまる。

 果たしてその場で横たわっていたのは、ザフールだ。


 その胸元には白と黒、二本の短剣が突き刺さっていた。

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