1-39 測れぬもの

「どうして……どうしてこんなことを」


 カリオトさんの声は怒り、あるいは悲しみで震えていた。

 ギルド職員として立派に働いてきた彼女にとって、仲間殺しは理解しがたいものなのだろう。


「どうして? これじゃから女というものは始末に負えない」


 ギルド長が悪態をつく。


「ワシはな。お主のことが前々から目障りで、仕方なかったのじゃ」


 骸骨のような手でカリオトさんを指さす。指にはめられた指輪の宝石がキラリと光る。

 

「そんな、私は貴方に何もしてないないのに」


 困惑するカリオトさんを見て、ギルド長はより一層、瞳に宿した憎しみの炎を燃やす。


「いいや、お主はワシの邪魔ばかりしておる。ギルド上層部のスケジュールを可視化することは不快じゃ。冒険者のために装備を貸し出すのも理解しがたい。お主はいちいち余計なことをしよる」


 ギルド長の唾とともに出た話は、全てカリオトさんが副ギルド長になってから行われたギルドの施策だ。


「余計なことなんかじゃないです! あれで多くの業務の改善や、冒険者の命を救えたのですから!」


 カリオトさんは反論するが、ギルド長はその様を鼻で笑う。


「ほっ。カリオトよ。お主思い違いをしとりゃあせんか。ワシはの。ギルドの経営などどうでもよいのじゃよ。ましてや冒険者の命など、どうでもよい。なぜあんなクズどもの面倒を見なければならないのじゃ」


 ギルドの長を務める人間の言葉とは思えなかった。


「ワシはな、ワシだけが甘い汁が吸えればそれでいいのじゃ。それ以外はどうでもよいではないか」


 あまりにも自己中心的な考え。


「だというのに、お主はそうしようとしない。目障りだから物置部屋に貴様を押し込んだというのに、それでも懲りず、いらんことばかりしよる。しまいにはギルド内の人気まで奪おうとしておるではないか」


 あぁなるほど。

 こいつはカリオトさんが活躍し、自分の地位を脅かすのが嫌なのだ。

 きっと今まで死んだギルドの職員も、自分にとってマイナスだから殺したのだろう。

 たったそれだけの理由で、凶行に手を染めたのだ。

 度し難い。


「そんな貴方の勝手で!」

「ふん、なんとでもいっとれ。それにしても悪運だけは強い女よ」


 今まで隠していたことを話し続けたからだろうか。ギルド長の話は止みそうにない。


「お主を確実に殺すため、色々な根回しを行い。あらゆる手段を使ったというのに、生き延びよって。まるで神の守護がついているかのようじゃな」


 後ろで自慢げに深呼吸をする音が三つする。

 いやお前ら、神は神でも死神だろうが。


「じゃが、それもこれまでじゃ。お主はここで死ぬんじゃからな」


 ギルド長がにたりと笑う。

 どうやら何か奥の手があるようだ。

 動きに気を付けつつ、身構える。

 もし壁に飾ってあるマジックアイテムを取ろうとしたら、すぐにでも止めるつもりだった。

 だがそんなそぶりは全くない。


「なぁキエル殿」


 それどころか、いきなり俺に話しかけてきた。


「……なんだ」

「貴殿、ワシの手下になってくれぬか」

「は?」


 驚く。

 まさかこの状況で、そんなことをいわれるとは思っていなかった。


「先ほどは、冒険者をクズといったが。凄腕となると話は別じゃ。貴殿らの活躍はとてもよく知っておる」

「……そりゃどうも」


 そりゃあ知ってるに決まってるだろう。俺らの活躍とは、すなわちギルド長による魔の手をどのように退けたかということなのだから。


「だからこそ、お主らをここで殺すというのはあまりにも惜しい」

「この状況でまだ自分が勝つと思ってんのか。そりゃまた随分な自信だことで」

「仕方のないことなのじゃ。ワシには切り札があるからの」

「そうか。それは困るな」


 そういいつつ、距離をじりじりと迫る。

 これ以上の話は不要だ。何かしでかす前に捕まえたほうがいい。

 だが、次のギルド長の発言でピタリと足を止めてしまう。


「駄目か。もし、ワシの味方となれば貴殿らの称号をSランクにしてやろう」

「Sランクに?」

 

 思わず聞き返してしまう。

 その行動から俺に興味があると確信したのだろう。したり顔でギルド長が頷く。


「そうじゃ。どうじゃ? ワシの味方にならんか? 冒険者の頂点になれますぞ」


 ねばりつくような声で誘惑してきた。

 

 一瞬、沈黙が場を支配する。

 後ろからの仲間とカリオトさんの視線を感じる。


 そんな中、俺は思わず、

「くくくく。あはははははは!」

 笑ってしまう。

 

 胸のつっかえがなくなり、とても清々しい気分だった。

 そうか、そういうことか。

 昨日からの――いや恐らくは冒険者を続けてからずっと抱えていた――悩みが解決した。

 まさかこんな相手に気づかされるとは。


「な、なんじゃ。どうしたんじゃ」


 俺の様を見て、ギルド長がたじろぎ、問いかける。


「なぁルアネ」


 俺はギルド長の質問を無視しながら、ルアネに話しかけた。

 本当はすぐにでも捕まえたほうが良いんだろうが、俺にとってはそれよりも先に言っておかないといけないことだったのだ。


「なんだい。キエル」


 ギルド長に変なことをされてはかなわないから、決して後ろは振り返らない。ゆえに、ルアネの顔は見ることはできない。

 だがいまから言う俺の言葉を聞いたら、どんな顔をするかはわかる。

 それは満面の笑みだろう。


「ギルドの評価ってのは……確かにくだらないな」


 息を呑む音が聞こえ、案の定笑い声が聞こえた。

 

「ふふふふ! ようやく気がついたのかい。遅いねぇ。待ちくたびれたよ」


 今のやり取りでもう十分だ。再度距離を詰め始める。

 

「な、なんじゃ今のは? どういうことじゃ!? いいのか? Sランクになれるのじゃぞ!? 金と名声が欲しくないのか?」


 ギルド長にとっては訳の分からないやり取りだったろう。焦った声で叫ぶ。

 Sランク。冒険者としての最高峰。すべての冒険者が追い求めるゴール。


「必要ない」

「なっ!」


 全く魅力に思わない。


「お前のような奴からもらう評価なんて、こちらから願い下げだ。金? 名声? そんなのいらないね。俺は……」


 一呼吸入れる。

 改めて、後ろからの視線を感じ取る。

 ノワールとクロベニの好奇心の視線を。

 カリオトさんの俺を信じる視線を。

 そしてルアネの挑戦的な視線を。


 それらを一身に背負い、短剣を構えると言い切る。


「俺は大切な人に認められ、助けたい人を助けられれば、それだけでいいんだ」


 その為なら命をなげうってもよかった。

 冒険者である必要もなかった。


 そう、きっと俺のなりたかったものは――。

 

 だが俺の考えは続かなかった。

 乱入者が出たからだ。


「何を訳の分からんことを! もうよい! 死にさらせ! ザフーーーール!」


 ギルド長が指輪をはめた手を空高く掲げ、叫ぶ。

 その声と同時に、部屋一面に黒い靄が生じる。


「上から来るぞ!」


 カリオトさんを守っているルアネがそう叫ぶのと、天井が破けるのは同時だった。


「繧ュ繧ィ繝ォ! 縺ヲ繧√∞繧呈ョコ縺呎ョコ縺呎ョコ縺呎ョコ縺」


 ブクブクに肥った白い化け物が襲い掛かってくる!

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